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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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叔孫僑如

 魯の叔孫僑如しゅくそんきょうじょは苛立っていた。


(くそ、季孫と孟孫を滅ぼせない。ならば……)


 そこで彼は使者を晋の郤犨げきしゅうに送った。


「晋に欒氏や范氏がいるのと同じように魯には季孫氏と孟孫氏がいます。魯の政令は彼等によって制定され、彼等はこう言っています『晋の政治は多門(複数の卿の家系)から出ているが故に統一できないのだ。よって、晋に従うべきではない。斉や楚に従って亡ぼされることがあっても、晋に仕えるのはやめよう』もしも貴国が魯において志を達成させたいとお望みであれば(魯を服従させたいのなら)、行父こうほ季孫行父きそんこうほ。連合軍に従軍している)を留めて殺してくださいませ。私がべつ仲孫蔑ちゅうそんべつ。魯の宮殿を守っている)を殺して我々は晋に服従しましょう。そうすれば魯に二心がなくなり、魯の二心がなくなれば、小国も必ず睦むことでしょう(晋に服従します)。逆にそうしなければ、行父が帰国してから必ず晋に背きます」


 九月、晋が季孫行父を苕丘(または「招丘」。晋地)で捕えた。


 この事態に憂いた魯の成公せいこうは帰路につき、鄆で待機した。


「行父を取り戻すにはどうすれば良いのか……そうだ公孫嬰斉こうそんえいせいならば……」


 成公は公孫嬰斉を晋陣に送り、季孫行父の釈放を求めさせた。


 公孫嬰斉の外妹は郤犨に嫁いでいたため、付き合いがある。


 親戚と言うべき、郤犨は公孫嬰斉を誘ってこう言った。


「仲孫蔑を除き、季孫行父を留めれば、私は汝に魯の政権を与え、魯の公室よりも汝と親しくしようではないか」


 彼が季孫行父を留めたのは叔孫僑如から賄賂であったにも関わらず、浅ましいことである。


 公孫嬰斉が答えた。


「僑如の情報はあなたも聞いているはずです」


 あなたも穆姜ぼくきょうと姦通し、政権を狙っていることを知っているだろうという意味とこちらはあなたと叔孫僑如の繋がりは知っているという示唆でもある。


「もし蔑(仲孫蔑)と行父(季孫行父)を除けば、貴国は魯を棄てて、我が君の罪を得ることになりましょう。もしも魯を棄てず、周公(魯国の祖)の福を求め、我が君を晋君に仕えさせることができるようならば、あの二人は国の社稷において重要な臣となります。朝、彼等を滅ぼせば、魯は夕に亡びます。魯は貴国の仇讎(斉・楚)と隣接しているため、魯が亡んだら讎となります(斉・楚の領土となる)。その時、貴国が魯を治めようとしても、手遅れではありませんか?」


 叔孫僑如が政権を握ったとして彼が楚と斉に対することができるような男であろうか。もし、魯がその二カ国に従うようになった際、あなたはどのような責任を取るつもりであろうか。


 郤犨が言った。


「私が汝のために我が君に邑を請おうではないか」


 公孫嬰斉が答えた。


「私は魯の常隸(本来は奴隷という意味。だが、ここでは小臣という意味)です。大国に頼って厚禄(邑)を求めるつもりはございません。今回、我が君の命を奉じて請願に来たのです。これが受け入れられるのなら、吾子あなたからの恩賜は充分足りるというもの。それ以外に求めるものはございません」


 郤犨は答えに窮し、このことを上に伝えた。士燮ししょう欒書らんしょに言った。


「季孫は魯において二君(宣公せんこうと成公)の相を務めてきた人物でありながら、その妾は帛を着ることなく、馬は粟を食べることがないとのこと。これは忠と言うべきもので、讒慝(讒言姦悪)を信じ、忠良を棄てて、諸侯にどう対するつもりでしょうか。公孫嬰斉は君命を奉じて私欲がなく、国家に対して二心がなく、自分の身を図る時もその君を忘れておりません。彼の請いを拒否すれば、善人を棄てることになります。よく考えるべきです」


 これは魯という国を擁護しているように見えて、


「これを拒否すれば、郤氏の勢力が更に大きくなりますよ」


 ということである。欒書は郤氏への牽制と共にここで魯に恩を売るべきであろうと考え、魯との関係回復に同意し、季孫行父を釈放した。


「行父殿」


 季孫行父を釈放する時、士燮が彼に会った。


「私の釈放に尽力されたとお聞きしました。感謝致します」


「それは公孫嬰斉殿にお伝え下さい」


 季孫行父が拝礼するに対し、士燮もまた拝礼で返す。


(公孫嬰斉が私を助けたかったわけではあるまい。あれよりも叔孫豹しょくそんひょうの方が良いと思っただけだ)


 彼はそう思いながら、その通りであると士燮に言った。


「一つ、あなたに助言をしたいと思い、参りました」


 士燮はそう言った。


「助言を頂けるとは、嬉しき限りでございます。どうぞ不才である私に助言を」


「我が父はかつて私にこう申されました。『謀長けき者は礼を知らればならぬ』この言葉をあなたにお送り致します」


「有り難き、お言葉でございます。謹んでお受けする」


 季孫行父はそう言いながら、内心では、


(私は礼を知らんと申されるのか……)


 だが、その憤りを顔に出すような人物ではない。


「父は礼というものに真摯に向き合っておりました。私も向き合わねばならぬと思っています……」


 士燮はそう言って立ち去った。季孫行父が彼と会ったのはこれが最後となった。











 公孫嬰斉が帰国してから、鮑国ほうこく鮑叔牙(ほうしゅくがの玄孫。斉を去って魯にいた)が聞いた。


「あなた様はなぜ郤犨があなた様のために邑を請うことを断ったのでしょうか。本当に謙譲のためですか。それとも、彼には邑を請うことができないと判断したからですか?」


 くれるならば、もらえば良いではないか。


 公孫嬰斉が言った。


「太い棟梁でなければ、重さに堪えることができないという。最も重いものと申すものは国を越えるものはなく、最も大きな棟梁といえば、徳を越えるものはない。あの者は両国(晋・魯)のことに干渉しながら、大きな徳をもっていない。そのためその地位は長くなく、近いうちに滅ぶはずだろう。私が彼の話を避けたのは疫病にかかった人から、私に疫病がうつされるのを恐れるようなものだ」


 彼のような者に付き合っては、巻き込まれる恐れがある。


「郤氏には三つの滅亡の理由がある。徳が少ないにも関わらず、国君の寵が多く、位は下にも関わらず、上政を望み(国政を掌握することを望み)、大功がないにも関わらず、大禄を欲していることだ。これらは全て怨みを集めることになる理由である。晋の国君は驕慢で寵臣が多いため、敵(楚)に勝って帰れば新家を立てるだろう」


 寵臣を大夫に立てるという意味で、大夫になることを家を立てると言う。


「新家を立てても、民の支持がなければ旧卿を除くことはできない。民の支持を得るには、怨みを多く集めている者を討伐しなければならない。郤氏は三つの怨みを集めている。既に多いと言えるではないか。彼自身が自分の身を守ることができないのに、人に邑を与えることができるはずがない」


 鮑国が言った。


「私は確かにあなた様に及ばないことを知りました。もしも鮑氏に禍の予兆があったとしても、私では気がつけないでしょう。あなたは遠謀によって邑を断りました。長くその地位を保つことができるはずです」


 公孫嬰斉個人に関してはそれほど長くは保ててはいない。


 十月、魯は公孫嬰斉を中心に叔孫僑如を追放し、諸大夫と盟を結んだ。


 叔孫僑如は斉に奔った。


 十二月、魯の季孫行父と晋の郤犨が扈(鄭地)で盟を結んだ。


 魯の成公が魯都・曲阜に入った。


 成公は都に入ると庶弟の公子・えんを殺した。


 成公の庶弟は公子・偃と公子・しょの二人がいたが、公子・偃だけが殺された。その理由としては叔孫僑如の陰謀に加担していたためという部分があるが、母である穆姜への脅しでもある。


「叔孫氏の家は滅ぼすわけにはいかないでしょう。斉にいる豹を呼び戻してはどうでしょうか?」


 公孫嬰斉がそう主張し、季孫行父と仲孫蔑が反対しなかったため、叔孫豹が斉から呼び戻されて叔孫僑如に代わって叔孫氏を継いだ。


「斉はどうであった?」


 季孫行父が叔孫豹に訪ねた。


「斉はどうにもきな臭くなっております。余計なことをしそうでございます」


 やれやれという感じで彼は答えた。


「やつには会ったか?」


「兄上には会っておりません。それにどうにも斉から直ぐに離れたようです」


「ほう」


 彼の言うとおり、叔孫僑如は斉から離れ、衛に奔っていた。


 実は斉の声孟子せいもうし(宋女。斉の霊公れいこうの母)が、魯から亡命してきた叔孫僑如と姦通したのである。


 女を惚れさせることに関しては叔孫僑如は天才的である。


 声孟子は愛すべき叔孫僑如を上卿の高氏と国氏の間に置こうとした。


 しかし叔孫僑如は、


「同じ罪(国君の母と姦通して権力を望むこと)を犯してはならない」


 と言って衛に奔ったのである。、元々、彼女に近づいたのは斉での地位を安定させたかっただけであった。


 この判断によって床の上で死ねたことを思うと良い判断であったと言える。


 衛も叔孫僑如を各卿の間に置いた。



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