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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第九章 名宰相の時代

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東阿

晏嬰(あんえい)は三年間にわたって東阿を治めていた。


ある日、斉の景公(けいこう)が彼を召した。


「私は汝ならできると思ったが故に東阿を治めさせたのだ。しかし汝が治めてから東阿は乱れてしまったと聞く。汝は退いて反省せよ。追って汝に大誅(刑罰)を降すことであろう」


晏嬰は、


「異なる方法で東阿を治めさせてくださいませ。もし更に三年経っても治まねば、私は死を請いましょう」


と言った。そのため景公は同意した。


翌年、彼は賦税の収入を報告した。景公は彼を迎え入れ、祝賀した。


「汝による東阿の政治はとても素晴らしいものである」


晏子は恥じるように言った。


「以前、私が東阿を治めた際、属托(こねを使って利益を得ること)する者がなく、賄賂も贈られず、陂池(池沼)の魚は貧民を助けておりました。あの頃の民には飢える者がおりませんでしたが、主公は逆にこれを罪とされました。今、私が改めて東阿を治めた結果、人々は属托を行い、賄賂が横行し、賦税が重くなり、倉庫の蓄えを減らして国君の左右の者のために使うようになりました。陂池の魚は権家に入っております」


賄賂が横行し、景公の周りにいる高官が利益を得るようになったため、彼を褒めるようになったのである。


「このような治世であるため、飢える者は半数を越えましたが、主公はかえって私を迎え入れ、祝賀しました。私は愚かであるためこれ以上、東阿を治めることができません。骸骨(辞職。隠退)を請い、賢者に路を譲りたいと思います」


彼は再拝して去ろうとした。


景公は慌てて席を下り、謝罪した。


「どうかあなたに再び東阿を治めてもらいたい。東阿はあなたの東阿である。今後、私が干渉することはない」


まるで、親に叱られたような表情を浮かべながら、言った景公を見ながら晏嬰は、


(この方は中々に大変だ)


ある意味、国君としては落第点の人である。


(この方を立派な国君にできるのは……私か……)


ふと、そのような直感を抱いた。


彼は景公の教育に生涯をかけることになる。


九月、斉の公孫蠆(こうそんたい)子尾(しび))と公孫竈(こうそんそう)子雅(しが))が大夫・高止(こうし)を北燕に追放した。


高止が斉を出た。


高止は自分の功績が大きいと信じて専横が目立ったため、難を招いたのである。


冬、魯の仲孫羯ちゅうそんけつが晋に入朝した。夏に士鞅(しおう)が魯を聘問したことに対する答礼である。


斉で高止が追放されたため、高豎(こうじゅ)(高止の子)が盧(高氏の食邑)で叛した。


十月、閭丘嬰が兵を率いて盧を包囲した。


高豎が言った。


「高氏の後代を残すのであれば、邑を返上しましょう」


斉は高傒こうけいの賢良を称えて、その子孫にあたる高酀(高偃)に高氏を継がせた。


十一月、高豎は盧を返上して晋に出奔した。晋は緜上に城を築いて高竪を住ませた。


鄭の伯有(はくゆう)子晳(しせき)公孫黒(こうそんこく))を楚に派遣しようとしたが、子晳は辞退した。


「楚と鄭は関係が悪化しております。私を派遣するというのは、私を殺すのと同じことでございます」


兄の子西(しせい)が最近、世を去ったことも理由の一つである。


だが、伯有は、


「汝の家は代々使者を勤めているではないか」


子晳はむっとしたながら、


「行くべき時には行き、難があれば行かない。先代とは関係ない」


それでも伯有が強制したため、子晳は怒って伯有を攻撃しようとした。慌てて大夫達が両者の間に入って和睦させた。


十二月、鄭の大夫が伯有の家で盟を結んだ。対立を解消するためである。


しかし裨諶(ひじん)(卑諶)がこう言った。


「この盟は長続きしないだろう。『詩(小雅・巧言)』にはこうある。『君子が頻繁に盟を結べば、乱を助長させん』この盟は乱を長じさせる道であり、禍はまだ終わっていない。三年後にやっと解消できる」


然明(ぜいめい)が聞いた。


「政権はどこに移るのでしょうか」


裨諶は、


「善が不善に代わるは、天命というもの。政権が子産(しさん)を避けることはない。階級を越えて政権を握る者がいないとすれば、位階に則ることになる」


位階の序列に則るのであれば、子産が政権を握る番になる。


「善を選んで用いるとすれば、世に重んじられた者が政権を握ることになる。やはり子産しかいない。天は子産のために障害を除き、伯有の魄(魂)を奪おうとしている。また、子西(しせい)は既に世を去っている。子産が大任を避けることはできない。天が鄭に禍を降して久しくなっており、子産によってそれを終息させれば、安定を取り戻すことができる。そうでなければ、鄭は滅亡する」



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