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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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君は君たり、臣は臣たり

 偪陽攻略戦に参加していた魯の襄公じょうこうと魯軍は帰国した。仲孫蔑ちゅそんべつ秦堇父しんきんほを車右に任命した。戦での武勇を評価してのことである。


 因みにこの秦堇父の息子は秦丕茲しんふじ(または「秦不茲」。秦商しんしょう。丕茲は字)といい、彼は後年、孔子こうしに仕えて弟子の一人になることになる。


 六月、楚の公子・てい子囊しどう)と鄭の公孫輒こうそんちょう子耳しじ)が宋を攻めて訾毋(宋地)に駐軍した。


 続けて、楚・鄭連合軍は宋を包囲し、桐門(北門)を攻撃した。


 一方、晋の知罃ちおうは昨年の報復のため秦を攻撃していたため、宋への救援することができなかった。

 

 そこで晋は衛に宋救援を命じた。衛の献公けんこうは宋を援けるため、襄牛(衛地)に駐軍した。


 鄭の子展してん子駟ししに進言した。


「衛を撃つべきです。そうしなければ楚と親しくなれません。既に晋の罪を得たにも拘わらず、楚の罪まで得てしまえば、国を守ることはできません」


 衛の本隊が宋に行っている隙に衛に侵攻しようとい提案である。楚は心の底から鄭を信頼していない。そのためここで結果を出せば、信頼を得ることができる。


 子駟は反対した。


「国が疲弊している」


 今、宋を攻めている中、無理に兵を動かすべきではないだろうというのが、彼の意見である。


 子展はこう主張した。


「二大国から罪を得れば、必ずや滅亡することになります。疲弊は滅亡するよりもマシです」


 ここで無理をしてでも信頼を得ようとしなければ、国が亡ぶではないか。その危機感が彼にはあった。


 諸大夫は子展の意見に賛成した。


 そこで、鄭の皇耳こうじ皇戌こうじゅつの子)が軍を率いて衛を侵した。


 出陣を許可した鄭の簡公かんこうは胸騒ぎを覚え、近くにいた子産しさんに聞いた。


「皇耳は勝てるであろうか?」


「難しいかと思います」


 子産はそう答えた。


「何故、そう言えるのだ?」


「彼の軍の兵たちは歩きが早い者、遅い者という風にバラバラです。意志統一が図れていないからでしょう。こういう軍は弱いものです」


 彼の言葉に驚いた簡公は青ざめた。


「ならば、戻るよう命じなければ……」


「なりません。国君の言葉とはとても重いものです。一度言った言葉を直ぐに訂正してしまえば、言葉は軽くなってしまいます。そうなれば、国君の言葉を人々は軽視することになりましょう。国君の言葉は国を動かすものであり、たった一言で人の命を失わせることもできます。だからこそ、国君足る者は己の言葉に気を付けなければなりません」


 簡公は更に顔を青ざめた。


 彼は幼く、政治を決めているのは、大臣たちである。されど、決定を下したのは、彼なのだ。故に彼にも責任が発生する。国君の言葉とはそれほどにも重いものなのだ。


(それをこの方は理解されたのだ)


 子産はその様子を見ながら、そう思った。同時にこの方は人を思いやり、責任感を持てる方であると思った。


「子産よ。ならば、何故、大臣たちの言葉はあれほどに軽いのだ?」


 簡公はそう言った。子産は何も答えることができなかった。














 衛の留守を預かっている孫林父そんりんぼは鄭との戦いを卜った。そして、卜兆(亀の甲羅の亀裂)を定姜ていきょう(衛の定公ていこうの妻。献公の母)に見せると、定姜は繇辞(卜兆を解説する辞)を問うた。


 孫林父が言った。


「今回の繇辞は『兆は山陵のようで、ある者が出征すれば、その雄を失わん』です」


 彼はこれを見て、出陣せず、守りを固めて、やり過ごすべきではないかと考えた。


 だが、定姜は笑った。


「征者が雄を失うということは、禦寇(防御する者)の利となりましょう」


 孫林父はこれを防御側の出陣を諌めていると解釈したが、彼女は相手の出陣が意味のないものになると解釈したのだ。


 これが卜いというものの怖さである。解釈の仕方で意味が百八十度変わってしまうのである。


 孫林父は彼女の言葉に従って、鄭軍を迎撃し、孫蒯そんかい(孫林父の子)が鄭の皇耳を犬丘で捕えた。


 この報告を受けて、簡公は驚き、悲しんだ。自分の何も考えず、ただただ大臣たちの言葉に従って、命じたことで無用な命を散らせてしまった。


 同時に敗北を予見し、国君の立場というものに意見をした子産への信頼を深めた。


 そのため簡公は様々なことを子産へ問いかけた。そのことが子産にとっては嬉しかった。


(自分を信頼してくれるというものがこれほど嬉しいものであったのか……)


 初めて味わう感動が嬉しかったのか。子産は父である子国しこくに今日はこのようなことを主公から問いかけ、受けたなどを話した。


 最初は笑みを浮かべながら子国は子産の話を聞いていたが、数日後、彼を叱りつけた。


「お前は童子であるにも関わらず、大臣を差し置いて、自分だけが主公のために働いているつもりであるのか」


 子国の言葉を聞き、子産は子駟から何かを言われたのだと考えた。


 子駟は簡公に近い立場にいようとしている子産に嫌悪感を抱いた。また、その疑いの目を子国まで向けたのだろう。


(だが、これに関しては私が悪い)


 子産は簡公に信頼されているということが嬉しくて、有頂天になっていた部分があったのだ。そのことを父は戒めてくれたのだと彼は考えた。


「申し訳ありませんでした」


「わかれば、良いのだ。わかればな……」


 子国はそう言ってから、言った。


「難しいものだ。近くにいたと思えば、いつの間にかどこか遠くにいるようにも感じる。人と人の距離感には気をつけねばならぬ。君臣ならば、尚更だ。お前は間違えるな」


 父の言葉には悲哀が含まれている。


「わかりました」


 それからは子産は自分を戒めるようにした。


 そんな彼に簡公は疑問を持った。


「少し余所余所しく感じる。何故であろうか?」


「君には君の立場があり、臣には臣の立場がございます。私はそれを犯そうとしておりましたので、今後も気を付けようと考えました。もし、主公の気分を害されたのであれば、申し訳ありません」


 簡公は暫し、無言になってから口を開いた。


「汝が謝ることではない。臣下への接し方を間違えたのは君足る私である。故に汝へ負担を与えてしまった。どうか許して欲しい」


(ああ、この方はなんと優しい方か)


 子産は感動した。


 国君足る者の臣下への愛とは簡公のようであるべきではないか。国君は多くの者に愛は注がねばならない。偏ってはならないのだ。


 ただ、簡公は後に多くの寵臣を作りすぎて、子産が頭を悩ますことになる。


 されど子産は簡公のことを名君になられる方であろうと思った。



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