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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十章 権力下降

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楚の昭王

中々投稿する時間が安定できず、申し訳ありません

 十月、楚の昭王しょうおうが郢に戻ってきた。

 

 昭王が隨に奔った時、成臼(臼水。臼成河)を渡ろうとしたが、藍尹・亹(楚の大夫)が妻子を舟に乗せて先に川を渡り、昭王に舟を譲ろうとしなかったことがあった。

 

 昭王は郢に戻ると亹を殺そうとした。それを子西しせいが止めた。


子常しじょうは旧怨を忘れることができなかったために敗れたのです。王はなぜそれに倣おうとされているのでしょうか」

 

 昭王は頷いて、


「その通りだ。彼を元の官に戻し、前悪(以前の過失。子常の失政で滅亡の危機に瀕したこと)の志(記録。戒め)としよう」


 と言った。

 

 昭王は次に共に放浪した闘辛とうしん王孫由于おうそんゆうう王孫圉おうそんぎょ鍾建しょうけん闘巣とうすう申包胥しんほうしょ王孫賈おうそんか宋木そうぼくを賞して、更に闘懐とうかいも賞を与えようとした。


 彼は昭王を殺そうとしたことがあったため、子西が言った。


「闘懐をはずすべきです」

 

 しかし昭王は、


「大徳によって小怨を滅ぼすことが道であろう」


 と言ってからこうも言った。


「彼の兄は国君に対して礼があり、彼は父に対して礼があった。共に礼のあった人物である。賞しても問題はない」


 褒賞された申包胥は賞を受け取らず言った。


「私は国君のために働いたのであって、己の身のためではございません。既に国君を安定させることができたのです。これ以上、望むことはございません。そもそも、私も子旗しき(蔓成然。欲に限度がなかったため平王へいおうに殺された)を憎んでいます。それを真似るつもりはありません」

 

 申包胥は最後まで賞をもらおうとはしなかった。

 

 昭王は妹の季羋畀我を嫁がせることにし、結婚相手を決めた。


 この年、昭王が十五歳未満だと言われており、その妹となれば、更に幼少であるため、後の事であろう。

 

 昭王の話を聞いた季羋畀我は王が決めた相手を拒否してこう言った。


「女子というのは丈夫(男)を遠ざけるものでございます。しかし鍾建が私を背負いました」


 彼女の言った背負いられたのは、呉に攻められて逃走した時の事である。これにより、昭王は季羋畀我を鍾建に嫁がせ、鐘建は楽尹になった。

 

 昭王は帰国してから子西の勧めで、王孫由于を派遣して麇に築城させた。

 

 暫くして王孫由于が復命すると、子西が城壁の高さや厚みを問うた。しかし王孫理于は答えられなかった。

 

 子西はそのことを咎めた。


「能力がないのであるならば、辞退するべきだ。城の高さも厚みも知らず、どうして大小を知ることができるのか」

 

 王孫由于は憮然として、


「私は能力がないと知っておりました。そのため固辞したのですが、それでもあなたは私を派遣したのです。人にはそれぞれできることとできないことがあります。王が雲中で盗賊に遭った時、私は戈を受けました。その時の傷はまだ残っております」

 

 服を脱ぎ背を見せた。


「このように体を張って王を守ることは私にはできます。脾洩の事(国を立て直すために政治を行うこと)は、私にはできないことです」


 と言った。

 

 このように人事の再選を行いながら昭王は楚の立て直しにかかっていた。


 そんな彼はある日、申包胥を呼んだ。


「何か用がありましょうか?」


「いや、用というほどではないんだけどね」


 昭王は玉座に座りながらそう言った。


「君は賞を受けないものだから、どうしようかなと思っていて、何か欲しいものもないのかい?」


「申した通り、何も要りません」


「頑ななものだね。君も」


 昭王はため息をつく。


「そう言えば、鞭打ちの情報を広めたのは誰かわかったのかな」


范蠡はんれいという男だそうです」


「范蠡……聞いたことのない名前だね」


 彼は范蠡という名を思い出そうとしても思い出せないためそう言った。


「元々は呉にいたそうですが、呉王に反乱を起こし、今は越にいるとか」


「ふうん。そうなんだ」


 昭王はあまり興味がなさそうにしているため、申包胥は言った。


「実は、先君の遺体の場所を伍子胥ごししょに教えたのは彼という話しもあります」


「そう」


「よろしいのですか。もしこれが本当ならば、先君の遺体を傷つけた一人ということに……」


「そうだ」


 その時、昭王は何かを思いついたかのように言った。


「范蠡は越にいるんだよね」


「ええ、越王が彼を迎え、高位に置いたと間者から知らせが参っております」


「良し、君を越との外交を担ってもらおう」


「私がですか。しかし……」


「これは決めたことだ。流石に命令なら君も断ることができないでしょう?」


 昭王はにこにこしながら言う。


「承知しました。謹んでお受けします」


「これで君への褒美も与えられたし、良かった。良かった」


 彼は何度も頷く。


「それで、先の件ですが」


「いや追求しなくていいさ」


 昭王は彼の言葉を遮って言った。


「あまりにも手を伸ばす場所を増やすのもどうかと思うからね。取り敢えず追求しない方が良い。取り敢えずは越との関係を良くしよう。そうすれば、関節的に呉への意趣返しもできる」


「承知しました」


 そう言って、申包胥は退室した。


「やれやれ、天帝様はひどい人だ」


 昭王は呟いた。


「産まれる場所を選ばしてはくれないくせに、面倒なことばかり与えてくださる」


 彼はため息をついて、政務を続けた。





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