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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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祁奚

 紀元前570年


 春、楚の子重しちょう(公子・嬰斉えいせいが呉を攻撃した。士卒を選抜して鳩茲(呉邑)を攻略し、衡山(呉地)にまで至った。


 そこで鄧廖とうりょうに組甲(組甲は精巧にできた甲冑の種類。車兵)三百と被練(被練も甲冑の種類。歩兵)三千を率いて進軍を命じた。


 しかし呉軍が伏兵を設けており、伏兵によって鄧廖は捕えられてしまった。わずか組甲八十と被練三百だけが無事逃げ帰った。


 子重は帰国して飲至した。


 飲至とは宗廟に戦の報告を行うことである。だが、彼は戦勝の部分だけを報告し、鄧廖が捕われたことは報告していない。先祖に嘘をついたことになる。


 その三日後、呉が楚を攻撃して駕を占領した。


 駕は良邑と言われて評判であり、鄧廖は楚の良将だったため、当時の君子(知識人)はこう子重を謗った。


「子重の今回の戦役は、獲るものより失うものの方が多かった」


 これを受けて、楚の人々が子重を譴責したため、子重は心を病んで死んでしまった。


 魯の襄公じょうこうが晋に行った。始めての朝見であり、襄公は六、七歳であるため、卿大夫に連れられて、晋に行った。


 四月、魯の襄公と晋の悼公とうこうは長樗(恐らく晋都の郊外)で盟を結んだ。


 魯の仲孫蔑ちゅうそんべつが襄公の相(国君を補佐する役)を勤める。


 襄公が稽首すると、それを見た知罃ちおうが言った。


「別に天子が居られますのに、貴君がわざわざ稽首されました。これは我が君にとってあまりにも恐れ多くて受け入れることができません」


 まずは周王に稽首するべきではないかと彼は主張したのである。


 仲孫蔑が言った。


「我が国は東表(東の沿海地区)に位置し、仇讎(隣国・敵国。楚・斉や新興の呉のこと)と密接しております。我が君にとっては貴国の主君こそが頼りであるため、稽首しないわけにはいきません」


 それだけ、晋の力は強まっていたのである。


 晋は鄭を服従させ(前年)、今後は呉との関係も強化させたいと考え、諸侯を集めることにした。


 晋の悼公が士匄しかいを斉に送ってこう伝えた。


「我が君が私を派遣致しましたのは、最近、諸侯の間で糾紛が多く、不測の事態に対して警戒が疎かになっているためです。(晋を中心とした同盟国間の問題が多く、楚に対する備えが弱くなっているため)、我が君が兄弟と会見し、不協について謀ろうと考えているからです。まず貴君が私と盟を結ぶことを望みます」


 ここで言う不協とは協力しない者のことを言うが、表面上では楚であるが、実際は斉を指している。


 このことを察することができないほど鈍感ではない斉の霊公れいこうは拒否しようとしたが、崔杼さいちょが止めた。


「主公、我々は只今、萊を攻略中でございます。今、晋と戦えば、萊を取ることができません」


 晋と敵対するべきではないと言われた霊公は耏外(耏水沿岸。斉都臨淄附近)で士匄と盟を結んだ。













 


 この頃、晋の中軍尉・祁奚きけいが老齢のため引退を申し入れた。


 悼公が祁奚の職を継がせる人選を問うた。すると祁奚は解狐かいこを勧めた。


 解狐は本来、祁奚と仲が悪い人物と知られており、何故、そんな仲が悪い人物を勧めるのかと疑問に思った悼公は理由を聞いた。


「主公は私の後を継ぐべき人物をお問いになりました。仇は誰かとお問いになってはおりません」


 悼公は笑いながらその通りだと言った。


 ところが解狐は任官する前に死んでしまった。そのため悼公が再び問うと、祁奚は、


「午(祁午きご)がいいでしょう」


 と答えた。悼公は再び笑った、午は祁奚の子である。何故、息子を勧めるのかと問うた。


「主公は中軍尉に付くべき人物をお問いになりました。私の息子は誰かとはお問いになってはおりません」


 実に痛快である。


 この頃、祁奚を補佐していた羊舌職ようぜつしょくも亡くなったため、悼公が、


「誰に替えるべきだろうか?」


 と問うと、祁奚は、


「赤(羊舌赤ようぜつせき)が宜しいでしょう」


 と答えた。羊舌職の子である。今度は悼公は問わず、頷いた。彼の考えは良くわかっている。


 こうして祁午が中軍尉に、羊舌赤が佐になった。


 君子(知識人。あるいは孔子こうし)は、


「祁奚は善人を推挙することができる人物である」


 と言って祁奚を称賛した。


 敵対する者でも能力があればそれを認めたのであり、媚びへつらうための推挙でもなければ、自分の子でも能力があると認めたのも身贔屓したわけでもない。


 解狐の推挙は妥当、祁午の任位は妥当、羊舌赤の任官は妥当。一つの後任問題に置いて、この三つの妥当を示し、善き人物を勧めた。


 これは祁奚自信が善き人物であるが故である。そのため自分に類似した人物を勧めることができるのだ。


 これ以降、彼は老後の人生を送ることになる。このように政界から引退したら歴史上の表舞台から降りるのだが、彼は後に颯爽と現れることになる。


 引退する時の祁奚の姿を見ていた者がいた。羊舌赤の弟で、羊舌肸ようぜつきつこと叔向しゅくきょうである。


「まるで風のような人だ。何にも問わられず、それでありながら強き意思を持っている。私もあのようにありたいものだ」


 彼にとって祁奚は理想の人物となった。



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