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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十章 権力下降
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晏嬰

 宋の楽大心がくたいしん(または「楽世心」)が曹に出奔した。

 

 冬、斉の景公けいこう、衛の霊公れいこうと鄭の游速ゆうそくが安甫(または「鞌」)で会した。

 

 魯の叔孫州仇が郈地返還を謝すため斉を聘問した。

 

 景公は彼を享礼でもてなして言った。


「子叔孫よ、郈が魯君の他境になったとしても、私には知ることができない」


 他国が郈を奪うかもしれないが、斉はそれを予測することはできない。郈は斉とは関係ない場所であるという意味である。


「しかし郈は斉との境にある故、魯君を援けて憂いを除いたのだ」

 

 景公は魯に恩を着せるため、わざわざ魯のために郈を取り戻したと言ったのである。


 図々しいことこの上ないと思いながら叔孫州仇は応えた。


「それは我が君の望みではございません。我が国が貴君に仕えましたのは、封疆(国境)と社稷の安全のためです。家隸(家臣。侯犯こうはん)のために貴君の執事(斉の執政官)を煩わせることがあるでしょうか」


 これは侯犯が起こした乱に斉も関わっていたことに、彼は暗に非難しているのである。


「不令(不善)の臣は天下が憎むべきであり、貴君は悪を討伐したのであり、我が君に恩恵を与えたのではありません」

 

 宋の公子・(または「池」。宋の景公けいこうの庶母弟)は蘧富獵を寵信していたため、家財を十一分して五分を蘧富獵に譲ることにした。

 

 公子・地は四頭の白馬を飼っていた。景公が寵信している向魋(桓魋)がその白馬を欲したため、景公は勝手に白馬の尾と鬣(首の上の長い毛)に朱を塗って向魋に与えた。

 

 公子・地は怒って徒衆を送り、向魋を殴って馬を奪い返しら。向魋は畏れて逃走しようとしたが、景公が門を閉ざし、目が腫れるほど泣いて向魋を止めた。

 

 景公の同母弟・しん(公子・地の弟)が公子・地に言った。


「あなたは家財を分けて自分の寵臣の獵に与えたにも関わらず、国君の寵臣である魋を卑しめています。これは公平ではございません。あなたはいつも礼をもって国君に仕えておりますので、今回の件を反省して亡命したとしても国境を越える前に国君があなたを引き止めることでしょう」

 

 公子・地は納得し、禍を避けるために陳に奔った。ところが景公は公子・地を止めようとしなかった。公子・辰は驚いて何度も頼んだが、景公は聞き入れなかった。

 

 公子・辰は嘆いた。


「私は兄を騙すことになってしまった。私も国人(重臣)を連れて出れば、国君は誰と共にいるつもりだろうか」

 

 冬、公子・辰が仲佗ちゅうた仲幾ちゅうきの子)、石彄(褚師段の子)と共に陳に出奔した。仲佗と石彄は宋の卿で声望があった人物である。










「やあ」


 矢が真っ直ぐに飛び、その矢は一匹の兎を貫いた。


「お見事でございます」


 斉の景公の腕の良さを臣下たちは称えた。


「この程度のことは皆できるぞ」


 彼らは蔞(恐らく地名)で遊んでいた。


「いやあ楽しいものだなあ」


「誠に左様でございます」


 皆、笑い合う。


「さあ、主公。狩りを続けましょう」


 一人がそう言うと皆も同じように言った。景公は手を挙げて、言葉を遮った。


「いや、ここまでにしよう」


「何故ですか?」


晏嬰あんえいは常々こう言っているからなあ。遊びは程々にと」


 目を閉じれば、そのようなことを言う姿をありありと浮かべることができる。


 その時、一人の兵が慌てて走ってきた。


「報告します。晏嬰様が……」


「晏嬰がどうしたというのだ」


「晏嬰様がお亡くなりになりました」


(晏嬰が、晏嬰が……死んだ……)


 景公はしばし唖然とすると手に持っている弓を目の前の兵に投げつけた。そして、心ここに在らずという状況の景公は静かに言葉を発した。


「直ぐに輿(車)を、素服(喪服)を」


「はっ直ぐ様用意させます」


「急がせよ」


「はい」


 臣下たちが急いで、輿(車)と素服(喪服)を用意すると景公は直ぐ様、着替えて駅車を駆けて帰ろうとした。


「急げ」


「はい」


 しかし、景公は馬車に乗りながらも襲いと思って苛つく。


「襲い、貸せ」


 そう言って、景公は轡を奪うが、それでも襲いと思いため、車を降りて自ら走り始めた。


「主公、走る方が遅いですぞ」


 そう言って臣下は景公を馬車に乗せたが暫くするとまた、馬車から降りて走り出した。国都に着くまでにこの行為を四回も車を降りて走った。


 国都に着いた時には何度も降りて走ったために喪服は土埃塗れとなって薄汚れてしまい、顔は涙やら鼻水ばかりであった。


「主公、喪服を」


「主公、顔を」


 臣下たちは景公の顔を綺麗にし、喪服を着替えさせようとしたが、景公は彼らの手を振りほどく。


「私程度の者はこれで良い。良いのだ」


 景公は晏嬰の家に入ると哀泣しながら進み、晏嬰の横たわっている姿が見えた。


 彼は急ぎ、晏嬰の前に駆け寄り、晏嬰の死体に伏せ、号哭してこう言った。


「子大夫(晏嬰)は日夜、私を譴責して容赦が無かったが、私の淫蕩は収まらず、百姓に怨みが溜まってしまった。その結果、天が禍を斉に降したが、それは私ではなくあなたの身に起きてしまった。これは国の社稷の危機である。今後、百姓は誰に訴えればいいのだろうか」


(晏嬰よ)


「私の格好を見よ。国君とは思えない格好ではないか。なあ起きて叱ってはくれないか。なあ晏嬰よ。叱ってくれないか……晏嬰よ」



晏嬰と出会ったおかげで、春秋戦国時代を知ることができました。そのため一番思い入れのある人物です。

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