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春秋遥かに  作者: 大田牛二
最終章 春秋終幕
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璧はどこにも行かない

 ある日、衛の荘公そうこうは北宮で夢を見た。ある人が昆吾の観(北宮の南にある楼台)に登り、髪を乱して北を向き、こう叫んでいた、


「この昆吾の墟(昆吾氏の廃墟)に登ると、瓜が緜緜(限りなく続く様子)と生っているのが見える」


 衛の家系が断続することなく続いているという比喩である。また、衛君を助けて国君の位を継承させたのは自分の功績であるとも言っている。


「我は渾良夫である。天に無辜を叫ばん」


 太子・疾に陥れられたことを怨んでおり、また、三罪までは死罪を免れられるという盟を結んだにも関わらず、三罪で殺されたことを怨んでもいた。

 

 荘公は恐怖し、目が覚めてから自ら筮を行った。筮師・胥彌赦が占って言った。


「害にはならないでしょう」

 

 彼は喜び、胥彌赦に邑を与えたが、胥彌赦は辞退して逃走した。荘公が無道であったため、本当の事を言えなかったのである。

 

 荘公が再び卜うと、その繇(卜辞)はこう出た。


「淡い赤色の尾をもった魚(尾が赤いのは魚が泳ぎ疲れているため。荘公が暴政を行って自分を衰弱させていることの喩え)が流れを横切って不安でいる。大国に近接し、滅ぼされ、亡命するだろう。門を閉ざして洞を塞ぎ、後ろの壁を飛び越えん」

 

 十月、晋は再び衛を攻撃し、郛(外城)に入った。

 

 内城に入ろうとした時、趙鞅ちょうおうが言った。


「止めよう。叔向しゅくきょうがかつてこう言った。『乱に付け込み、国を滅ぼせれば、後代が途絶える』」


 結果、晋軍は内城に入らなかった。


「さあ、ここからお前はどうする?」


 趙鞅は息子の趙無恤ちょうむじゅつに問うた。


「間者を城内に侵入させ、煽ればよろしいでしょう」


「そのとおりだ」


 趙氏の者が城の中に入り、このままでは晋によって衛に滅ぼされることになると衛人の不安を煽った。その結果、衛人は荘公を駆逐して晋と講和することを選んだ。


 荘公は斉に奔った。

 

 晋は衛の襄公じょうこうの孫であr般師を衛君に立てて兵を還した。


「これで衛は我らと親交を結ぶでしょう」


 趙無恤がそう言うと趙鞅は鼻で笑った。


「この程度で、衛を得られるのなら、ここまで苦労はせん」

 

 十一月、晋と好を結ぼうとする衛に対して、斉は荘公を鄄(斉の邑)から衛都・帝丘に帰るのを援護した。その結果、般師が出奔した。

 

田恒でんかんめ……」


 趙鞅は報告を受けると苦々しい表情を浮かべつつも、どこか楽しそうでもあった。


(斉との、もっと正確に言えば斉の田恒との綱引きを父上は楽しんでいる)


 趙無恤にはよくわからない感情と言えた。そのようなことをして、何が良いのかという思いが彼にあるのである。彼には、誰かよりも勝ろうという感情が無いのである。


 こういうところが趙鞅に嫌われたと言っても良いかもしれない。


「衛君はどうなると思う?」


「斉は衛君を利用しようと考えてのことかと思いますが、衛君には危機感というものがあまりにもありません。国君の地位にいるのもこの世にいるのも短いかと思います」


「そうか。それでそれを持って我らはどうする」


 趙鞅がそう問いかけた。つまり荘公の死をどう利用するのかということである。


「正直申せば、下手に衛へ手を出すことはやめた方がよろしいかと思いますが……」


 その時、趙無恤は趙鞅に殴られた。


「ふん、この弱虫めが、それでも家を継ぐ者か」


 それを聞いた趙無恤は父を睨みつける。


(いつもそれぐらいの目つきをすれば良いというのに)


 趙鞅は息子の目を見ながら、彼を部屋から下がらせた。









 さて、衛の話に戻る。

 

 以前、荘公は城壁に登って遠くを眺め、戎州(戎族の邑)を見つけたことがあった。荘公が近臣にその場所が何かと問うと、近臣は戎州の説明をした。

 

 荘公は忌々しそうな表情を浮かべ、


「私は姫姓である。なぜ戎が居るのか」


 と言って、荘公は戎州を滅ぼしてしまった。彼らは特に何をしたというわけではないだけに、彼らの恨みは深く根付いた。

 

 荘公が帰国した後、工匠たちを休みを与えず働かせ、また、荘公は卿・石圃せきほ石悪せきあくの従子)を放逐しようとした。恐らく、彼は荘公放逐に動いた人物であったのだろう。


 しかし、石圃とて黙って見ているわけではなかった。彼は工匠と結んで荘公を攻めたのである。荘公が門を閉じて命乞いをしたが、石圃は赦さず、荘公は北の壁(南が表、北が裏になります)を飛び越えたが、転落して股の骨を折った。

 

 そこに戎州の人々も襲いかかった。太子・疾、公子・青(太子の弟)も公宮の壁を越えて荘公に続いたが、戎州人に殺された。

 

 荘公は戎州の己氏の家に逃げた。

 

 これで一安心と思ったが、ここでも自分が行った悪徳が付きまとっていた。


 かつて荘公は城壁の上から己氏の妻を眺め、その髪が美しかったため剃り落として夫人・呂姜りょきょうかつらにしたことがあったのである。


 逆にこのようなことをしていて、よくもまあここに逃げようと思ったものである。

 

 己氏の家に入った荘公は璧玉を見せて言った。


「私を生かすことができれば、汝に璧を与えようではないか」

 

 すると己氏は笑った。


「汝を殺しても、璧はどこにも行かないではないか」

 

 そう言って彼はそのまま剣を抜き、荘公を斬り殺した。そして、璧を自分のものにした。

 

 衛人は再び公孫・般師を立てた。

 

 十二月、斉は再び、衛を討伐した。衛は和平をさっさと請うた。

 

 斉軍は公子・(衛の霊公れいこうの子)を衛君に立て、般師を捕えて引き上げた。般師は潞(斉都郊外)に住むことになった。

 


 



 

 

 



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