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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十一章 崩壊する秩序

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絶世の美女

 商、周の時代は封建制を持って血縁的秩序を構築し天下の運営を行った。しかし、春秋時代に入るとその血縁的秩序は崩壊し、天下は乱れた。


 春秋時代と戦国時代は血縁的秩序の崩壊によって壊れていく封建制が専制政治へとゆっくりと再構築していく時代と言える。


 その再構築の過程において、それを止めようとし、時代を巻き戻そうとする思想、それを加速させようとする思想、時代の変化を静かに見守る思想、様々な思想が春秋時代、戦国時代への変化の中でそれら数多の思想が発芽していくのである。


 紀元前499年


 春、宋の景公けいこうの同母弟・しん仲佗ちゅうた、石彄、公子・が陳から䔥(宋邑)に入って挙兵した。

 

 秋、宋の楽大心がくたいしんも曹から䔥に入った。

 

 䔥は宋への反乱者の中心となり、宋にとって大きな憂患となったことになる。景公が向魋を寵信したために招いた禍と言えた。

 






 この頃、越では宴が開かれていた。


 范蠡はんれいは大夫・しょうと共に宴に参加していた。


「どうだ楽しんでいるか范蠡よ」


「まあまあだな」


 種の言葉に范蠡は静かに頷く。


 彼は越に来てから越王・允常いんじょうに尊重され、高い地位に置いてもらっていた。そのように允常に尊重されている一方で、以前から越に仕えていた臣下たちからは不満を抱かれていた。


 そして、何より王太子・勾践こうせんからも疎まれていた。


(やれやれ嫉妬されるというのは、煩わしいものだ)


 范蠡は呉にいた時はそのようなことがなかっただけに、この環境に辟易していた。それでも允常からの尊重を無碍には扱えずにいた。そんな中、自分と仲良くしてくれるのは、大夫・種であった。


 そのため種とは友人関係を構築していた。


 また、范蠡としても辟易していてもそれほど問題には感じていなかった。王太子・勾践が自分の感情で人を判断せず、渋々とはいえ、自分の言葉を聞いてくれる人であるからである。


(それだけでもマシだ)


 范蠡はそのように思っていた。


「そう言えば、聞いたか范蠡」


「何だ」


 種は范蠡の耳元で言った。


「王太子が新たに妾を迎えたそうだ」


「ほう」


「それもとびっきりの美女だとか」


「美女か……」


 范蠡は美女という言葉に目を細めた。美女を迎え入れて、色に溺れない人間は少ない。そのことを思うと少しばかり不安を覚える。


「その美女にはこのような逸話があるそうだ」


 種は范蠡の不安を他所に、話し始めた。


「何でも昔、その美女は心(心臓)に病があったために里(村)で矉(顰。眉間に皺を寄せること)の姿をよく見せていたそうだ。その時、同じ里に醜人がおり、彼女の姿を見て美しいと思ったらしい。そこで醜人も矉を真似したのだ」


 彼は痛快そうに笑う。

 

「するとだ。その姿を見た富人たちは門を堅く閉じ、外に出ようとはせず、貧人は妻子を連れて逃げ去ったというのさ。つまり醜人は矉の美しい姿を知っているだけで、矉の姿がなぜ美しく見えたということを考えることができなかった。美しい者が行うからこそ美しいということだな」


「作り話ではないのか」


「まあ多少の作為はあるだろうなあ」


「ところでその美女の名は?」


西施せいし様と申されるそうだ」


「ほう」


 そんなことを話していると、どっと声が挙がった。勾践の噂の妾が入ってきたのである。


「本当に美しいなあ」


 種は妾を見て、呟いた。


 正に絶世の美女の名に恥じぬ美しさがあった。その美しさはまるで黄金を身につけているような美しさがあり、それでいて嫌らしさを感じない。


(あれは……)


 皆、妾の美しさに心奪われる中、范蠡は別の思いを抱いた。


(どこかで会ったことがある気がするが……気のせいだろうか……)


「范蠡、妾の美しさも際立っているが、傍にいる侍女も負けておらぬな」


 確かに妾の傍に侍女が控えており、その美しさは美女と言って良いものであった。


「あれは、呉句卑の娘だ」


「ほう、汝の臣下の娘か」


 種は驚いた。そのような娘がいるなど今まで知らなかったのだ。


「汝が知らないのも無理はない。私も最近知ったのだ」


 范蠡は苦笑しながら言った。呉句卑の娘の名は鄭旦ていたんといい、彼の妻の姓を名乗っている。自分が戦に出てから帰ってなかったが越に滞在することになって家族を呼んだらしい。


 いつの間にか侍女として仕えさせていた。


(私には勿体無い臣下だ)


 そのように思っている范蠡を遠くから静かに見つめている目があった。西施である。


「鄭旦、あそこにいるのは誰でしょうか」


「范蠡様です」


 鄭旦がそう言うと西施は呟くように言った。


「そう……やっぱり……」


「何か申されましたか?」


「いいえ……」


 西施はじっと范蠡の方を見つめ続けた。

 

 

 




 冬、魯と鄭が講和した。魯の叔還しゅくかんが鄭に入って盟を結んだ。因みに叔還は叔弓しゅくきゅうの曾孫である。

 

 当時、晋では趙氏と范氏が国内で政権を争っており、覇業が疎かになっていた。その隙を突いて、斉・衛・鄭が晋と対立し、今回そこに魯も加わったのである。


 晋はますます諸侯に対する威信を失っていたことになる。


 かつては晋、楚という二つの大国の勢力に分かれ争いながらもそれでも天下には秩序があった。しかし、その北と南の大国による秩序は壊されていたのであった。



 

 

 


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