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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十章 権力下降

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出会い

 伍子胥ごししょは兄である伍尚ごしょうから呉に行くよう言われていたが、彼が向かっていたのは、宋であった。


 何故、彼が宋に向かおうとしていたかと言えば、太子・けんが楚の平王へいおうから逃れていたからである。


 彼を擁して、平王を討つと彼は考えていたのである。


 彼は未だ楚人という部分を捨てることができなかったのかもしれない。


 こうして、宋に向かっていた伍子胥であるが、未だ国内から出ることもできていなかった。何故ならば、平王によって彼を捕らえるように、国内に発布を行っていたのである。


 そのため多くの者が彼を探し回っていた。しかし、そうは言っても彼は諦めるわけにはいかず、宋へ向かっていた。


「伍子胥か」


 そうして進んでいたところで声をかけられた。


申包胥しんほうしょか……」


 彼を見つけた男は申包胥であった。彼は伍子胥の親友であった男である。


「つくづく私は運が悪いようだ。まさか私がお前を見つけるとは……」


「楚王が私の父と兄を殺した。その仇を取るまで、私は捕まるわけにはいかない」


 伍子胥はそう言って、逃走をしようとしたが、申包胥は彼を止めた。


「待たんか。私は汝に仇を討たせたいが、それでは私が不忠になる。しかし汝に仇を討たせなければ、親友ではなくなる。汝は自分の道を行けば良い。私にどうこういうつもりはない」


 彼は後ろにある馬車を指さした。


「それに私の任務は汝を捕らえることではなく、斉の使者を国境まで警護することである。あとはわかるな?」


 申包胥は斉の使者の警護に乗じて彼を隠しながら国境まで連れて行ってやるというのである。


「汝は……」


「何も言うな。それに私は汝が我が国を滅ぼせるとは思っていないからな。でも、お前には生きて欲しいのだ」


「父母の仇とは天地を共有せず、兄弟の仇とは同じ国に住まず、朋友の仇とは近隣に住むことはないという。将来、私は父兄の耻(仇)を雪ぐために私は帰って来るぞ」


 伍子胥の言葉に申包胥は笑った。


「汝が亡ぼすことができるというのであれば、私は存続させることができるだろう。汝が危機をもたらすことができるというのであれば、私は安んじさせることができる。さあ、来い」


「それで汝はどのように志を果たすつもりか」


「宋に行く」


「そうか……」


 申包胥はそれからはなんにも言わなかった。


 彼らの言葉を馬車の中で聞いていた者がいる。


「あの、せっかくでしたら馬車の中に入っては如何ですかな」


「それは流石に……」


「私は構いませんよ。それに検問に会った時に通りやすくもなりましょう」


「お言葉には感謝しますが、何故、私などを乗せてくださるのですか?」


 伍子胥が尋ねると馬車の中にいた男は言った。


「あなた方の会話を聞き、少しだけ感動しました。私なら絶対にやらない行為ですから」


 馬車の中の男はそう言って彼に乗るよう勧めた。


「では、好意に甘えさせていただきます」


 伍子胥が入ると馬車には華奢な身体つきをした若い青年がいた。


「私の名は孫武そんぶと申します。短い間ですが、よろしくお願いします」


 彼は義父である孫書そんしょに才覚があると思われたことで、その才覚を磨く意味でも他国の文化にも触れさせようと不本意ながら兄・田乞でんきつを通じて、彼を諸国への使者として派遣させていたのである。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「では、孫武殿、そろそろ国境に向かいますぞ」


 申包胥はそう言うと孫武は頭を下げる。


「お願いします」


 こうして一行は国境へ向かった。


「伍子胥殿は楚を打ち破ろうと考えておられるようですね」


「無理だとお考えになるでしょうが、私は何としても仇を討たねばならないのです」


「私は無理だとは思っていませんよ」


 孫武の言葉に伍子胥は内心では驚く、楚は誰がどう考えようとも、大国である。それを打ち破るのは、容易ではないはずなのだ。


「もちろん楚が強大な国であることはわかっています。されど、戦における努力を怠らなければ、勝利することはできましょう」


「努力とは」


「それは様々です。外交や国力を高めることなど、例えば、ある国がある国を滅ぼすのであれば、敵国に対し、有利な状況を策謀や外交によって相手を孤立させ、戦う前に勝つというところまで行けば、確実に勝てます」


(そこまで私は戦について考えたことがあっただろうか)


 孫武の言葉はどのようにして、勝利を導き出すかということであり、それはこの時代においてそこまで至っているものは少ない。


「そこで一つ伍子胥殿にお伺いしたい。何故、あなたは宋へ行かれるのですか?」


「そこに楚王に廃された太子・建がおります」


「なるほど、太子・建を擁して、楚の内部から彼を指示するものが集めるということですね」


 伍子胥は頷いた。何せ、太子・建には正当性が本来あるはずなのだ。


「確かに敵の内部から崩すということを考えれば、良い考えでありますが……」


 孫武はそこで言葉を切った。そして、一考してから言った。


「晋の文公ぶんこうの例がありますから亡命してから王になることは不可能ではないでしょう。しかし、太子・建に文公のような徳はありましたか?」


 少なくとも孫武は太子・建の名は知っていても名声のようなものを聞いたことはない。


「文公には、国内外における名声がありました。また、多くの名臣もおりました。それでも十九年の時を要したのです。その点について伍子胥殿はどこまでお考えになられている」


「太子・建には、正当性がある」


「正当性があった、というべきではありませんか?」


 そこから二人は無言になった。


「それでも仇を討たねばなりません」


 伍子胥はそう呟いた。


 その後、国境に着くと申包胥は孫武と伍子胥と離れ、孫武は宋まで共に行くことを伍子胥に勧め、伍子胥も同意したため、共に宋に向かった。


 宋に着くと二人は別れた。


「では、伍子胥殿ここで」


「ええ、何から何まで感謝致します」


 孫武は頷きつつ言った。


「ただ、先ほど私の臣下に聞いたことですが、宋に不穏な空気があるそうです。お気をつけてください」


「ご助言感謝する」


「また会いましょう」


 彼は伍子胥にそう言って、去った。伍子胥は孫武の馬車が去っていくのを見えなくなるまで眺めた。



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