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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十章 権力下降

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まるで手で軽く埃を払うかの如く

 六月、伍子胥ごししょは宋に着くと早速、太子・けんを探し、太子・建が華定かていの元に逃れていることを知り、そこに向かった。


「おお、伍子胥よく来てくれた」


 太子・建はにこやかに彼を向かいれた。


「感謝致します」


「汝の父上と兄上は残念であった。しかし、汝が生きていてくれて嬉しく思っている。今後とも頼むぞ」


「承知しました」


 伍子胥は頭を下げながらも太子・建の言葉に感情が篭っていないことを感じた。


『太子・建にどのような徳がありましたか?』


 孫武そんぶの言葉を思い出しながらも伍子胥には、これ以外に道がないように思えた。


(だが、彼の言葉は正しいと思えてならない)


 彼は屋敷の様子を見ながらそう思った。


 宋の元公げんこうは信に欠け、私心が多く、華氏と向氏を嫌っていた。


 華定と華亥かがい向寧しょうねいと集まって、謀を巡らしていた。華定は言った。


「亡命は死よりもましである。先に動こうではないか」


 殺される前に動くべきだ。例え、失敗しても亡命すればいいと言うのである。

 

 華亥は病と称して諸公子を誘い、見舞いのために来た公子を次々に拘留した。


「太子、華氏は大事を為そうとしています。ここは危険です」


 その様子に伍子胥は、太子・建に進言した。


「しかし、どこに行くというのか」


 そう問いかけられ、伍子胥は斉と鄭に行くことを考えた。彼としては、楚への復讐を果たすためにもあまり遠国に行きたくはないと考えていた。


 そのため二カ国を思い浮かべたが、すぐに斉を除外した。


(孫武殿は斉の使者として、楚にいた。ならば、斉と楚に繋がりがあると思うべきだ)


「鄭に行きましょう」


「良し、わかった」


 太子・建と伍子胥は宋を脱出した。

 

 彼らが去った後の宋の事件について述べる。


 拘留された公子たち公子・寅、公子・御戎ぎょじゅう、公子・しゅ、公子・と公孫・こうそんえん公孫丁こうそんていが殺された。


 公子達は元公げんこうの子、公孫達は平公へいこうの孫である。また、向勝しょうしょう向行しょうこう(元公の党)も捕まり、廩(穀倉)に幽閉された。

 

 元公自ら華氏を訪ねて赦しを請うたが、華氏は同意せず、逆に元公を捕まえてしまった。

 

 元公を囚われてしまった朝廷側は太子・らく(または「曼」。後の景公)と同母弟・しん)、公子・(三人とも元公の子)を元公の開放させるための人質として華氏に送った。


 華氏と向氏は元公を開放し、彼に人質を送った。華亥の子・華無慼、向寧の子・向羅、華定の子・華啓が人質になった。

 

 双方が人質を受け入れ、元公と華氏が盟を結んだ。

 

 

 

 鄭は宋から逃れてきた太子・建らが来ると彼らを礼遇した。


「楚の太子を礼遇して、楚の反感を買わないでしょうか」


 子産しさん子太叔したいしゅくがそう言うと、子産は、


「我が国に頼ってきた方を蔑ろにするわけにはいかないだろう」


 そう言って、子産は目をつぶった。


「それにそろそろ晋にも釘を打ってみるのも悪くはないだろう」


「どういう意味でしょうか?」


「楚の太子を晋に使者として出向かせよ。それで全てはわかる」


 子産はそう言ってからは無言になった。


 後日、太子・建が鄭の使者として晋に行くと、晋の頃公けいこうが彼を出迎えた。


 そこで、頃公は、


「太子は鄭におり、鄭は太子を信用しているご様子ですな。太子が我が国に内応して鄭を滅ぼすことができれば、我らは太子を鄭を封じるでしょう」


 と囁いた。これに太子・建に同調した。そう思うとこの人の志に楚へ戻り、自分の名誉を回復するといったことはなく、自分の安寧しか考えてはいなかったのだろう。

 

 太子・建は晋と共に鄭襲撃の計画を練り、内応となるために鄭に帰った。帰ってきた太子・建の様子が、どこか浮かれているようであったため、伍子胥は疑問を覚えた。


(どうにも晋に行ってから様子が……)


「太子の様子が可笑しくはないか?」


 と彼は太子・建に仕えている臣下の一人である鱄設諸せんせつしょ(専諸)に訪ねた。


「確かにな。太子はどこか浮ついておられる。何もなければ良いが……」


 二人が不安を抱いている中、


「楚の太子に晋君の手の者が近づいているとのことです」


「そうか」


 子太叔の報告に子産は頷く。


「取り敢えずは今までどおりにせよ。但し、警戒は怠らぬように」


「承知しました」


 鄭は以前のように太子・建を厚遇し続け、彼に一部の邑を与えた。

 

 晋は間諜を送って、太子・建とその邑で連絡を取り、期日を決めて鄭襲撃の約束を結んだ。


(これで鄭は自分のものになる)


 そう本気で思っていた。そのためか太子・建は自分の邑の民に対し、暴虐な態度をとるようになり、また、私事による問題が原因で従者を殺そうとしたため、従者が晋と太子・建の陰謀を鄭に訴えた。


 鄭は子太叔を中心に取り調べに乗り出し、晋の間諜を捕らえた。


「楚の太子を処刑せよ」


「よろしいので?」


「謀反を起こそうとしたものを許すわけにはいかない」


(恐ろしい人だ)


 子太叔は子産を見ながら思った。太子・建は楚との外交問題をもたらしかねない爆弾みたいなものである。しかし、そんな存在である太子・建を利用して、度々鄭へ介入しようとしていた晋の間諜をおびき出して捕らえ、晋への牽制を行わせてみせた。


 そして、この件をもって、何の問題もなく太子・建をも処刑してしまう。これで楚の介入も阻むことができる。


(この扱いの難しい存在をまるで手で軽く埃を払うかの如く、排除してしまった)

 

 鄭は太子・建を処刑した。

 

「太子・建の臣下たちはどうなさいますか?」


「汝に任せる」


 子太叔は子産に深々と頭を下げた。

 


子産は売られた喧嘩は買うタイプ

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