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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第八章 暗き時代

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それは祝福か呪いか

昨日投稿しようとしていたのですが、どうにも時間がなかったもので出来ませんでした。

 秋、斉の荘公そうこうは晋での混乱に乗じて、衛を攻撃した。


 先駆(先鋒)は穀栄こくえい王孫揮おうそんきの兵車を御し、召揚しょうようが車右が努め。


 申駆(次軍)は成秩せいちつ莒恒きょこうを御し、申鮮虞しんせんぐの子・傅摯ふしが車右を努め。


 荘公の軍は曹開そうかいが荘公の戎車は御し、晏父戎あんほじゅうが車右を努めることになった。


「坊ちゃん。断れませんかね?」


 晏父戎は晏嬰あんえいの父の代から使えている族人で、晏嬰ことを彼は坊ちゃんと呼ぶ。


「無理です」


「はあ、仕方ありませんなあ」


 真面目な性格ではない人物である。


 貳広(斉公の副車)は上之登じょうしとう邢公けいこうを御し、盧蒲癸ろほきが車右を努め。


 啓(左翼)は牢成ろうせい襄罷師じょうひしを御し、狼蘧疏ろうきょそが車右を努め。


 胠(右翼)は商子車しょうししゃ侯朝こうちょうを御し、桓跳かんちょうが車右を努め。


 大殿(後軍)は商子游しょうしゆう夏之御寇かしぎょこう)を御し、崔如さいじょが車右になり、燭庸之越しょくようしえつが駟乗(馬車に乗るのは通常は三人ですが、四人乗ることもあり、四人目を駟乗という)になった。


 衛を攻めてから少しして、荘公の元に報告が来た。


「くそ、欒盈らんえいめ、使えん男よ」


 荘公は曲沃に撤退した欒盈らんえいを助けるため、衛を攻めた後、晋に向かった。


 晏嬰が言った。


「国君は勇力に頼り、盟主を討たんとしている。失敗こそ国の福となるだろう。徳がないにも関わらず、功を立てれば、憂いは国君に及ぶことになるからだ」


 彼は晏父戎に荘公へ、そう進言するよう頼んだが、晏父戎は晏氏の立場を悪くすると思い、進言しなかった。


「やめときましょう。主公は坊ちゃんの言葉を聞く人ではありませんよ。言葉の無駄遣いというものです」


 一方、崔杼さいちょが荘公を諫めた。


「小国が大国の変事(晋の欒氏の変)につけこめば、必ず咎を受けると申します。主公はよくお考えになるべきです」


 この進言から今回の欒盈の乱が荘公の策であることを彼は知らないことになる。


 しかし荘公はこの諫言を聞き入れなかった。


 その後、諫言を聞き入れなかったことを知った陳須無ちんしゅむが崔杼に会って言った。


「国君をどうなさいますか?」


 彼としてもこの戦に意味は無いと思っている。家の利益にならないからだ。そのためまた、諫言してはどうかということである。


 崔杼が答えた。


「私は既に国君に進言した。しかし国君は聞かなかったのだ。晋を盟主にしながら、その難を自国の利益にしようとしている。群臣が危急に遭遇すれば、国君にかまっている暇はない」


 国君が自ら招いた禍に臣下がかまう必要はなく、または国君が害されてもかまわないという意味である。


「汝は様子を見ているだけでよい」


 だが、この言葉から別の意味に捉えた。


(晋に主公を恨ませて、その後、主公を殺せば、晋の関心を得ることができるか……)


 陳須無は退席してから部下と息子の陳無宇ちんむうにこう言った。


「崔子はもうすぐ死ぬだろうな。国君に対する譴責が厳しいうえ、自分の罪(国君を殺すという罪。「国君にかまっている暇はない」という言葉を指す)は国君の罪(盟主を討伐するという罪)を越えている。善い終わりを迎えることはできないだろう。義に則った行為でも国君を越えず、自分を抑えるものであるのだから、悪い事ならなおさらそうしなければならないものだ」


 だが、彼からすれば、これほど嬉しいことはない。


 扱いづらい国君である荘公と高い地位に居座っている崔杼の二人がやがて争うことになる。それは自分の家からすれば、嬉しいことである。


「嬉しそうですね。父上」


「当たり前であろう。我が家は選ばれた家なのだ」


 陳須無は暗い笑みを浮かべる。


(父上は先祖が受けたという卜いを信じておられる。まるで天から受けた祝福のように……)


 その後、退出した陳無宇は先祖代々伝えられたそれを呪いのようなものであると思っている。


(私は……)


 陳無宇には憧れの人がいた。その人は恐ろしくもあり、格好良い人であった。


晏弱あんじゃく殿。私はあなたのような人になりたい)


 しかし、今の自分はそれと掛け離れた存在である。


 そのようなことを考えている内に、背の低い人物とその傍にいる筋骨隆々の人物を見た。晏嬰と晏父戎である。


 その憧れの人の体現者というべき者がいるとすれば、晏弱の息子の晏嬰である。


(人は血筋からは逃れることはできないと言うのだろうか)


 陳無宇は晏嬰という人があまりにも羨ましくあり、悔しかった。





「おや、あれは陳無宇殿では?」


 晏父戎は晏嬰にそう言った。


「そうですね」


「何やら坊ちゃんを睨んでいるような……何かしましたか?」


 晏父戎からすると晏嬰は言葉があまりにも真っ直ぐ過ぎる所があるため、陳無宇を怒らせるようなことを言ったのではないかと思った。


「いいえ、何も」


 晏嬰はそう言ってから、ちらっと陳無宇と見た。


(相変わらず、下らないことをごちゃごちゃと考えている方だ)


「坊ちゃんは人として強すぎますよ。もっと弱い人のことも考えないと」


 晏父戎の言葉に彼は何も答えなかった。彼には、泥沼に嵌まりつつあるこの国のことだけしか頭になかったからである。


 そんな彼に晏父戎は肩をすくませるだけであった。




 荘公は晋を攻撃して朝歌を取り、二隊に分かれて一路は孟門に入り、一路は大行(太行山)を登った。


 その後、熒庭に駐軍して戦勝を記念する表木を建て、郫邵に守備を置き、少水に晋兵の死体を埋めて塚を造り、平陰の役の報復として帰還した。


 これに対して晋が反撃を行った。


 趙勝ちょうしょう趙旃ちょうせんの子)が東陽(太行山以東の地)の軍を率いて追撃し、晏氂あんき晏莱あんらい。晏嬰の子と言われてるが?)を捕えた。


「ありゃ囚われてしまったようですな」


 晏父戎はあっけらかんと言う。


 晏嬰は強く拳を握り締め、そこからは血が流れるほどであった。


「あれも戦に出る以上、覚悟は出来てます。嘆く必要はございませんよ。それよりも兵を慰撫する方がこれからを考えたら良いのでは?」


「わかってる」


(人は弱いものでさ。坊ちゃんにも弱いところがある。弱さの無い者などいない。それを陳無宇殿も理解していると良いのだがね)


 晏嬰の背を見ながら晏父戎はそう思った。




 八月、魯の叔孫豹しゅくそんひょうが軍を率いて晋を援け、雍楡に駐軍した。


 その頃、晋を助けるために動いた魯に事件が起きようとしていた。



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