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春秋遥かに  作者: 大田牛二
最終章 春秋終幕
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趙鞅

 以前より、趙無恤ちょうむじゅつは父・趙鞅ちょうおうの近くにいるようになった。


 趙鞅は働き者で、毎日臣下の意見の聞き、政務を行っていた。


 ある時、ある者が趙鞅にこう言った。


「あなたはなぜ、改めようとしないのでしょうか?」

 

 何を改めるのかを具体的には述べられていない言葉に対し、趙鞅は、


「わかった」


 と答えた。

 

 趙無恤はこのあやふやな言葉に頷いた父に疑問を抱いて問うた。


「まだ誤りがないにも関わらず、父上は何を改めるのでしょうか?」

 

 すると趙鞅はこう答えた。


「私は同意したが、それは既に過ちがはっきりしていることが理由ではない。私はこれから諫言してくる者を求めるつもりである。今、私を諫める者を退ければ、諫者が来なくなり、後日、私は本当に過ちを犯すことになるだろう」


 そして、彼はこうも言った。


「昔は周舎しゅうしゃのやつがいた。あいつがいれば、良かったのだが、いない以上は集めなければならない」


 趙鞅はどんな諫言に対しても逃げようとはしなかった。常に相手の言葉を全身を持って受け止めようとした。


「謀に長けし者は礼を知らねばならぬ。自らの謀に頼れば、獣のようになる。常に他者に対し、礼を持って接しなければならない。良臣を退けるようなことをすれば、自らの悪を増大させ、自分を誤らせることになる。人を求めることを忘れてはならない」


 趙鞅は薫陶するように趙無恤へ言った。


「臣下を集めるだけではだめた。善を成す者には大きな声で褒めよ。礼ある者はもっと大きな声で褒めよ。言葉を発さずに他者が察してくれるなどとは思うな。そんなものは甘えである」


 人を褒める時はしっかりと言葉を持って褒めるべきだ。そこに始めて真心というものが生まれるのである。


 趙鞅は趙無恤を連れ回りながらこのような言葉を彼に聞かせ続けた。その姿はまるで親子というよりは、師弟のようであった。


 ある日、趙鞅は尹鐸に命じて晋陽(趙氏の邑)を治めさせることにした。

 

 尹鐸が問うた。


「晋陽を繭絲とされますか。保鄣とされますか?」


 繭絲とは、賦税を集める地のことである。繭の糸がなくなるまで取り尽くすように民から税を取るという意味が含まれている。


 保鄣は防衛の地のことであ、「鄣」は「障」と同じである。

 

 趙鞅は、


「保鄣にせよ」


 と言った。

 

 尹鐸は赴任すると晋陽の戸数を減らした。この戸数を減らすというのは、登記上の戸数を減らし、税収を少なくし、一戸における税を減らすものである。

 

 これを聞いた趙鞅は趙無恤を戒めて言った。


「今後、国に難があれば、尹鐸を少(若者。または身分が低い者)と思うな。晋陽を遠いと思うな。必ず晋陽に帰れ」


「はい」


 趙無恤は力強く頷いた。


 後に彼はこの晋陽の地で人生最大の苦難と向き合うことになる。








 年が明ける前、趙鞅は病に倒れた。


 彼は趙無恤を呼び言った。


「私が死に、埋葬が終わった後、衰(喪服)を着たまま夏屋山を登って遠くを眺めてみよ」


「わかりました」

 

 趙無恤は恭しく遺言を受け入れた。その様子に満足すると趙鞅は世を去った。


 春秋末期において彼は誰よりも人材を求め、時代を駆け抜け、時代を彩った人物であった。

 

 趙鞅の埋葬が終わると、趙無恤は衰を着たまま臣下たちを集めてこう言った。


「夏屋を登って眺望したい」

 

 臣下たちは彼を諫めて言った。


「夏屋に登って眺望するのは外遊です。衰のまま外游するのは礼に反しております」

 

 しかし趙無恤は、


「これは先君の命である。私がそれを廃すわけにはいかない」


 と言って諫言を聞かなかった。彼らはやむなく彼に同意した。

 

 趙無恤が夏屋に登ると代を見た。そして、しばらく代の俗(風俗。習俗)を眺めると、代の人々はとても楽しそうに生活していた。

 

「先君は山に登ることでこれを私に教えようとしたのか」


(これが父上の宿題というわけだ)


「代に姉上を嫁がせることにする。これは先君の命である」


 彼は姉を代君に嫁がせることが決定した。


「報告します」


 趙無恤が戻ると中牟が叛して斉に帰順したことが報告された。


(次から次へと)


 彼は直ぐに兵を興して中牟を包囲した。さあ、戦うとした時、中牟の城壁、数十丈が自然に崩れた。

 

 それを知った趙無恤は撤兵を命じた。

 

 軍吏が驚き、諫めた。


「主君は中牟の罪を討伐に来たのです。城が自ら崩れたのは天が我々を助けたからではございませんか。なぜ去るのでしょうか?」

 

 趙無恤は首を振り言った。


「私は叔向しゅくきょうの言葉を聞いたことがある。『君子は利によって人に乗じず、険によって人に迫らない』彼等に城を修築させよ。直ってから我らは攻撃を開始する」


 敵に塩を送るような真似ではないかと臣下たちは思ったが、中牟の人々はこれを聞くと、趙無恤に義があると思い、投降した。


 中牟から戻ると別の報告がもたらされた。


「そうか……越がついに動くか……」


 趙無恤はそう呟いた。





 

 

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