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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第九章 名宰相の時代

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野心を隠して

 紀元前527年


 正月、呉王・餘眛が死んだ。

 

 彼はこれまで通り、弟の季札きさつに国君の位を譲ろうとしたが、季札は辞退して逃走してしまった。

 

 これによって、次の国君を誰にするか呉の重臣たちは集まって話し合った。


「先王(寿夢)には遺命があり、兄が死ねば、弟が位を継ぎ、季札様までに王位を伝えることになっていた。しかし今回、季礼様が位を継ぐことをお断りになったことにより、先王が兄弟で最期の国君となったことになる。先王がお亡くなりになられ、最後の兄弟となった以上、先王の子を立てるべきであるとお考える」


 この意見に他の重臣たちも賛同し、餘眛の子・僚(両手に)が王になった。呉王・僚と呼ばれる人物である。

 

 これに納得がいかない者が一人いた。


「これでは理屈が合わないではないか」


 男は部屋の中でそう叫んだ。男の名は公子・こうという。彼は余昧の長兄・諸樊しょはんの子である。


「季礼殿が断ったのであれば、長兄の子である私が王位を継ぐべきではないか」


 季礼が即位するのであれば、納得がいくが、 彼が即位しないならば、長兄の子に順番が回るべきではないかと彼は考えていたのである。


「忌々しいことこの上ないものだ」


 しかし、重臣たちの決定を覆すことはできない。そのための力も彼には無い。彼は自分が即位すると考えていたために、そのための準備を怠っていたのである。


 この状況で王位を狙うには力づくしかない。


(くそ、見ておれ、いずれあの玉座には私が座る。それまでは貸しておいてやる)


 彼は王位を狙うという野心を秘めながら、人との交流に努め、人材を集めるようになり、兵の信望を集めることにした。


(簡単に得られたものほど失い安いものはないのだ。苦労してから得てこそ本当に得たということになる)


 簡単に王位に座ったあの男に勝つために彼はそう信じて、今の境遇に甘んじた。





 魯が武宮(武公廟)で禘祭を行った。事前に百官に知らされ、百官は斎戒等の準備を始めた。

 

 梓慎がそれを見ながら、


「禘の日に咎(禍)があるだろう。私は赤黒い祲(妖悪の気)を見た。これは祭祥(祭祀の吉祥)ではなく、喪氛(葬事の象)である。咎は涖事(祭祀の主催者)に降りかかるだろう」

 

 二月、禘祭が始まり、叔弓しゅくきゅうが涖事を務めた。ところが、籥(笛の一種)が演奏しながら入場した時、叔弓は死んでしまった。

 

 大臣が死んだため、音楽の演奏を止めて祭祀を終了させられた。

 

 

 

 この頃、楚に費無極ひむきょく(または「費無忌」)という男がいた。その性格は自分勝手で、富のことにしか興味の無い男である。


 彼は楚で自分の思うがままに権勢を振るいたいと思っていた。そのためにも楚の平王へいおうの寵愛を受けたいと考えていた。


(しかしながら愛が注がれる器には限りがあるものだ)


 愛は無限に広く注がれるものではないのである。


 その限りある寵愛を受けている一人が蔡の大夫・朝呉ちょうご(または「昭呉」)である。朝呉は平王の即位において協力したことで、平王の寵信を得ている人物である。


(邪魔者を消すと同時に寵愛を受けねばならない)


 そこで費無極は朝呉に近づき言った。


「王が信じているのはあなたしかおりません。だからあなたを蔡に置いて政治を任せているのでしょう。しかしあなたは年長者であるにもかかわらず、蔡では下位におられる。これは恥ずべきことであり、上の官位を求めるのは当然でしょう。私があなたのために高い位を請うてあげましょう」


 朝呉は平王の寵愛を受けていることもあり、調子に乗っているところがあった。彼の言葉に頷いてしまった。

 

 次に費無極は蔡の高官たちに言った。


「王は朝呉だけを信じています。だから蔡に置いているのです。二三子(あなた達)は彼にかなわないにも関わらず、位は彼の上にいます。手を打たなければ禍難を招くのではありませんか」

 

 彼の言葉も最もだと思った彼らは夏、朝呉を駆逐し、朝呉は鄭に出奔することになった。

 

 それを知った平王は激怒し、費無極を呼び出した。


「私は朝呉だけを信じていたのだぞ。故に蔡に置いていたのだ。朝呉がいなければ、私はここにいないはずであった。汝はなぜ彼を去らせたのだ」

 

 費無極が答えた。


「私も朝呉を必要としないわけではございませんでした。しかし以前から彼には異心があると知っていたのです。朝呉が蔡にいれば、蔡は必ずや高く飛翔するようになりましょう。朝呉を去らせたのは、その翼を切るためだったのです」


 としおらしい態度を見せ、自分は王のことを考え、王のために行動したのだと主張した。


 彼の言葉に平王は納得してしまい。ここから彼を寵愛するようになった。遂に偽善の皮が剥がれ始めたのである。





 

 六月、周の景王けいおうの太子・寿じゅが死んだ。太子・寿は賢人として知られていた。そして、そのことを大いに悲しんだのか八月に周の穆后(太子・寿の母)が死んだ。



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