表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

277/557

鄭の公子・発

大変遅れました。


昨日は忙しく、投稿できませんでした。今後ともよろしくお願いします。

 紀元前575年


 春、楚の共王きょうおうが武城から公子・せいを鄭に派遣し、汝陰の田(汝水南の地)を譲ることで鄭との講和を請うた。


「楚が我らのためにくれると申されるとは……楚君は晋君よりもお優しい」


 鄭の成公せいこうはそう言って、晋との同盟に背き、子駟しし(公子・)を共王に従わせて武城で盟を結んだ。


「鄭に汝陰の田を譲る上で頼みたいことがある」


 楚の子重しちょうが子駟に言った。


(断れば、渡さないか……)


 子駟は不快に思いながらも、言った。


「どのようなことでございましょうか?」


「宋を攻めてもらいたいのだ」


(宋……なるほど昨年亡命した者たちのためにか……)


 宋での事件は鄭にも既に届いている。


(わざわざ彼らのためにご苦労なことだと思うべきか。それに付き合わされるこちらの身を嘆くべきか……小国にさえ、生まれなければ、このような思いはすることはないのだが……)


 彼は内心、自嘲しながら同意した。


 こうして鄭は公子・子罕しかん)が軍を率いて宋を侵した。


 宋の将鉏しょうしょ(楽氏の族)と楽懼がくく戴公たいこうの子孫)がこれに対する。


 この時、鄭軍には子国しこく(公子・はつ)も従軍していた。彼は難しい顔をしていた。


(息子め……)


 彼は出陣する前に息子の子産しさんに言われたことを思い出していた。


『父上、この出兵に何の義はございましょうか。楚によって土地を与えられたがために晋との盟約を投げ出し、出兵するなど諸侯の反感を買うことになりましょう。今からでもやめることはできないでしょうか?』


『主公の決定だ。背くことはできない』


『それが間違ったことでもですか?』


 息子の言葉に子国はしばし無言になる。


『武人は黙ってこの身を国のために戦うだけだ』


『武人とは……武人とはそういうものでしょうか。武とは矛を止めると書きます。戦をさせないことが武というものではございませんか……』


 息子の言葉をそのまま受け取れば、父である自分を愚弄しているとも取れる。だが、


『民に戦を出向かせるのであれば、せめて誇りに持てる戦を……』


 息子は拝礼しながら願うその姿に対し、子国は何も言えなかった。息子の言葉を思い出しながら子国はかつて名将と謳われた人物の言葉も思い出した。


 それはかつて国に来ていた楚の使者とあの人は会話をしていた。武将として名将というものを知りたいと思い訪ねたのだ。


『名将とは兵に対し、どのようにすれば良いのでしょうか?』


 彼がそう聞くとその人は言った。


『納得できる誇りある死を与えられるかどうかでございましょう』


 その人はそう言って、笑った。


『私はそれを一度も成し遂げることができませんでしたがね』


(とても恐ろしい人であった)


 今思うと身体が震えることを覚える。


(だが、誇りか……)


 この戦に誇りというべきものがあるのかないのか……


 鄭軍は汋陂(宋地)で駐屯を決めた。


「子罕殿、宋軍の位置はどうなっておりますか?」


「さあな、まだ報告が来てはおらん」


(報告が……それにしては遅すぎるではないか)


 子国はそう思うが、しかしながら子罕は特に気にしているようではない。


「防備を固め、間者を多く放つべきです」


「そこまでやらなくとも良かろう。宋は昨年の事件で多くの者を失っている碌な人材がいないだろう」


 戦の総指揮官である彼がそう言ってしまえば、これ以上のことは言えない。


(胸騒ぎが止まらん)


 子国の予感は当たった。宋軍は夜間を強行し、鄭の間者をも排除するという恐ろしいことをやりながら鄭軍に迫ったのである。


 夜間であり、警戒が薄かったため鄭軍は宋軍に敗れてしまった。


「くそ、このような敗北をするとは……」


「子罕殿」


 子罕が悔しがっていると子国が言った。


「敵軍は勝利したことで、我らへの警戒が薄れているでしょう。私に兵を分けてくだされ、必ずや宋軍に勝ってみせましょう」


「ふむ」


 子罕は手で顎を撫でながら、彼の提案に思案した。正直、彼はこの戦に対してそれほどやる気はなかった。だが、このまま敗北という形も気に食わない。


(だが、本当に勝てるのか?)


 もし勝てなければ、二重の意味で屈辱になる。


(負けても、こやつの独断とすれば良いか……)


「良かろう。やってみよ」


「感謝します」


 子国は間者を派遣し、宋軍を探らせ、宋軍が夫渠まで兵を還していることを知った。また、宋軍は勝ちに驕って防備をしていなかった。


「碌な防備もしてない。予想通りだ」


 彼は宋軍の帰還するだろう道に伏兵を設けて宋軍を急襲した。宋軍は驚き、慌てて汋陵まで戻った。そこには子国の勝利の報告を待っていた鄭軍がおり、子国に追いかけられている宋軍を見て、子罕は宋軍に攻撃するように命じた。


 二方向から攻め込まれた宋軍は鄭に破れ、大将である将鉏と楽懼を捕えた。


「勝てた」


 子国はほっとした。


 この勝利でこの戦にも意味が生まれたはずだと子国は思った。


 だが、鄭にこの勝利の報告が伝えられ、舌打ちをした者がいる。子駟である。


「勝ってしまうとは……これでは宋は晋にこのことを伝え、晋に出兵を招くだろう」


 彼は宋に勝利する必要はないと考えていた。それどころか負けてもらった方が良いと思っていた。


(子罕殿ならば、負けると思っていたが……子国め、余計な勝利をしよって)


 ほどよく負けていれば、それほど晋は鄭を責めるような真似はしないと彼は判断していたのである。


 自国の将軍の勝利を喜べない。小国の悲しさと思うべきか、それともこの国の難しい立場故と思うべきか、とはいえ、鄭のこの戦いによって晋楚の大戦が始まろうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ