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春秋遥かに  作者: 大田牛二
最終章 春秋終幕
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代を盗る

 紀元前474年


 五月、越が始めて魯に使者を送った。

 

 呉との戦いの勝利が決定的になったため、中原への進出を考えての行動である。

 

 越は更に斉にも使者を送った。

 

 八月、斉の平公へいこう、魯の哀公あいこうと邾の隠公いんこうが顧で盟を結んだ。


 越の台頭を横目で見つつ、斉は諸侯の盟主になろうと足掻いていたのである。

 

 斉は哀公が稽首に応えなかったこと(紀元前478年)を譴責した。

 

 更に人々が魯を風刺する歌を作った。


「魯人の罪は、数年経っても気がつかず、我々を憤怒させる。彼等には儒書(礼書。時代遅れの書)があるだけで柔軟な考えができず、二国の憂いとなっている」


 というものである。

 

 この会盟では、哀公が先に陽穀に入った。

 

 斉の閭丘息が言った。


「貴君は自ら玉趾(国君の足)を挙げて我が君の軍を慰労しに来ました。斉の群臣が伝(駅車。速馬)を送って我が君に報告しましょう。しかし返答が来る間、貴君は疲労してしおります。僕人がまだ賓館の準備をしていないので、とりあえず舟道(斉地)に館を設けてください」


 早すぎるということを遠まわしに述べている。

 

 哀公は辞退して、


「貴国の僕人を煩わせるわけにはいきません」


 と言った。嫌がらせの類である。

 








 趙鞅ちょうおうの喪に服している間、趙無恤ちょうむじゅつは代へ姉への使者として何度も送り、代君の印象を良くしていた。


「姉思いの義弟であるなあ」


 代は良馬の産地であったことから、代は良馬を趙無恤の元に送った。


 そして、趙無恤は喪を払うと良馬を送ってくれた礼をしたいことを伝えるため、酒宴に招きたいと代君に伝えた。


 元々好色で、酒好きな代君はこれを受け入れ、酒宴に参加することにした。


「そうか。代君は酒宴に来られるか」


 趙無恤は目を閉じながら報告を聞いた。


「はい、代君は大変お喜びのようです」


 趙伯魯ちょうはくろの息子の趙周ちょうしゅうがそう言った。彼は続けて言った。


「本当に為さるのですか?」


「やる。周は私のやることは間違いだと思うか?」


「正直、思います」


 趙無恤は笑った。


(兄上に良く似て、優しい子だ)


 彼は兄のことを思いながら、趙周に近づき言った。


「代の地は我ら趙氏の未来のために必要な地だ。我らが支配することで、趙氏の力を溜める必要があるのだ」


 趙無恤は趙周の肩に手を置いた。


「だが、今のように私が間違っていると思えば、どんどん意見を述べてくれ」


「はい」


 趙周が明るくそう言うのに頷きながら、彼は代君との酒宴の準備を始めた。


 酒宴の日、趙無恤は多くの酒と数百人の舞者を用意した。


「おお見事なものですなあ」


 代君は大いに喜び、酒を飲んだ。彼の前で、舞者が踊り、その手に持っている羽(舞踊の道具)の中には兵器を隠してあった。


「そう言えば、あれはなんですかな?」


 酒が回りだした代君は隣で共に飲む趙無恤に問うた。代君が指さしたのは、大きな金斗(酒器)である。


「ああ、あれば金斗ですよ」


「大きいですなあ」


「ええ、そうでしょう。近くで見てみますか?」


「おお、見てみたい」


 趙無恤はにこやかな表情のまま、金斗を取りに行き、手にすると代君の前に立った。そして、金斗を逆さに持った。


「何をしているのですかな」


 そのことに疑問に思った代君が問いかけると、趙無恤はにこやかな表情を浮かべながら、


「実はですなあ。この金斗を逆さにしまして」


 彼は逆さにしたまま、上に振り上げた。代君は唖然として固まる。


「こうしますと」


 趙無恤はそのまま金斗を代君の頭に振り下ろした。


「あなた様を殺せるのですよ」


 代君の頭から血が噴き出し、雨となって趙無恤に降りかかる。


「代君の兵を殺せ」


 彼がそう叫ぶと武器を隠し持っていた舞者は武器を取り出し、代君の近臣たちを殺していき、そこに趙氏の兵も現れ、代君の兵たちを殺していく。


 その間、趙無恤は代君の首を斬り取る。


(ふむ、撲殺よりは剣で斬った方が良かっただろうか?)


 そう思いながら首を持って兵たちに言った。


「このまま代へ乗り込むぞ」


 彼らは代に乗り込んだ。


 代君の首を槍に刺し、掲げながら代の都へ進む。


 国民は国君の首を見ながら恐怖しながらも抵抗するようなものはいなかった。


「何もしてこないですね」


 趙周はその状況に疑問を覚えた。自国の国君がこのような状況になったのであれば、本来であれば何かしらの行動を起こすべきではないだろうか。


「それだけ代君は徳がなかったということだ」


 趙無恤はそう言った。趙周の考えは所詮は支配者層のものである。民は自分たちにとって良い者しか助けないものなのだ。


「だからと言って、民を憎んではならない。見下してはならない。民が従わないのは全て自分のせいだと考えよ」


「はい」


 彼らは代の都に入った。


「先ずは姉上を迎える」


 趙無恤は都を制圧しつつ、趙周と数人の兵と共に代君の妻である姉の元に向かった。


「姉上」


「黙れ」


 彼が部屋に入ると姉は髪を乱し、笄を手に持ったまま鬼の形相を浮かべていた。


「何たる外道。父上は何故、お前を後継に選んだのか」


「姉上、迎えに参りました」


 趙無恤は優しくそう言った。すると彼の姉は笑った。


「私は命を受けて代君に仕え、数年が経ちました。代には大故(大きな事件)がないにも関わらず、あなたはそれを滅ぼしてしまった。代が亡んだ今、私はどこに帰ればいいと言うのでしょう。婦人の義には、二夫は存在しないと申します。私が二夫に仕えることはできません。私を迎えてどうするつもりなのか。弟のために夫を軽んじたら非義になり、夫のために弟を怨んだら非仁になる。私には怨むことができない。しかし帰る場所もない」


「あっ」


 趙周は思わず、声を上げた。彼女が手に持っていた笄を自分の首に突き刺し、自害したのである。


 彼女の血は趙無恤に降りかかる。


「素晴らしい姉だった」


 そう呟いた趙無恤を見て、趙周は彼が死んだ姉を悲しんでいると思った。


「素晴らしい姉だ。これで代君の子を気兼ねなく殺せる」


 趙無恤はそう言ったことに趙周はぞっとした。


「代君の子は捕らえました。姉君様の子もおられますが……」


 兵がそう報告すると趙無恤は言った。


「丁重に殺すように」


「はっ」


 彼は兵が去ると趙周に言った。


「周、君にこの代の統治を任せる」


「私にですか?」


 趙周は驚いた。


「この地を治めることは、大変難しいだろう」


 代君を殺した後と言った敵国だった土地を治めることは難しいものである。


「しかし、こう言った難しい土地を治めさせるのは、信頼しているが故だ。それにここをしっかりと治めることができれば、その土地は治めた者への大きな力となってくれるものだ。しっかりと勤めてくれ」


「はい」


 趙周は頷いた。


(良し、良しこれで良い)


 こうして代は滅び、趙氏の土地となった。そして、その地を治めることになった趙周は成君と呼ばれることになる。



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