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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十一章 崩壊する秩序

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南子

中国の歴史ドラマ『項羽と劉邦』を見終わりました。


ちょっと恋愛を出し過ぎるところと陳平がそんなことを言うかなという部分が少しあったぐらいで、劉邦陣営をあまり美化せず、描いていたこともあって内容としては良かったです。相変わらずの女のドロドロと最終回しか出てこない人物がいるのは、笑いました。


あと、どんな作品でも范増は良い人物だなあと感じましたね。

 晋が衛の朝歌を包囲した。

 

 魯の定公ていこうと斉の景公けいこう、衛の霊公れいこうが牽(または「堅」。脾と上梁の間)で会し、范氏と中行氏を援ける策を謀った。

 

 晋では、范氏と中行氏に与する大夫・析成鮒と小王桃甲(析成と小王が氏。析成鮒は士鮒ともいい、士吉射の一族)が兵を率いて晋軍を襲い、絳中で戦っていたが、勝てずに引き返した。

 

 析成鮒は周に奔り、小王桃甲は朝歌に入った。

 

 秋、斉の景公と宋の景公けいこうが范氏と中行氏を援けるため、洮(曹地)で会した。

 

 諸国は晋の国内の問題に次々と介入し、晋に混乱をもたらしていた。


 対して晋には打開策はなく、片っ端からたたきつぶして回ることぐらいしかできないでいた。




 




 洮の会において、衛の霊公も参加していたのだが、その時に夫人・南子なんしに願われて、宋朝そうちょうを招いていた。


 南子は宋女で、霊公の寵愛を受けている女性である。対して、宋朝は宋の公子で、かつて南子と姦通していたという人物である。

 

「私などを呼んで良かったのですか?」


 宋朝はにやにやしながら南子に言った。


「よく言うわね。私との関係をばらすことを言って脅したくせに」


「まあまあ許してくださいませ」


 宋朝は南子の肩を抱き寄せる。


(はあ、顔と床は良いのだけど……)


 彼女はそういったことを分けて考えられる女性である。

 

 今回の会で衛は盂邑を斉に譲ることにし、霊公の太子・蒯聵(恐らく南子の子ではないと思われる)を斉に派遣した。


 蒯聵は宋の野(郊外)を通ると野人(城外に住む民)がこんな歌を歌っていた。


「宋は汝の母豚を衛に嫁がせた。母豚は寵愛を受けて居場所が定まった。それにも関わらず、なぜ美しい牡豚(宋朝)を還さないのだろうか」


 というものである。母豚というのは南子のことである。牡豚は宋朝のことである。


 宋の人々は以前から二人の関係を知っている者が多かったようである。


 これを聞いた蒯聵は南子を恥と思い、帰国してから太子の家臣・戲陽速(または「戲陽遬」)にこう言った。


「私に従い、少君(夫人)に朝見せよ。少君が私を接見してから、私が振り返った時、汝は少君を殺せ」

 

 戲陽速は冷や汗をかいた。何せ、国君の妻を殺すとなれば、死罪は免れないのである。しかし、ここで断れば、それだけでも死ぬことになることは目に見えていた。


 そのため彼は、


「わかりました」


 と言い、蒯聵と共に夫人に会いに行った。


「奥様、太子がお見目です」


「そうわかりました」


(太子が……)


 自分が太子に嫌われていることがわからないほど、鈍感ではない彼女は蒯聵がここに来る意図を考え始めた。しかし、この瞬間に来る意図がわからなかった。


(まあ良いわ。会えばわかりましょう)


 彼女は会うことにした。

 

 南子が蒯聵を接見すると、蒯聵は三回振り返って合図を送った。しかし戲陽速は動こうとしない。


 その様子に南子は異常に気付いた。


(殺す気ね)


 さっと立ち上がると彼女は部屋を出て、わざと泣いて霊公の元に駆け込んだ。


「主公、蒯聵が私を殺そうとしています」


「何だと」


 それを聞いた霊公が南子の手をとって高台に登り、兵たちに蒯聵を始末するように命じた。

 

 蒯聵は恐れて宋に出奔した。霊公はそれに益々激怒し、彼の党を全て駆逐した。その一人である公孟彄は鄭に奔り、やがて斉に遷った。

 

 蒯聵は後に晋に移って趙氏を頼ることになる。

 

 蒯聵がある人に言った。


「戲陽速が私に禍をもたらした」

 

 しかし戲陽速も知人にこう言った。


「太子が私に禍をもたらそうとしたのだ。太子は無道であり、私にその母を殺させようとした。私が拒否すれば、私は太子に殺されていただろうし、もしも私が夫人を殺していれば、太子は罪を私に着せて自分は逃れただろう。だから同意したものの実行せず、目前の死から逃れたのだ。諺に『民は信によって保つ』とあるではないか。私は義によって信を作ったのだ」


 言によって信を作る必要はなく。義のためなら偽ることがあっても仕方がないということである。まあどっちもどっちで大業を成す人物ではなかったということではあろう。


 このような事件が起きても霊公の南子にへの寵愛は消えることはなかった。


 しかしながら女に溺れているだけの人物かと言われれば、違うという暗君の類であっても少し変わった人物である霊公の逸話にこのような話しがある。


 ある冬の寒い時に霊公が池を掘らせようとしたことがあった。


 それを大夫・宛春えんしゅんが諫めた。


「天が寒い時に労役を命じれば、民を害すことになります」

 

「今は天が寒いのか?」


 と霊公が問うと、宛春はこう答えた。


「主公は狐裘(狐の毛皮で作った服)を着て熊席(熊の皮の座席)に座っておられ、部屋の隅にはかまどがあるために寒くないのです。しかし民は衣服が破れても補うことができず、履物が壊れても直すことができません。主公は寒くなくても民は寒いのです」

 

 霊公は納得して労役を中止した。

 

 霊公の近臣が言った。


「主公が池を掘ろうとなされたのは、天が寒いことを知らなかったからです。しかし宛春はそれを知っており、宛春によって命令が廃止されました。これでは福(善)は宛春に帰し、怨みが主公に集まることになるのではないでしょうか」

 

 すると霊公は首を振って言った。


「そうではない。宛春は魯の匹夫(平民)に過ぎず、私によって用いられた人物であるが、民はまだ彼を理解していない。今回の件によって民に彼のことを知らせることができたのだ。また、宛春が善行を行うのは私が行うのと同じことである。宛春の善は私の善ではないか」

 

 また、このような逸話もある。


 霊公が重華の台で遊んだ時のことである。霊公に従う侍御(侍女)は数百人に及び、随珠(姫妾がつける宝玉)が輝き、羅衣(絹の服)が風になびいていた。

 

 それを仲叔敖ちゅうしゅくごうが諫めた。


「昔、桀・紂がこのような行いをして滅亡することになりました。今、四方の隣国が国境を侵し、諸侯が兵を加え(衛を攻撃し)、土地は日々削られ、百姓は乖離しております。それにも関わらず、主公は内寵(姫妾)が多すぎるのではないでしょうか」

 

 霊公は再拝してこう言った。


「私の過ちであった。汝の言が無ければ、社稷が傾くことになっただろう」

 

 霊公は御幸を与えていない宮女数百人を家に帰した。それを知って国民が大いに喜びしたという。


 この逸話を孔丘こうきゅうの弟子である子貢しこうは、


「諫言を聞くことができるとはこのようなことを言う」


 と評価した。


 また、南子にもこういう逸話がある(正確に言えば、彼女の逸話かと言われると疑問はあるが彼女の逸話として述べる)。


 ある夜、霊公が南子と一緒に座っている時、轔轔リンリンという車の音が聞こえてきた。車が宮闕に至った時、音が無くなり、宮闕を過ぎるとまた音が響いた。

 

 霊公は彼女に問うた。


「あれが誰か分かるか?」

 

蘧伯玉きょはくぎょくに違いないでしょう」

 

 霊公がその理由を問うと、彼女はこう答えた。


「公門に至った時は車から降り、路馬(国君の馬)を見れば敬礼するのがきまりです。これは広敬(国君を尊重すること)のための礼でございますわ。忠臣と孝子は明るいから(人が見ているから)といって節を守るのではなく、暗いから(人が見ていないから)といって礼を疎かにすることもないのです。蘧伯玉は衛の賢大夫というべきお方。仁があり智もあり、主公を敬っておりますので、夜の闇の中でも礼を棄てることはありません。だから彼だと分かったのです」

 

 霊公が見に行くと果たして蘧伯玉であった。しかし部屋に戻った霊公は戯れで南子に、


「違う男であった」


 と言った。


「まあ、それはそれは」

 

 すると夫人は霊公に酒を勧めて祝賀し始めた。


「汝はなぜ私を祝うのだ?」

 

「私は衛の賢人は蘧伯玉しかいないと思っておりました。しかしながら此度、衛には彼に並ぶ者がいると分かったのですよ。主公には二人の賢臣がいます。国に賢臣が多いことは国の福と申すもの。だから私は主公を祝賀するのですわ」

 

 霊公は驚いて、


「すばらしい」


 と言い、本当の事を彼女に話した。


 この逸話を聞くと霊公が南子を愛した理由は、美貌だけでなく、知恵の部分も愛していたのかもしれない。



南子はあまり悪女というイメージは無い人物です。

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