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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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楚の公子・側

 楚軍が夜間のうちに撤退したことを知った晋軍は楚陣に入り、三日間に渡って楚の食糧を消費した。


 晋の諸将は戦の勝利を喜んだが、士燮ししょうが戎馬(晋の厲公れいこうの車馬)の前に立って言った。


「主公は幼く、諸臣も不才であるのにも関わらず、何の福によってここまで来ることができたのでしょうか。『周書(尚書・康誥)』にこうあります『天命が変化しないことはないのである』また、『天道には親しき者なく(公平であり)、徳あれば福を授からん』ともいいます。天が晋に福を与えることで、楚を激励しているのではないでしょうか。主公と二三臣(諸臣)は戒めなければなりません。徳とは福の基礎です。徳がないのに福が盛んになるのは、基礎がないのに壁が厚くなるのと同じく、それが崩壊する日は近いでしょう」


 だが、勝利を喜んでいた諸将は何を言っているかと思いながら彼を見た。


 楚軍が撤退して瑕に至った時、楚の共王きょうおうはため息をついた。


(父上が築いたものを私が無にしてしまった)


 自分が覇権国家の当主という自覚があっただけに悔しかった。


(父上、私はどうして負けたのでしょうか……わかっております。私が全て悪いのです)


 自分が子反しはんが酔っていると知って、憤ったのが理由である。彼は使者を送って子反を招き、こう言った。


「先大夫(子玉しぎょく)が城濮の戦いにおいて軍を失った際、国君(成王せいおうは軍中にいなかった。そのため子玉が敗戦の責任を取ったのだ。今回の戦いでは、汝に過ちはない。軍中で指揮をとっていた私の罪である」


 子反は身体を震わせ、再拝稽首して言った。


「王が私に死を賜れば、その死は不朽のものとなります。私の卒(兵)は確かに奔走しておりました。私の罪です」


 彼がそう言っても共王は彼を処罰しなかった。


 それを見た子重(しちょうは子反を嫌っており、使者を送ってこう伝えた。


「以前、軍を滅ぼした者(子玉)を、汝も知っているであろう。何故、己のことを考えないのだろうか」


 お前も同じように自決せよということである。そのことがわからないような男ではない子反は言った。


「先大夫の例がなくとも、大夫(子重)が側(子反)に死をお命じになるのであれば、側は死を恐れて不義に陥ることはございません。側は軍を亡ぼしました。死ぬことを忘れたとお思いでしょうか」


 彼は自決した。


 共王は子反の自殺を止めようとしたが、間に合うことはなかった。


「死んでしまうとは……」


 彼は嘆き、子反を丁重に埋葬した。


 軍の敗戦は自国にも伝わり、申叔時しんしゅくじにも伝わった。


「軍は敗れたか……」


 彼はそう呟くと家臣が言った。


「子反が敗戦の責任を取り、自決したようです。主は子反の死を予見なさっておられましたが、その通りになりましたな」


 家臣の言葉に頷くこともせず、申叔時は聞いた。


「敗戦の責任とは具体的にどのようなものであったか?」


「戦において酒を飲み、酔ったそうです」


 家臣は詳しい事情を話した。


 申叔時はしばらく黙り、言った。


「先君ならば、子反をその場で斬ったであろう」


 懐かしそうに先君・荘王そうおうを思い出す。


(あの方ならば、そうしただろう。そして、その首を軍中に回し、このようなことをした者は許さないとし、軍を引き締め晋と戦うだろう。いや、そうなるような状況をあの方は作らないだろう)


 そういう人だ。そういう人だから皆、付いてきたのだ。


(王はお優しい人だ。だから子反を最初は斬ろうとしなかったのだ)


 だが、子反は許されざる大罪を犯した。これは処罰せねばならない。


(王はそれを処罰せず、天を持ち出し戦から逃げた)


 それは責任放棄に近い行為とも言い切れない行為である。


(王はあの時に斬るべきだったのではないか……)


 処罰する時はしっかりとしなければならない。それを軽んじれば、己の地位を失い変えない事態に陥ることがある。


(楚の良き時代は終わった)


 それは確かである。それにしっかりと向き合えるかどうかがこの先の国の未来は決まるだろう。














「もう戦が終わったか……」


 鄢陵の戦いの日(もしくは翌日)、晋に招かれていた斉の国佐こくさ高無咎こうむきゅうが軍を率いて鄢陵に到着した。


「ふむ、晋が勝ったか。まあ妥当であろうな」


 国佐はそう思いながら晋の戦勝を聞いた。


「それにしても折角、来たというのにもう終わっているとは……」


「兵を変に失わずに済んだと思えば、良いではないか」


(どっちが勝とうとどっちかに付くかどうかを決めるだけであるしな)


 衛の献公けんこうは衛を出たばかりで、魯の成公せいこうは壊隤(魯都・曲阜内)を出たところであった。


 成公に関しては問題が起きていた。


 魯の叔孫僑如しゅくそんきょうじょ穆姜ぼくきょう(成公の母)と姦通しており、彼女を利用して季氏(季孫行父きそんこうほ)と孟氏(仲孫蔑ちゅうそんべつ)を排斥してその家財を奪うことを考えていた。


 成公が出征する時、穆姜が見送りに来た。


 穆姜はその機会を利用して、成公に季氏と孟氏の排斥を要求した。


 成公としては彼らを排斥などすれば、国内で問題が起きるであろうし、逆らうような度胸もない。そのためこう答えた。


「帰国してから命に従います」


 穆姜は怒って公子・えんと公子・しょ(どちらも成公の庶弟)を指さし、


「あなたが同意しないのであれば、彼等が国君になるだけですよ」


 母がそう言えば、本気でやりかねない人であると考えた成公は壊隤に入ると宮室の警備を強化し、各地に守りを配置し、仲孫蔑に公宮を守らせてから鄢陵に向かった。


 出発が遅くなったのはそのためである。



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