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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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国を背負うは国君の職なり

 七月、楚の子囊しどうと鄭の子耳しじが魯の西境を攻撃した。


 両軍は兵を還してから更に䔥(宋の邑)を包囲し、


 八月、䔥を陥落させた。


 この後も鄭は兵を動かしている。


 九月、鄭の子耳が宋の北境に侵攻したのだ。


 これを知った魯の仲孫蔑ちゅうそんべつが言った。


「鄭には禍いが起きるだろう。軍が争うこと甚だしい(戦争が多すぎる)。周(天子)でも争いを控えるものなのに、鄭はなおさらそうしなければならないではないか。鄭君(鄭の簡公かんこうはまだ幼い。故に禍いは執政をしている三士(子駟しし子国しこく子耳しじ)に起きるであろう」


 諸侯の戦が続いているため、莒が魯の東境を攻めた。


 晋の悼公とうこう、魯の襄公じょうこう、宋の平公へいこう、衛の献公けんこう、曹の成公せいこうと莒君、邾君、滕君、薛君、杞君、小邾君および斉の世子(太子)・こうが鄭を攻めた。


「やけに斉の太子が頑張っておるな」


 宋の平公は従軍していた楽喜がくきに言った。


崔杼さいちょ殿が積極的に攻撃に参加するよう勧めたそうです」


「そうか。斉も諸侯との関係を重要しするようになったか」


「いえ、自分のためでしょう。見せかけに過ぎません」


 楽喜はそう断言した。


 連合軍はその後、牛首(鄭地)に駐軍した。


 鄭の子駟は尉止いしと対立していたため、諸侯の軍と戦う時、尉止の兵車を削減した。


 戦闘が始まり、尉止が敵の捕虜を得ると、戦功を争っていた子駟は、


「尉止の車は礼に背いている(まだ車が多すぎる)」


 と糾弾、捕虜を献上させなかった。捕虜の献上は戦功の報告にあたるものであるから彼の戦での功績が認められないことを意味している。


 そのため彼は子駟を大いに憎んだ。


 かつて子駟が田地の水溝を造ったことがあった。大分、大規模な水利工程だったようである。その時、司氏、堵氏、侯氏、子師氏の田地を奪われた。


 尉氏と田を奪われた四氏は協力して不逞の者(志を得ていない者)を集め、子駟に殺された公子の徒と謀反を企むようになった。


 実はこの時、彼らに協力をしていた者がいた。その者の名は子孔しこう(公子・)である。


 今の彼は司徒を努めており、子駟が当国、子国しこく(公子・はつ)が司馬、子耳が司空を勤めていた。だが、彼は彼らが自分よりも上の地位にいることに不満を持っていたため、子駟に不満を持っている彼らを唆したのである。


「我らには司徒殿がついておる。我らの大業は果たされるであろう」


 尉止が司臣ししん侯晋こうしん堵女父とじょほ子師僕ししぼくにそう言って、計画を練り、


 十月、子孔が重臣たちが西宮で会議を行うことを彼らに伝え、早朝、尉止らは徒党と共に、宮中に乗り込んだ。


「子孔殿はまだ、来られないのか?」


 そのようなことを露とも知らず、子耳は子駟に訪ねていた。


「仕方ない。我らだけで会議を行うことにする」


 子駟は会議を始めることにした。


「私は晋と講和しようと考えている」


 子駟がそう言うと、子国が反対した。


「私は反対です。何のためにここまで努力したのですか。全ては楚の信頼を得るためではありませんか。特に子耳は戦に何度も出ております。ここで晋に好を通ずれば、彼の努力を……彼だけではありません。多くの者の努力を蔑ろにする行為でございます」


 子国は猛烈に非難をすると会議に出席していた鄭の簡公かんこうに拝礼し、言った。


「私は司馬の職を辞任しようと思います」


 彼は前々から考えていたことであった。彼は自分は武人でしかなく、政治に関しては無頓着であると思っていた。そんな自分が高位にいるべきではないと考えていたのだ。


 子駟は非難を受けたため、不快に思っており、許そうとした。


「良かろう。汝の職は……」


「何を勝手なことを言おうとしているのか」


 子駟の言葉を遮ったのは簡公である。


「私は子国の職を解くなど一言も言っておらんぞ」


「しかし、主公よ」


 彼は簡公の言葉に驚いた。今までこのようなことはなかったからである。


「臣下の任命及び、解任については国君の承諾が必要なはずである。臣下が己の職を勝手に放り出すことも許されてはいない」


「誠に左様でございます」


 子国は謝罪した。


「しかしながらこの者は国を乱す考えを持っております。そのような者をそのままにしとくわけには……」


 子駟はなお、食い下がろうとするが、


「いつから汝の国になった」


「なっ」


 簡公の言葉に子駟は驚く。


「国を乱す考えを子国が持っていると汝は言った。まるで自分の国が乱されていると言うような言動ではないか」


 これが幼年の者の言葉であろうか。


(息子は主公は名君の器であると言っていた。正直、幼年の者にそれほどの器がと思っていたが……)


 子国は簡公の言葉を聞きながら、そう思った。


「そのようなことは滅相も思っておりませんぬ」


「ならば、何故、汝は国君にならなかったのだ」


 簡公は神妙な表情を浮かべながら問いかけた。


「何を仰せられているのかわかりませぬ」


(まさか、この者は自分の父を殺したのは私だと……)


 子駟は簡公に初めて恐れを抱いた。内心、童子と侮っていたのだ。


「汝は逃げたのだ。国君になれば、非難に晒されると、故に私を立てた」


 更に、彼は続ける。


「国君の職から逃げておきながら、臣下としての立場を逸脱しようとしている。子駟よ。汝ことが国を乱させる元となってはいないか?」


 簡公は今の国の状況は子駟に責任があるとした。


「何を仰せられる。私は臣下として、国を憂い、民を重んじる政治を行ってまいりました。そのようなことはございません」


 どれだけ自分が国のために頭を悩ましてきたのか。何も知らずに適当な命令を下す国君に振り回されてきたのか。


(この者はそれを知らずくせに……)


「子駟よ。もう良いのだ。汝はあまりにも背負いこみ過ぎたのだ」


 次の簡公の言葉に子駟は驚いた。


 簡公は子駟が国を思う気持ちがないとは思ってはいない。彼はあまりにも国を保つことばかりを考えすぎており、そのためその目に民を姿が見えなくなっている。


 それは先代までの国君のせいである。彼の才覚に頼りきってしまったのが、今の鄭の現状なのだ。


「国を背負うは国君の職である。子駟よ。もう良いのだ」


 簡公は優しく語りかける。


「汝が背負い込みすぎることはない。これからは汝だけではない。皆で国を支えていくのだ」


 これほど優しい国君がかつていただろうか。子国は感動した。簡公は子駟の苦しみを理解し、それを解消しとうとしているのだ。


「主公……」


 その時、会議の場に兵が駆け込んできた。


「報告します。今、ここに賊が……」


 兵が全てを言う前に矢が飛び、彼を貫いた。


「おのれ」


「よせ、子耳」


 子耳は兵が倒れこむ場に駆け寄る。それを子国が止めようとする。


 彼が兵に駆け寄るとこちらに向かってくる一団がいた。


「汝らが賊か」


「国を乱す賊はきさまらだ」


 尉止らは剣を抜いて、言った。そのまま、子耳に突っ込み、子耳は貫ぬいた。


「子耳」


「子駟殿、主公をお願致す。ここは私が」


 子国は椅子を尉止らに投げる。その隙に子駟は簡公を連れて逃げる。


「逃げすな。主公を得るのだ」


 兵が行こうとするが、それを子国が阻み、兵の一人を殴り殺し、剣を奪う。


「ここは行かせん」


 簡公が叫ぶ。


「発よ。死ぬな」


(ああ、なんと優しき方か)


 子国は剣を賊に向かって、構えた。


「我が名は司馬の発なり、賊共。ここから先に行きたくは、私を殺してから参れ」







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