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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第九章 名宰相の時代

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周の大銭

 七月、鄭で火災があったため、子産しさんは大規模な社を造って四方の神を祭り、火災の被害者を救済した。

 

 また、兵を選んで大蒐(閲兵式)を行うことにし、大蒐のために道が整備することになった。

 

 子太叔(したいしゅくの廟は道の南にあり、家は道の北にあった。どちらも閲兵の進路に影響しているため、取り壊しが命じられたが、子太叔は期限を過ぎても動こうとはしなかった。

 

 期限を過ぎて三日後、子太叔は徒役を道の南、廟の北に並べて言った。


「子産殿がお通りになられた時、速やかに撤去作業を開始し、汝等が向いている方(廟の方向)で作業を始めよ」

 

 この日、入朝する子産が子太叔の家の前を通った。子産は彼の家と廟が撤去されていないのを見て、彼を譴責しようとした。すると徒役が南を向いて作業を開始した。

 

 子産は子太叔の家を通りすぎて衝(大通りの十字路)まで来た時、従者を送ってこう伝えた。


「北(家)を撤去せよ(廟は壊すな)」

 

 子太叔は子産が仁によって廟を破壊できないと判断して、わざと子産が来るのを待って作業を開始したのである。おかげで子太叔は家を取り壊すことになったが、廟を守ることはできたのである。


(変わらない男だ)


 子産はため息をつきながら、宮中に入った。

 

 

 

 火災が起きた時、子産が陴(城壁の低くなっている場所)に登って武器を配った。それを見た子太叔は心配して言った。


「晋が討伐に来るのではないですか?」

 

 鄭は晋の公子や公孫を帰国させた。その上、城壁で武器を配ったため、晋に対する背反ととられる恐れがあったのである。

 

 しかし、子産はこう答えた。


「小国は守(守備。防備)を忘れれば、危険になるという。火災が起きたのであれば、なおさらだ。備えがある国は他国から軽視されないものである」

 

 暫くすると、晋の辺吏(辺境の官員)が鄭を譴責しに来た。


「鄭に火災が起きましたので、我が君も大夫も安心できず、卜筮を行い、各地の名山大川を祭り、犠牲や玉帛を惜しまず鄭のために祈祷している。鄭の災は我が君の憂いでもあるのです。しかし今、執事(鄭の執政者)は猛然と陴に登って武器を配っておられる。誰の罪を討つつもりでしょうか。辺人(辺境の晋人)が心配しているので、敢えてこれをお告げする」

 

 だが、舌戦において子産に叶うものは数少ない。


「あなたの言の通りならば、我が国の災は確かに貴君(晋君)の憂いでもございます。我が国の失政によって天が災を降されました。讒慝(姦悪の者)がその隙を狙って悪事を企み、貪婪の人(敵国)を誘えば、我が国の不利が重なり、貴君の憂も重ねることになりましょう。幸い滅亡を免れることができれば、まだ話すこともできますが、不幸にも滅亡してしまいますと、貴君が憂いても何の役にも立たないでしょう。鄭が他国に侵されたら、晋に頼るしかありません。既に晋に仕えているにも関わらず、なぜ二心を抱くことがあるでしょうか」

 

 火災の隙を衝かれて他国に滅ぼされれば、こうして武器を配った理由を説明できる機会もなければ、あなた方の国を憂いをもたらすことにもなると彼は武器を配った理由の説明とそれに乗じて、晋が鄭に対しての批難を正式に行うことをも封じた。



 楚の左尹・王子・しょうが楚の平王へいおうに進言した。


「許は鄭の仇敵であり、今は楚の地(葉)に住んでおります。これでは鄭に対して礼を欠いています。晋と鄭は和睦しておりますので、鄭が許を攻めれば、晋が助け、楚はその地を失うことになるでしょう。楚は許を専有できません。鄭では令政(善政)が行われています。許が旧許の地の領有権を主張して『我が旧国だ(旧許の地は鄭に占領されている)』と言っても、鄭は『その地は我が俘邑(捕虜の地。許は鄭に一度滅ぼされてから復国した過去がある)である』と答えるはずです。葉(現在、許がある場所)は我が国にとって方城外の要所です。その土地を失ってはならず、相手の国(鄭)を軽視することもできず、許を捕虜にされてもならず、讎(鄭の仇・怨み)を招くべきでもありません。王はよくお考えになるべきです」

 

 これは葉の地が鄭に攻撃される前に許を遷さなければ、鄭との対立を招き、葉の地も失うことになるという意味である。彼は鄭が善政を敷いていることを先の火災への対処を見て、理解していたのである。


 平王は納得し、冬に王子・勝を派遣して、許を析の地に遷させた。析の旧名は白羽という。

 

 

 

 この年、周の景王(けいおうが大銭を鋳造した。

 

 大銭というのは従来の貨幣よりも価値が高い貨幣のことである。『国語』の注釈を行った韋昭いしょうの注によると、虞(舜)・夏・商・周の金幣(金属の貨幣)は三等あり、黄(金)は上幣、白(銀)は中幣、赤(銅)は下幣とのことである。


 景王が鋳造した大銭はこれらの貨幣よりも大きく、価値もあったようである。

 

 景王が大銭を鋳造しようとした時、周の卿士・単の穆公ぼくこうが反対した。


「いけません。古では、天が災(水旱・蝗害等)を降された時、財貨を統計して貨幣の軽重を調整し、民を救済したものです。貨幣が軽く物価が高いことを民が嫌えば、重幣(大銭)を発行し、母(大銭)によって子(小銭)の流通を助けて民に利益をもたらしました。また、もし貨幣が重く物価が安いことを民が嫌えば、軽幣(小銭)をたくさん作って流通させ、重幣も廃すことなく、子(小銭)に母(大銭)を助けさせたのです。こうすることによって、小銭も大銭も利をもたらすことができたのです」


 このように世の中の経済状況を安定をもたらしてきた。

 

「しかし今、王は軽幣を廃し、重幣を造ろうとされております。これでは小銭が使えなくなるために民は資(財)を失い窮乏することになります。民が窮乏すれば、王が必要とする資金も不足し、その結果、民から搾取することになりましょう。民はそれを負担することができず、遠志(異心)を抱き、離散し始めることになります。そもそも、国の備えとは災害を防ぐために設けるものと、災害が起きてから救済のために使うものがあります。これらを混同してはならないのです。事前に備えをしないことを怠(怠惰)と申します。事後の備えを先に行えば、災を招くことになりましょう(現行の貨幣でも民には、不便がないのに、無理に変えたら禍を招きます)。周は既に羸国(弱国)となり、天が繰り返し災禍を与えています。今また民を離心させて災禍を助けさせるというのですか。民とは共存しなければならないにも関わらず、逆に離心させるのですか。災禍に対しては備えを設けなければならないのに、逆に災禍を招いて、どうして国を経営できましょうか。国に経(国を治める方法)が無いのに、どうして政令を発布できるでしょう。民が政令に従わないことを、上(国君。天子)は憂患とします。だから聖人は民に恩徳を施して、憂患を除いたのです」


 景王は小銭を廃止して大銭に統一しようとしたようである。

 

「『夏書(尚書・五子の歌)』にはこうあります『賦税が公平ならば、王府に蓄えができるだろう』また、『詩(大雅・旱麓)』にもこうあります『旱山の麓を見よ。榛楛(樹木の名)が茂っているではないか(徳が行き届いて陰陽が調和し、樹木が良く育っている)。親しみやすい君子が愉快に禄(福)を求めているのだ』旱山の麓で榛楛が良く育ったため、君子は気持ちよく禄(福。恐らくここでは果実の意味)を求めたのです。もしも山林が枯れ、林麓(山下の森林)が失われ、藪沢が干され、民力が尽き、田疇(田は穀物、疇は麻を生産する地)が荒れ果て、資用(財貨)が欠乏すれば、君子は危機に瀕して悲哀する余裕すらなくなります。どうして気持ちよく禄を求めることができるでしょうか。民用(民の財産。ここでは小銭)を奪って王府を満たすのは、川源を塞いで潢汙(溜池)を作るようなもので、すぐに水が涸れてしまいましょう。民が離れて財がなくなり、災禍が来ても備えが失われている状態で、王はどうするつもりですか。我が周の官員は災害に対して備えを疎かにしている部分が既にたくさんあるのです。その上、民の資(財)を奪ったら、災禍を大きくするだけであり、藏(民の財)を棄てさせて人々を死地に追いやることになります。王はよくお考えになるべきです」

 

 しかし、景王はこの諫言を聞き入れなかった。



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