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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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臣下が国君を殺すは誰の過ちか?

 晋で厲公れいこうが殺された事件を、魯の辺人(国境を守る官員)が朝廷に報告した。


 魯の成公せいこうがこれに関して、群臣に問うた。


「臣下が国君を殺した。誰の過ちだろうか?」


 大夫は皆、黙った。国君と過ちとも臣下の過ちと言いづらいからである。


 そんな中、里革りかくが進み出て言った。


「国君の過ちと申せましょう。人の君となるは大きな威信を持っているためです。威信を失い、殺害を招いたのなら、国君の過失が多かったのでしょう。国君とは牧民(民を導くこと)してその邪(奸悪)を正すものであり、国君が私利私欲をほしいままにし、民の事(教化)を棄てれば、民の中に悪が生まれても発見することができず、邪はますます増えていくことになります。もしも邪によって民に臨めば、政治は崩壊して救うことができなくなるでしょう。善を用いようも、徹底しなければ民を用いることはできず、滅亡に至っても誰からも同情されないもの。そのような状況に陥った国君に、何の意味があるのでしょうか。桀王(けつ王)(夏王朝)は南巣に奔り、紂王ちゅうおう(商王朝)は京師で死に、厲王れいおう(西周)は彘に流され、幽王ゆうおう(西周)は戲山で滅びました。これは威信を失い多くの過ちを犯したが故です。国君とは民にとって川沢のようなもので、民は魚です。川や沢の善し悪しによって魚の質も変わるものです。国君の行いに民は従い、民の美悪は全て国君の行動によって決定されるのです。民が理由なく国君を殺すことはございません」


 これは暗に成公も気をつけなければ、同じ目に会うということである。彼の言動は主公への教訓に満ちている。


 また、この発言は国君よりも大臣の権力の方が大きくなりつつある時代を告げる言葉でもある。


 晋の欒書らんしょ等は知罃ちおう士魴しぼう士会しかいの子。彘を邑にしたため、彘季、彘恭子ともいう)を京師に送って孫周そんしゅうを迎え入れさせた。


 孫周はこの時十四歳である。


「欒書殿はこのまま政権を握るつもりであろうか……」


 知罃は難しい顔をしながら士魴に聞いた。


「さあ、どうでしょう。まあ、その時はその時でしょう。郤氏のような傲慢さを見せぬことを願うだけでございます」


「冷めてますな」


「熱くなる要素がございますかな?」


 士魴は小首を傾け尋ねる。


「いえ、言葉通り取っていただかなくとも良いのですが……」


「知罃殿は同族とも言えます荀偃じゅんえん殿には従わなかったのですか?」


 今度は逆に知罃に訪ねた。


「それは……」


「そうです。それぞれの家を守るために今、こうしているのです。元々我が士氏は郤氏とは近い立場でございました。されど兄が郤氏から離れたのを気に、郤氏との付き合いをやめもうした。あなたも同じでしょう。正しくないと思える者に従えば、家を危うくする。だから、従わなかった」


 彼の言葉に知罃は頷く。


「私はそれで良いと思ってます。大切なことは家を保つことそれで良いのだと……」


 それが家を保つということであろう。


「あとは新君が良い方であることを願うだけでございます」


 士魴はそういった。


 彼らが清原(晋の国境)まで至ると晋の大夫が迎えに行った。孫周が彼らの元に現れこう言った。


「孤(私)は本来こうなることを願っていなかった。この地位に至ったのは、天の意志によるものであろう」


 つまり貴方方、諸卿大夫に奉戴されたからではないということである。


「臣民が賢明なる国君を立てるようとするのは、命を発する者が必要だからだ。国君を立てながらも命に従わないようならば、国君の意味がない。二三子(汝等)は今日、私を迎え入れようとしているが、私を拒否することができるのも今日であるぞ」


 私を国君に立てたいのであれば、命に従え。そのつもりがないのなら迎え入れるな。それを決めるのは今だ。


 彼は余程、警戒していると言っていいだろう。


「もし、他の者が国君になろうとも恭敬な態度で仕えれば、神の福を得ることができるであろう」


 因みに孫周には兄がいたが無慧(白痴)で豆と麦の判別もできなかったため、国君に選ばれなかったが、候補者は他にもいる


 諸大夫が言った。


「貴方様に従うのは我々群臣の願いです。命に逆らうことはございません」


 当時、晋では卿大夫が権力を拡大しつつあったため、彼の言葉は卿大夫の専横に釘を刺す効果があった。


 孫周が諸大夫と盟を結んで国都に入り、大夫・伯子同はくしどうの家に泊まった。


 翌日、孫周が武宮(武公廟)を朝して即位の報告をし、それと共に厲公の寵臣七人(夷羊五いようご等。彼以外に誰がいたのかは不明)が追放された。


「新君の才気のあり、目配りができる」


 この士魴は言った。


「どういうことですか?」


 知罃が訪ねた。


「新君は国君に即位する前に先君の寵臣たちを排除した。これは即位した後に最初の仕事にしたくなかったからだ」


 確かに即位した直後に、先君の臣下を排除する行為は相手が碌でもない連中でも難しい印象を与える。


「新君は良君であろう」


 そこに祁奚きけいが通りかかった。


「祁奚殿」


「どうかされたか」


「実はですな」


 士魴は孫周が良君になれそうなことを伝えた。


「確かに良君になれそうですな」


 彼の意見に祁奚は頷く。


「良君の即位は喜ぶべきですな」


 士魴と知罃は喜ぶのを見ながら、祁奚は、


(正式に即位する前に「孤」であるか……)


 孫周が諸大夫らに釘を出している場面を思い出しながら祁奚は思った。


(些か、己に自信がありすぎる……)


  そう思いながら彼はその場を立ち去った。
















 この頃、斉の霊公れいこうが士(刑罰を掌る官)・華免かめん国佐こくさの暗殺を命じた。前年、国佐が慶克けいこくを殺したためである。


 国佐はそのようなことを知らず、内宮(霊公の宮殿)に招かれたため会いに行くと、朝(前堂)で華免に襲われ、戈で殺された。


 事件に驚いた内宮の諸官は夫人の宮に逃げた。


 霊公は彼らを落ち着かせ、清の人に国勝こくしょうを殺させ、国氏の力を大いに削いだ。


 国氏一族の一人である国弱こくじゃくは魯に奔り、王湫おうしょう(国佐の党)は萊に奔った。


 これを受け、慶封けいほうを大夫(諸侯の卿に相当する)に、慶佐けいさを司寇にした。二人とも慶克の子である。


「主公、国氏の力は大分削ぎました。されど国氏という名は残すべきです」


 崔杼さいちょがそう進言し、暫くして霊公は国弱を呼び戻し、国氏を継がせた。


 一先ずは斉内部の対立は収まり、霊公の元、国政が運営されるようになった。



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