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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第九章 名宰相の時代

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暴君の死

 紀元前529年


 肥を滅ぼした晋軍が、帰路、鮮虞(白狄の別種の国)に侵攻を行った。晋は結構、似たような戦略を取る国である。


 春、魯の叔弓しゅくきゅうが反乱を起こした南蒯なんかいの費邑を包囲した。相変わらず至る所に派遣される人であり、経験豊かな叔弓であったが、撃退されてしまった。

 

 怒った季孫意如きそんいじょは、城外で費人を見つけたら捕虜にするよう命じた。

 

 これに対して大夫・冶区夫ちくふが進言した。


「いけません。もしも費人を見つければ、寒そうな者には衣服を与え、飢えている者には食事を与え、あなたが彼等の明主になって足りない物を補うことに務めるべきです。費人が自分の家に帰るように季氏に帰順すれば、南氏(南蒯)は必ず亡びることになります。民が叛したら誰が南氏と共に包囲された邑に住むでしょうか。逆に、もしも威によって害を加え、怒りによって畏れさせれば、民は季孫氏を嫌って背き、団結してしまいます。諸侯も同じように暴虐を行えば、費の人々は帰順するところがなくなり、南氏を頼ることになってしまいましょう」


 自分たちが季孫氏の怒りを買っていることは承知しているはずであり、そのため南蒯に協力し、頑強に抵抗するのである。だが、本当に悪いのは南蒯のはずで、彼さえ始末すれば、良いはずなのだ。


 民を虐げることを季孫氏がしなければ、民は安心するようになり、南蒯に協力しなくなる。

 

 季孫意如がこの進言に従ったため、費邑の人々は南氏から離れるようになった。

 

 

 

 楚の霊王れいおうが令尹だった頃、大司馬・薳掩いえんを殺してその家財を奪った。即位してからは、薳居いきょ(薳掩の一族)の土地を奪った。

 

 また、許の民を遷して、大夫・許囲きょいを人質にした。

 

 蔡の蔡洧は霊王に仕えて寵用されていたが、霊王が蔡を滅ぼした際、蔡にいた父が殺されてしまった。霊王が出兵して乾谿に向かった時、蔡洧は国都の守備を命じられたのだが、その件により霊王を憎んでいた。

 

 申の会で霊王は越の大夫・常寿過じょうじゅかを辱めており、更に霊王は闘韋龜から中犨の邑を奪い、闘韋龜の子・成然からも邑を奪った。


 闘成然はかつて蔡公(楚の公子・棄疾きしつ)に仕えていた人物であったが、後に闘成然は郊尹(郊外、国境の大夫)に任命され、蔓成然と名乗った(蔓は邑名)。

 

 こうして、薳掩の家族と薳居および許囲、蔡洧、蔓成然は霊王に怨みを持つようになっており、彼等は楚で官職を失った者達を集め、越の大夫・常寿過も誘って一大勢力を形成すると、固城を包囲し、息舟を攻略し、城を築いて拠点を造った。

 

 一大反乱である。

 

 観起かんきが楚の康王こうおうに殺された時、その子・観従かんじゅう(字は子玉しぎょく)は蔡にいた。観従は父が殺されてから朝呉ちょうご(蔡の大夫。声子・公孫帰生こうそんきせいの子)に仕えていた。

 

 本年、その観従が朝呉に進言した。


「今、蔡を封じなければ(復国しなければ)、永遠に蔡を封じることができないでしょう。私に試させてください」

 

 観従は蔡公の命と偽って子干しかん(公子・)と子晳しせき(公子・黒肱こくこう))を郊外に招いた。


 二人とも霊王の弟で、子干は晋に、子晳は鄭に亡命していた。

 

 二人が郊外に来ると、観従は蔡公の命が偽りだったことを教え、強引に盟を結ばせて蔡を攻撃するように仕向けた。

 

 その時、蔡公・棄疾は食事をとろうとしていたが、驚いて逃走した。

 

 観従は子干を蔡公の席に座らせ、蔡公の食事をさせた。その後、穴を掘り、犠牲を殺し、蔡公・棄疾(実際は子干)の書を犠牲の上に置いて盟を結んだふりをしてから、急いで子干を去らせた。

 

 観従自身は蔡の人々にこう宣言した。


「蔡公が二子(子干と子晳)を召して楚に入れることにした。二子は既に盟を結み、協力を誓い合って楚に向かわれた。蔡公は士卒を率いて二子に続くつもりである」

 

 これは霊王に対する謀反の宣言であるため、集まった蔡の人々は観従を捕えようとした。しかし観従が、


「賊(子干と子晳)を取り逃がし、蔡公が既に軍を成そうとしているにも関わらず、私を殺して何になるか」


 と言うと、人々は観従を放した。そこに朝呉が現れ、人々に言った。


「二三子(汝等)がもしも楚王に従って死ぬか亡命したいと思っているのであれば、蔡公の命に逆らって事の経過を見守れば良いだろう。しかしもしも安定を求めているのであれば、蔡公に従ってその希望(蔡公の希望。復国すること)を達成させるべきではないか。そもそも、上官に逆らってどこに行くというのか」

 

 人々は、


「命に従います」


 と言って逃走した蔡公を主に立て、改めて二子を招いて鄧で盟を結んだ。蔡公と二子および蔡人だけでは勢力が乏しいため、同じく復国を望む陳人とも協力することにし、更に先に反乱を起こした蔓成然らと連絡を取り、彼らとの連携することになった。


 子干と子晳、蔡公・棄疾、蔓成然、朝呉と共に陳、蔡、不羹、許、葉の兵を率い、四族の徒(薳氏、許囲、蔡洧、蔓成然の族人)の協力も得て楚に向かった。

 

 楚の郊外まで来ると、陳と蔡は復国の名分を明らかにするために、武軍(営塁。陳と蔡の旗が立てらる)を築くことを望んだ。


 しかし蔡公・棄疾は、


「速やかに進軍したい。それに、役人(陣を作る労役の人)も疲労しているのだ。藩(木の枝や竹で作った柵)だけで良かろう」

 

 こうして藩が築かれ、軍営となった。


 ここまで至るまで、ほぼ邪魔をされることなく、進めている。

 

 以前、霊王が、


「私は天下を得たい」


 と言って卜ったことがあったが、「不吉」と出た。霊王は卜で用いる亀を投げ捨てると、天を罵って叫んだ。


「このように小さな願いも叶えることができないというのか。ならば私、自ら奪い取るまでのことだ」

 

 霊王は晋と覇を競うために何度も兵を興し、諸臣からも田地を奪った。そのため、満足することを知らない霊王は民に憎まれており、今回の乱が起きると人々は次々に離れていたのである。

 

 蔡公・棄疾は大夫・須務牟と與史を先に楚都に入らせた。それを知った正僕人(太子の側近)が霊王の太子・ろくと公子・罷敵を殺した。

 

 公子・比が楚王を、公子・黒肱が令尹を称し、魚陂に駐軍し、公子・棄疾は司馬となり、先に王宮に入って反対派を除いた。


 棄疾は観従を乾谿に派遣して駐留中の楚軍(霊王の軍)に楚都の状況を伝えさせた。


 観従が将兵に、


「先に新王に帰順した者は元の官位に戻すが、遅れた者は劓(鼻を削ぐ刑)に処すだろう」


 と宣言すると、霊王の軍は訾梁で崩壊してしまった。

 

 霊王は逃走する中で、群公子が殺されたと聞いて車の下に転げ落ち、こう言った。


「人が子を愛すのは、私と同じであろうか?」

 

 すると侍者が答えた。


「王以上に子を愛する者もいます。しかし小人(私)は年老いて子もおりません。溝壑(谷底)に落とされることを知っています」


 年老いて最寄りもございませんので、既に破局を迎えたことを覚悟しているということである。

 

 流石の霊王も意気消沈したのか、


「私は人の子を殺し過ぎた。そうならない(破滅しない)わけにはいかないだろう?」

 

 右尹・子革しかく然丹(ぜいたん)が言った。


「郊外で待機し、国人の意見を聞くべきではないでしょうか」

 

「衆怒を犯してはならない(国人の怒りに触れてはならない。国人の意見は聞けない)」

 

 子革としてはまだ、霊王が逆転の可能性はあると考えている。


「大都に入ることができれば、諸侯(陳・蔡・不羹・許・葉等)に兵を請えましょう」

 

「諸侯は皆、既に叛している」

 

「諸侯に亡命することができれば、大国が王のために図ることでしょう」

 

「大福が再び来ることはないもの。自ら辱めを得るだけであろう」


 一度、国君としての地位を失えば、再び国君に戻ることはできず、諸侯の臣下として辱めを受けるだけである。霊王としてはその屈辱を味わうことはできない。


 彼は最後まで自尊心を捨てることができなかったと言える。そんな霊王を子革は見捨てて楚に帰った。

 

 霊王は夏水(漢水)を下って鄢(楚の別都)に向かおうとした。

 

 それを知った芋尹・無宇むうの子・申亥しんがいは、


「私の父は二回王命に逆らったが(王の旗を折ったことと、章華宮で人を捕えたこと)、王は誅殺されなかった。これほど大きな恩恵があるだろうか。王に難があるにも関わらず、助けないわけにはいかない。恩恵を棄てることもできない。私は王に従おう」

 

 申亥は霊王を探し、棘闈(または「棘囲」。地名)で合流して家に連れて帰った。

 

 五月、霊王は芋尹・申亥の優しさは嬉しかったが、もはや王ではない自分に耐え切れず、彼の家で首を吊って死んだ。申亥は二人の娘を霊王のために殉死させた。

 

 

 


 

 


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