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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第八章 暗き時代

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魯の三軍編成

 紀元前562年


 魯の季孫宿きそんしゅくが三軍を編成する計画を叔孫豹しゅくそんひょうに話した。


 叔孫豹に相談したのは当時、叔孫氏が代々司馬として軍政を担っていたからである。


 季孫宿が言った。


「三軍を作ることに同意していただきたい。各家(季孫氏・叔孫氏・孟孫氏)が一軍を管理するのです」


 これに叔孫豹は反対した。


「政権はすぐあなたに渡ることになるでしょう。三軍を作ってしまえば、子はうまく政事をすることができなくなる」


 季孫氏は代々上卿として魯の政治を行っていたが、季孫宿がまだ若いため、この時は叔孫豹が政権を握っていた。


 老齢の叔孫豹はやがて季孫宿に政権を返すことになる。しかしその時に季孫宿が政権と軍権の両権を握るようになっていれば、季孫氏の専横が始まる危険性が出てくる。


(季孫家だけに独占されるべきではない)


 叔孫豹は三家が団結できなくなることを心配したのだ。


 更に彼は言った。


「天子の軍(六軍の衆)が作られれば、公(諸侯で王の卿士を担当する者)がそれを指揮して不徳の者を征伐し、元侯(大国の主君)の軍(三軍の衆)が作られれば、卿がそれを指揮し、天子(王師)に従って不義を討伐するもの。諸侯(次国の主君)は卿(命卿。天子から任命された卿のこと。本来、大国の諸侯には三卿がおり、二卿は天子から、一卿は国君から任命される)がいても軍(三軍)を持たず、教衛(訓練を受けた武衛の士)を率い、元侯を補佐する。伯爵・子爵・男爵は大夫がいても卿(命卿)を持たず(小国は二卿だけで、どちらも国君に任命される)、賦(兵車・甲士)を率いて諸侯(大国)に従う。こうすることで上が下を征伐し、下には姦悪がなくなるのだ。今、我々は小侯の国であり、大国(斉・楚)の間にいる。貢賦(兵車・甲士)を準備して大国に供給しても、なお彼等から討伐されることを恐れなければならない立場にいるにも関わらず、自ら元侯がやるべきこと(三軍を擁すこと)を行えば、大国を怒らせてしまうことになる。三軍を編制するべきではない」


 しかし、季孫宿は頑なに請願した。


 叔孫豹は盟を結んで政治を乱さないように約束させることにして、同意した。


 僖閎(僖公廟の大門)で盟を結び、五父の衢(大通の名)で呪詛が行われた。


 この呪詛は盟に背いた者に禍を与えるためである。















 正月、魯が三軍を作った。


 因みに一軍は一万二千五百人を擁している。


 こうして季孫氏・叔孫氏・孟孫氏の三家がそれぞれ国の一軍を擁すことになり、三家はそれまで持っていた私軍を解散させた。


 これ以前は、国軍の兵は魯の郊遂から集められ、卿大夫の私兵は自分の邑から集められていた。


 ここで当時の軍隊について説明する。


 当時では国内の平民、農民が兵となり、奴隷は雑役を担当した。


 国民は普段は農業等を営み、戦時になると召集され、各戸ごとに一人の兵を出し軍籍に編入される。


 軍籍者は車馬や糧食などの「軍賦」も提供する必要がある。

 

 つまり、軍を掌握するというのは、兵士を指揮するだけではなく、「軍賦」による財政源も得ることになるのだ。

 

 それを踏まえて、この三軍編成を見ると魯の三桓は、もともと公室が所有している軍権を自分たちに移し、元から所有していた自分たちの兵力と国軍を統合して、軍隊組織を改編したことになる。


 三軍編成後、季孫氏は私邑の奴隷を全て開放して自由民とし、その中で兵を提供する邑を「役邑」として季氏の一軍を補充させた。


 また、季孫氏は自分が掌握することになった軍籍者から得る「軍賦」を全て自分のものとして徴収し、そこから一部を公室に納めることにした。


 もしも季氏に所属する人々がそれに従わない場合は、季氏と公室の両方に税を納めさせた。国人からみたら二倍の納税になる。


 孟孫氏は私邑の兵の半数を臣(奴隷兵)にし、自由民の子や弟も含め、子弟の半分を自分のものとし、残りは公室に納めさせた。


 叔孫氏の私邑の兵は元々奴隷兵であり、一軍を擁してからも、私邑の兵を全て奴隷兵にし、軍籍者の子弟から「軍賦」を徴集し、残りは公室に納めさせた。


 こうやって見ると、季孫氏が一番、利益を無理やり作り出している。彼の父は、謀略を持って、政敵を排除するなど、毒を持った人物であったが、自分の財産を必要以上に残さなかったことで、名声を得た人物であるが、息子は大分違うようである。


 また、口では散々、三軍編成に反対したわりには、叔孫豹も利益を出すことに腐心している。


 今回の三軍編制によって三桓は魯の軍権をほぼ掌握するようになり、この後、三桓の専横が激しくなり、魯公室が衰退していくことになる。


 これは魯だけではない。他の国でも国君の地位は卿に脅かされ、権威は失墜し始めることになる。


 そのため、国の命運は国君の器量よりも政権を担う大臣の器量によるようになった。


 

 



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