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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第十章 権力下降

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天を動かす怒り

 紀元前522年


 二月、魯の梓慎ししんが気を観測して言った。


「今年は宋で乱が起きて滅亡に瀕することとなり、三年後にやっと乱が鎮静化するだろう。蔡では大喪がある」

 

 叔孫婼しゅくそんしゃくはそれを聞くと、


「宋で難を受けるのは戴族(華氏)と桓族(向氏)だろう。驕慢で礼がないこと甚だしく。乱が存在する場所である」

 

 

 

 楚の費無極ひむきょくが楚の平王へいおうに言った。


「太子・けん伍奢ごしゃと共に方城の外で謀反を企み、宋・鄭のように独立した一国になろうとしているそうです。斉も晋もこれを助けようとしておりますので、将来、楚を害することになります。彼等の謀反は成功させてはなりません」


 しかも彼は自分だけではなく、伍奢の游人(游客)であった男を集め彼らに太子・建の仁と勇を語り、民心を得ていることを報告させた。


「何故、太子がそんなことをするのか」


「秦女のことで、王を恨んでいるのでしょう」

 

 これらのことも含め、平王は彼の讒言を信じて伍奢に詰問した。


「このような報告が上がっている。誠であろうか」


 伍奢は費無極の讒言であると確信していたが、それを信じる平王に失望もしていた。


(何を言っても無意味であろう)


「王は既に一回過ちを犯されております(太子・建が娶るはずの秦女を自分の夫人にしたことを指す)。一回の過ちでも多いにも関わらず、讒言を聞いて更に過ちを重ねるつもりなのでしょうか」

 

 平王は激怒し、伍奢を逮捕した。そして、太子・建を殺そうとし、城父の司馬・奮揚ふんように太子の処刑を命じた。


 しかし奮揚は使者を送って太子に報せ、逃走させた。

 

 三月、太子・建が宋に奔った。

 

 そのことを知ると平王が奮揚を召した。


 奮揚は城父の人たちに自分を逮捕させて平王の前に連行させた。平王が言った。


「言(命令)は私の口から出て汝の耳に入ったはずである。誰が建に伝えたのか?」


「私が太子に伝えました。かつて君王は私に対して『私に仕えるように太子に仕えよ』とお命じになりました。私は不才であるため、二心を抱くことができません。最初の命令を奉じて太子に接してきましたので、後の命令(処刑すること)を実行するわけにはいかず、わざと逃がしました。暫くして後悔しましたが、既に間に合いませんでした」

 

「ならば、汝は何故、敢えてここに来たのだ?」

 

「命を受けながら命を失い(命令に逆らい)、召されたのに来ないようでは、罪を重ねることになります。それでは逃げる場所もありません」

 

 平王は、


「帰って今まで通り職務を行え」


 と言って彼を許した。

 

 しかし、これで問題が終わったわけではない。


 費無極は、


「伍奢の子は有能な人材であるため、もしも呉に仕えるようになれば、必ずや我が国の憂いになりましょう。父の罪を赦すと言って招くべきです。彼等は仁があるため、必ずや来ることでございましょう。そうしなければ後の患憂になります」


  伍奢の息子は二人おり、棠君(棠尹。棠は地名)・伍尚ごしょうとその弟である伍員ごうん(字は子胥ししょ)の二人である。


 平王は使者を送った。


「これでお前の一族は終わりであろうな」


 費無極はわざわざ牢にいる伍奢の元に出向き嘲笑った。そんな彼に伍奢は言った。


「尚は来るが員は来ないだろう」


「どういうことだ」


「尚の人となりは廉潔で死節を守ることができる。また、慈孝で仁があるため、父を助けられると聞けば、必ずや死を顧みず招きに応じるだろう。しかし、員の人となりは智があり謀を好み、勇を持って功を立てようとする者だ。来れば殺されると知っているから、招きに応じるはずがない。楚にとって憂いとなるのはこの子であろうよ」


「ふん、一人で何ができようか」


 費無極は馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、牢屋から離れた。






 伍奢の息子たちに平王の言葉が伝えられた。


「朝廷に来れば父を釈放するだろう」


 使者からの言葉を受けた伍尚は弟の伍子胥を招き言った。


「これは罠です。我々が言っても父上の命が助からないどころか我々を捕らえ、殺しましょう」


 彼とて父を失いたくはない。しかし、これは明らかな罠である以上、行くべきとは思わなかった。しかし、伍尚は首を振り、

 

「汝は呉に行け。私は朝廷に帰って死ぬ。私の才智は汝に及ばない。私は死ぬことができ、汝は報いることができる。父の命が助かると聞けば、駆けつけないわけにはいかない。親戚(親や親族)が殺されたら、報いないわけにはいかない。駆けつけて父を死から逃れさせることができるのであれば、それは孝である。功(成果)を予測してから行動するのは仁である(仁者は成功を重視するというため)。任務を選んで進むのは知である。死を知って避けないのは勇である。父を棄てることはできず、名を廃することもできない。汝は努力せよ。私の言に従え」


「兄上……」


 伍子胥は涙を流した。兄の覚悟と優しさに打たれたからである。しかし、泣いているわけにはいかない。


「わかりました」


 彼はそう言うと、一部の臣下と共に使者に気づかれずに脱出した。

 

 こうして伍尚だけが平王に会いに行った。平王は、


「二人は処刑せよ」


 と命じた。


 伍奢と伍尚と共に膝をつかされ、後ろには首を切るための大刀を持った処刑人がいた。


「そうか員は来ないか」


 伍奢は伍子胥が来ないと伍尚から聞かされ、


「王も大夫も食事を遅くとることになるだろうな」


 と今後、楚の人々が伍子胥の報復を恐れて通常の時間に食事をすることができなくなるだろうと言った。

 

 楚は伍奢と伍尚を処刑した。

 

 

 

 そのことは逃亡を続ける伍子胥も知った。


「父上……兄上……」


 彼は空に向かって、絶叫に似た声を上げた。


「不肖の息子であり、弟であったが、私は必ずや仇を打つ」


 そう彼は天に誓った。


 彼の怒りが楚という国を滅亡寸前まで追い込むことになる。




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