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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十一章 崩壊する秩序
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汚名は誰が被るのか

 八月、斉の邴意茲(高氏・国氏の党)が魯に出奔した。


 斉の田乞でんきつは邪魔者の排除がほとんど成功したため、使者を送って魯に出奔した公子・陽生ようせいを招いた。


 陽生は車を準備してから南郭且于(斉の公子・鉏。魯の南郭にいる)に会って言った。


「以前、季孫氏に馬を献上したが、上乗(上等の馬)には入れられなかった。そこで改めて献上するために馬を用意した。あなたと同乗して馬を試したいと思うのだが、どうだろうか」


 陽生は自分が招かれたことを公子・鉏に伝えようとしたが、家人に聞かれるのを恐れたため、馬を試すことを口実にして外に連れ出したのである。


 萊門(魯の郭門)まで来てから、陽生が公子・鉏に斉から迎えが来たことを話した。


 陽生の家臣・闞止は斉から使者が来たと知り、先に帰国の準備をして家の外で陽生を待っていた。


 しかし陽生は闞止にこう言った。


「事がどうなるかはまだわからないのだ。汝は壬(陽生の子)と共に残れ」


 陽生はなぜ自分が斉に招かれたのかわからないため、警戒していたのである。彼は闞止に訓戒の言葉を残して斉に向かった。


 陽生は国人に知られないために、夜の間に斉に入ったが、国人は陽生の帰国を知った。田氏は人心を得ており、その考えが既に浸透していたためである。


 田乞は陽生を自分の家に置き、子士の母(田乞の妾。子士は田常でんじょう)に陽生の世話をさせた。その後、饋者(食事を準備する者)と一緒に陽生を公宮に入れた。


 十月、陽生が即位した。これを斉の悼公とうこうという。


 田乞が相となり、斉の政治を行うようになった。


 悼公が諸大夫と盟を結ぶことにした時、鮑牧ほうぼくが酔って盟に参加した。彼の臣である差車(車を管理する官)・鮑点ほうてんが田乞に問うた。


「国君の廃立と盟を結ぶことは誰の命でしょうか?」


 田乞はこう答えた.


「鮑子(鮑牧)の命を受けたためである」


 彼は鮑牧が酔っているのを見て、国君廃立の責任を鮑牧に押しつけようとしていた。そこで更に鮑牧に向かって、


「汝の命だ」


 と言った。すると鮑牧は正常な様子に戻って言った。


「汝は先君(景公けいこう)が孺子(安孺子)のために牛になり、歯を折ったことを忘れたか。先君に逆らうのか」


 景公は荼を寵愛していたため、牛の真似をして歯を折ったことがあった。すると悼公が稽首して言った。


「あなたは義によって事を行っている。もし私に問題がないとしても、一大夫(鮑牧)を失う必要はなく、私の即位に反対した罪を責めて殺してはならない。もし私に問題があるとしても、一公子(陽生自身)を失う必要はない。義に則っているならば進み、違えているなら退くだけです。あなたの決定に従わないはずがない。しかし、廃興(廃立。安孺子の廃位と悼公の即位)によって乱を生まないことが、私の願いです」


 安易に自分の従えという意味を込めた言葉である。


 鮑牧は、


「誰が先君の子ではないというのでしょうか。どちらも先君の子には違いありません」


 と言って盟を受け入れた。


 こうなっては逆らっても意味はないと彼は判断した。いや妥協したというべきか。だが、これによって彼の名声は汚名となった。


 悼公は胡姫(景公の妾。姫姓・胡国の女)に安孺子を預けて頼の地に送り、鬻姒(安孺子の母)を別の場所に置いた。


 また、王甲を殺し、江説を捕え、王豹を句瀆の丘に幽閉した。三人とも景公の寵臣で、安孺子の党であった。


 悼公が大夫・朱毛を送って田乞にこう伝えた。


「あなたがいなければ、この地位に立つことはできなかっただろう。しかし国君は器物と異なり、二つが共存することはできない。器物は二つあれば困窮しないが、国君は二人いたら多難になる。あえてこれを諸大夫(主に田乞)に告げる」


 国君に相当する権力を持つ田乞を牽制する発言であった。


(所詮はこの程度か)


 田乞はそう思いながら回答せず、泣くふりをしながら言った。


「国君は全ての群臣を疑うおつもりでしょうか。今、国は困難な状況にあり、困難は憂患を生むことになりました。しかし少君(幼君。安孺子)では意見を伺うことができないために、長君を求めたのです。群臣(主に田乞)の選択は容認できることでしょう。そうでなければ、孺子に何の罪があったというのでしょうか」


 朱毛が帰ってこの言葉を伝えると、悼公は発言を後悔した。朱毛がいった。


「国君は、大事(国政)に関してはあの方に意見を伺い、小事(安孺子の殺害)だけを考えていればいいでしょう」


 悼公は朱毛に命じて安孺子を駘に移させ、到着する前に野外の幔幕の下で殺させた。安孺子は殳冒淳(斉の地名)に埋葬された。


 田乞は国君殺害という汚名をまんまと悼公に着させたのである。


「着るならば、綺麗なものを着たいじゃないか」


 彼はそう言って笑った。



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