美哉
趙武が趙氏を継ぐことになり、冠礼を行われ、成人になった(この時に既に成人であったかは定かではなく、もしかすればもっと後かもしれない)。
儀式の後、趙武が欒書に会うと、欒書は言った。
「美哉(立派な成人だ)。かつて私は荘主(趙朔のこと趙朔が下軍の将だった時、欒書は下軍の佐であった)に仕えていた。彼は華やかで容姿に優れていたものの、中身がともなっているとは言えなかった。汝は努力して実を求めよ」
(真面目な人だ)
趙武はそう思った。
次に荀庚に会うと、荀庚はこう言った。
「美哉。惜しいことだ。私は既に年老いてしまい。あなたが徳を行うところを見ることができない」
(親しみの持てる人だ)
趙武が次に会ったのは士燮である。士燮はこう言った。
「今から己を戒めなければなりません。賢者とは寵を受けるほど戒めを増やすものです。智が足りない者は、寵によって驕るもの。だから興王(事業を振興させる君王)は諫臣を賞し、逸王(享楽に耽る君王)は諫臣を罰するのです。古の王者は政徳を成して尚、民の声に耳を傾けました。工(盲目の楽師)に朝廷で諫言を詠わせ、位にいる者(公卿から列士に至る百官)に風刺の詩を献上させ、その迷いを除き、市井の噂や批判を聞きとることで、歌謡から祅祥(悪と善)を判断し、朝廷で百官の諸事を考察し、路で賞賛や誹謗の声を求め、邪があれば正すのは、全て自分を戒めるための術です。先王は驕慢になることを恐れ嫌ったのです」
(素晴らしい人だ。この人の言葉は私だけでなく、多くの者を幸せにできる)
その後、郤錡に会うと、郤錡はこう言った。
「美哉。されど壮年の者は、老者に及ばないことがたくさんあるものだ」
(年長である自分には及ばないということか……)
そう思いながら宮中を進むと韓厥に会った。
「韓厥殿」
「おお若様、いや、これからは趙武殿とお呼びしなければなりませんな。誠に立派になられた」
続けて韓厥はこう言った。
「趙武殿、これからは己を戒めなければなりません。冠礼によって成人になられたからには、始めから善人と交わらなければなりません。始めから善人と交われば、善人はまた善人を進めますので、不善の者が近付くことはございません。されど逆に始めから不善の者と交わってしまうと、不善の者は不善の者を進めるので、善人が近づくことがなくなってしまうものです。草木が生長する様子と同じように、人も同類の者が集まるものです。人が冠を得るのは、宮室が牆屋(壁や屋根)を持つのと同じことであり、糞除(掃除をして清潔を保つこと)するだけで、益を増すことができましょう」
私はこの人によって救われ、この人に守られてきたのだと趙武は感じた。それほどに彼の言葉には愛がある。
趙武が次に会ったのは、知罃である。彼はこう言った。
「吾子は努力しなければならない。成子(趙衰)と宣子(趙盾)の跡を継ぎながらも、年老いて大夫のままであれば、恥というもの。成子の文(文徳)と宣子の忠を忘れてはならない。成子は前志(先代の典籍)に精通し、先君(文公)を補佐し、法をうまく導いて政治を行った。これは文というべきもの。宣子は襄公と霊公に諫言を尽くし、その諫言によって国君(霊公)から疎まれようとも、死を恐れることなく、なお言を進めた。これは忠というべきものだ。吾子は努力しなければならない。宣子の忠を持ち、成子の文を加えれば、主君に仕えて必ず功績を残すことができのだから」
(ああ、善人とはこういう人のことを言うのだな)
趙武は感嘆した。
次に郤犨と郤至に会うと、郤犨はこう言った。
「年が若いにも関わらず、大夫になる者(官に就く者)は多い。汝をどうすれば良いだろうか」
郤至はこう言った。
「汝が誰かに劣ると知れば、その下を望めば良く、高望みはするな」
(声が暗い)
二人の言葉を聞きながら趙武はそう感じた。
最後に趙武は張孟(張老)に会い、各卿大夫の言葉を話した。
「素晴らしいことですな。欒伯の言に従えば、滋となりましょう(ますます進歩することができましょう)。范叔の教えに従えば、大となりましょう(心を大きくすることができるでしょう)。韓子の戒に従えば、成となりましょう(事を成就できましょう)。条件はそろっています。実現できるかどうかはあなた次第です。しかし三郤(郤錡・郤犨・郤至)の言は亡人(人を傷つける、意気を失わせる)の内容でした。そのため評価するに値しません。智子の道(教訓)が最も素晴らしいものです。先主の徳があなたを守り、成長させてくれるでしょう」
彼が趙武の未来を称えるとそこに祁奚が通りかかった。趙武は拝礼を行うと祁奚も無言で拝礼で返した。
「祁奚殿、願わくはこの若輩の身にお言葉を頂けませんか?」
趙武がそういうものの、祁奚は彼を見つつも無言のまま何ら答えず、立ち去った。
祁奚はそのまま御者と共に車に乗った。
「趙氏の当主は如何でしたか?」
御者が問うたが直ぐには彼は答えず、
「些か、大人びすぎる」
静かにそう呟いた。




