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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第七章 大国と小国

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理不尽

 紀元前580年


 晋は前年に引き続き、魯の成公せいこうが楚に通じていると疑い、帰国を許可しなかった。


 三月、成公は晋と盟を結ぶことを求めることで、晋に帰国を許してもらった。


「何という国か」


 成公は憤りを隠せないが、更に彼を苛立たせたのは、晋の厲公れいこう郤犨げきしゅうを魯に送って聘問させてきたのである。


(いらないことをする)


 内心そう思いながら成公は郤犨と盟を結んだ。


 少し、ここで過去の話しをする。


 魯の公孫嬰斉こうそんえいせいの母は正式な婚礼をせず、叔肸と一緒になった。叔肸は魯の宣公せんこうの同母兄弟にあたるのだが、宣公夫人である穆姜ぼくきょうはしばしば


「私には妾(正式な婚礼をしていない女性のこと)を姒(夫の兄弟の妻で、自分より年長の女性のこと)とみなすことはできません」


 と言っていた。


 そのため叔肸は嬰斉が産まれるとその母を家から出してしまった。嬰斉の母は斉の管于奚(管仲の子孫かもしれないし、違うかも知れない)と再婚し、一男一女を産んだが、やがて寡婦になった。


 二人の子は嬰斉に委ねられた。


 二人が成長すると、嬰斉は外弟(管于奚の息子)を大夫に登用し、外妹(管于奚の娘)を施孝叔(魯の恵公けいこうの子孫)に嫁がせた。


 時を今に戻す。


 晋の郤犨が魯に来た時、嬰斉に妻を求めた。そこで嬰斉は施孝叔に嫁いだ外妹を呼び戻し、郤犨に嫁がせることにした。


 それを知った外妹が施孝叔に言った。


「鳥獣でも儷(配偶者。妻)を守ると申します。あなたはどうなさるつもりでしょうか?」


 彼女は女性ではあるものの、肝っ玉のある人物である。迫力がある。


 施孝叔はこう答えた。


「私は死ぬことも亡命することもできない。故に命に逆らって妻を守ることもできない」


 外妹はため息をつきながら施氏の家を出た。


 その後、郤犨に嫁いだ外妹は二子を産んだが、郤氏が滅ぼされると、晋は郤犨の夫人を施氏に還した。


 施孝叔が黄河まで迎えに来たのだが、なんと施孝叔は、郤氏との間に産まれた二子を黄河に沈めて殺してしまった。


 望まれぬ結婚によってできた子であっても愛を注ぐべき子には違いないだけに夫人が怒りながら言った。


「あなたは己のせいで自分の伉儷(妻)を守ることができずに失っただけでなく、人の孤児を愛することもできず殺してしまうとは、どうして終わりを全うできるというのでしょうか」


 夫人は施氏の家に帰らないことを誓った。理不尽な男の都合に振り回された人である。


 施孝叔は先祖である魯の恵公も相当であったが、この男も相当な屑と言える。

















 夏、魯の季孫行父(季文子)が晋に行った。


 郤犨の聘問に謝礼し、盟を結ぶためである。


 周公・は周の恵王けいおう襄王じょうおうの子孫が権力を持っていることを嫌い、伯輿はくよ(または「伯與」)と政権を争ったが、勝てなかったため怒って周朝廷を出た。


 周公・楚が陽樊(晋邑)まで来た時、周の簡王かんおう劉康公りゅうこうこうを派遣して呼び戻したため、鄄(周邑)で盟を結んで周に帰った。


 しかし三日後には再び周を出て晋に奔った。面倒くさい男である。


 秋、魯の叔孫僑如しゅくそんきょうじょが斉に行き、鞍の戦い以前の友好関係を回復させた。


 そこで叔孫僑如は嫌な顔を浮かべた。嫌いな男がいたからである。その男の名は叔孫豹しゅくそんひょうである。彼は叔孫僑如の弟でもある。


 何故、魯の重鎮と言える彼の弟が斉にいるかと言えば、ただ単に叔孫豹が兄を嫌ったがためである。


「斉にいると聞いていたが、野垂れ死ぬことなくよかったものだな」


「ご心配おかけしました。兄上」


「心配だと……笑わすな。一族の面汚し目が」


「兄のお顔は大変綺麗ですので、汚れますと目立ちますからなあ」


 二人は睨み合いながら一歩も譲らないが、流石に派手にやるわけにはいかず、そのうち叔孫僑如は立ち去り、そのまま魯に帰国した。


「早く死んでもらいたいものだ」


 叔孫豹は吐き捨てるように言った。この男は有能ではあるものの、自分にとって嫌いな者に対して露骨な態度を取るところがある。


 晋の郤至げきしが周王室と鄇(温の別邑)の所有を巡って争った。


 周の簡王は劉康公と単襄公ぜんじょうこうを晋に送って郤至の不当を訴えた。それに対し、郤至が言った。


「温は郤氏の邑でございますので、温の別邑である鄇も失うわけにはいきません」


 劉康公と単襄公が言った。


「昔、周が商に勝った時、諸侯に封地を治めさせ、蘇忿生そふんせいに温の地を与えて司寇に任命し、檀伯達と共に黄河に封じたのです(檀伯達の邑は檀で、温とともに黄河の北にあった)。後に蘇氏は狄に出奔したが、狄とうまくいかず、衛に奔り、そこで襄王が文公ぶんこうを慰労して温を下賜し、狐氏(温大夫・狐湊こしん)と陽氏(陽処父ようしょほ)がそこに住んだのです。その更に後からあなたが来たのですぞ。もし元をたどるならば、そこは王官(周王の官)に属する邑です。なぜあなたが所有できるのでしょうか」


 こういう土地を巡る争いで、過去の持ち主が誰かという話しを出してくるのは、自分たちの土地であると胸を張って主張できないから過去を持ち出してくるのである。


 このようなことを言えば、どの土地でも最初は誰だったという話しになってしまう。本来、周王朝の地は違うところであり、商王朝から奪った地域に今は住んでいるではないか。前の持ち主がいるならその者に所有させろというのは、正当性に欠けている。


 また、周側の女々しさは温ではなく、別邑である鄇を寄越せと言っているところだろう。


 周側の主張は些か正当性に欠けているが晋の厲公は郤至に争いを止めるよう命じた。即位したばからでこれ以上の厄介事に発展することを望まなかったのである。


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