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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第二章 覇者の時代へ
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奇妙な縁

 秋、紀侯きこうの弟の紀季ききが酅邑を手土産に斉に下った。二人は斉に対しての対応のあり方で対立したためである。


 結果、紀は二つに割れてしまうことになった。


 この事態に憂いたのは魯の荘公そうこうである。彼はこれ以上斉が勢力を増すのを恐れたのである。


 冬、荘公は兵を連れ、鄭の滑の地に入り、鄭の子儀しぎと会見した。紀の併呑を狙う斉を牽制して欲しいと願った。だが鄭はこれを断った。


 鄭には櫟に厲公れいこうがいるため、斉との対立を避けたのである。この判断を下したのは祭仲さいちゅうであると思われる。彼としては厲公を復位させるわけにはいかないのである。


 紀元前690年


 三月、楚の武王ぶおうが兵に武器を持たせ、随に対し進行の準備を開始した。その出陣前のこと。武王は斎戒した後、彼は王宮にいる夫人・鄧曼とうまんにこう言った。


「斎戒してからというもの胸の動悸が止まらん」


 それを聞き、鄧曼は嘆き始めた。


「王の御運は尽きました。満ちればうごくのは天の意思でございます。歴代の先君たちはこれを知り、宗廟で出陣の命を発しようとする王の心をうごかしたのでしょう。軍に損失は無く、王が敵に捕らえられることなく、道中でお亡くなりになられれば国にとって幸いというもの」


「で、あるか」


 武王はそう呟いたが戦は取りやめにせず、出陣した。


 その途中で武王は一人で馬に乗り、遠出する。胸の動悸が静まっているために気分転換のためである。


 暫く、馬を走らせていると武王は樠木の下で一休みした。ふと、木の枝に止まっている鳥がいるのを見た。その鳥の色は黄色く美しい鳥であった。武王はその鳥を見ようと目を細めるが光が眩しくはっきりとは見えなかった。すると突然、胸の動悸が始まった。武王は胸を抑えるがその動悸は止まることはなく、最終的には武王は木に背中を預ける形で倒れ、そのまま死んだ。すると黄色い鳥は美しい声を鳴き飛び去った。


 鳥の鳴き声が聞こえたため大夫たちがやって来て、樠木の下で亡くなっている武王を見つけた。臣下たちは一応に悲しみを顕にしたが大夫たちは武王の遺体を国に戻すために楚に戻ろうとしていたがこれを令尹(官名、宰相のこと)・闘祁とうきと莫敖・屈重くっちょうの二人が止めた。


「王は己の死を覚悟して出兵された。その思いを無駄にしてはならない」


 そう二人は主張し、武王の死を隠しながら道を切り開き、随の国境を越えると随の城を遠望できる地に塁を築いた。随君はこれに大いに怯え、和議を乞おうとした。これを季梁きりょうが止めた。


「楚軍にはあまり闘志がございません。陣中で何かがあったように思えます」


 されど随君はこの進言を受け入れなかった。どうやら以前、楚に大敗をしたことが記憶に大きく刻まれているようである。


 和議の申せにより、屈重は王命と偽り、自分自身が随の城に入った。


「そちらの国君が参らないとはどういうことか」


 季梁はそう屈重に向かって聞いたが屈重は


「随君自ら和議を申したのであり、随は敗戦国に等しいため王が自ら参る必要はない」


「我らは一戦もしてはないではないかそれにも関わらず我らを敗戦国とするのはどういうことか」


「言動が余りにも勝手が過ぎるのではありませんかな。こちらはいつでも一戦しても構わないが、いかがなさる」


 この言葉に驚いた随君は慌てて、季梁を下がらせ和議を結んだ。屈重は漢汭(漢水が曲がる所のこと)で会見をすることを申し込み、随君はこれに同意。会見をそこでも行った。それにより、楚はやっと軍を返した。そこで武王の喪を発表した。後を継いだのは武王の子であるこれを楚の文王ぶんおうという。


 文王という人はよく言えば策士。悪く言えば手段を選ばない人である。


 夏、斉の襄公じょうこう、陳の宣公せんこう(陳の荘公そうこうの子)、鄭の子儀しぎが垂で会盟を行った。


 斉は紀を魯の荘公と共に攻めた。紀侯が斉の圧力を前に弟に国を譲り、出奔した。この戦いで魯の荘公は軍を率いて奮闘した。そのため文姜ぶんきょうの子ということもあるが襄公は彼を気に入った。


 そのため冬、魯の荘公は斉の襄公に紀を占領したのを祝福するついでに禚の地で狩りを行った。襄公の傍には文姜がいる。


(母上)


 母が襄公の傍にいることを複雑に思いながら彼は狩りに付き合った。その狩りの途中で兎を射た。荘公は部下にこれを取って行かせると若い村人らしき者がその兎を拾った。


「その兎は魯の君が射たものである。渡せ」


 部下たちは怒鳴りつけるように言った。それに対し、村人らしき男はそれに一切動じることなく、


「左様でございましたか」


 そう言って彼は部下たちに兎を渡した。それを遠くから見ていた荘公は村人らしき男がやけに丁寧な対応をしているのを見て、名前を聞くように部下に命じた。


「お前の名を君がお聞きになっている」


「名乗る程の者ではありません」


 彼はそう言ってその場を立ち去ろうとした。


「魯君よりのお言葉を無視なさるのか」


 部下たちには目の前の男を下に見ているためか口調に棘がある。


 そんな彼らの言動に彼はため息を吐く。


「私の名は曹沫そうかいと申しますでは」


 自分の名を伝えるとさっさとその場を軽やかな動きで立ち去った。


「君、あの者の名は曹沫と申すようです」


「曹沫か」


 この時は何とも思わなかったが荘公は曹沫と奇妙な縁で繋がっており、後に再会することになる。

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