楚と宋の講和
五月、九ヶ月間包囲を続けた楚軍は流石に疲弊していた。
(これでは……)
楚の荘王は戦では無理をしないように心がけて戦を行ってきた。そんな彼がここまで宋を包囲し続けただけでも以外なことなのだ。
彼は何としても宋を下すことで、晋の盟主としての立場を失墜させようとしていたのだが、兵がここまで疲弊してしまえば、これ以上の継続は無理であると判断した。
荘王は宋から退却しようとした。
すると、申犀が荘王の馬前で稽首して言った。
「毋畏(申犀の父・申舟)は死ぬと知りながら王命を廃すことはありませんでした。しかし王は自らの言をお棄てになるのですか?」
荘王がここで撤退してしまえば、父の死は無駄死にということになってしまう。息子としてそれは容認できないことであった。
彼の言葉に荘王は答えられなかった。
軍の疲弊は見るに明らかであり、これ以上、兵を苦しめるわけには王としてはできない。しかし、荘王は申舟と死んでも宋を攻め取る約束を交わしている。ここでそれを無下にすれば、民心は離れていくだろう。
(自らの判断が招いたことだ)
決断を下す責任が彼にはある。
その時であった。荘王の僕(御者)を勤めていた申叔時が進言した。
「家を建てて田を耕せば、宋は必ず命を聞きましょう」
それは長期戦を視野に入れた進言であり、荘王に戦うべきであると進言したのだ。
(私は宋という国を内心、舐めていたのかもしれない)
宋とは宋の襄公との戦の印象が強すぎたことも理由であろう。
(あっちは信念を持って、こちらと相対している。こちらも信念と覚悟を持って対峙せねばならないだろう)
「汝の言に従う。用意せよ」
荘王はこれに従い、宋城の周りに家を建て、耕作を始めた。持久戦の構えである。
「楚はまだ戦うか……」
宋の文公は包囲する楚軍を見ながら呟く。楚と同じく城内の国民は既に疲弊している。これ以上の篭城戦は不可能というところまで来ていた。
ここまで民から内通者が出ないだけでも奇跡である。
「主公、既に意地はなっています。これ以上民を苦しめるわけにはいかないでしょう」
華元は言った。
「意地はなったか……確かにそうだな、それでも属国にはなりたくない」
属国になる。つまり城下の盟を行うのは、国君として最大の屈辱である。それは華元もわかっている。
「わかっています。私にお任せ下さい」
「頼む」
「御意」
夜間に華元は数人の従者と共に城を密かに出た。そして向かった先はなんと楚陣である。大胆にも彼は楚陣に乗り込んだのだ。
そして、ある陣幕に入った。そこで眠っているのは楚の子反である。
床に眠っている彼に華元は近づくと彼を揺すった。
「おい、起きよ」
「なんだ、このような時に……」
揺すられ目をこすりながら子反が起きると目の前に剣先があった。
「なっ」
驚いて、叫び声を上げそうになる子反を華元が止める。
「静かにせよ。静かにせねばどうなるかわかっているだろう」
子反は剣先を見ながらこくこくと頷く。
華元が言った。
「私は華元だ。我が君があなたに困難を伝えさせるために私をここに送った。我が君はこう申しております。『我が国は食糧も薪も尽きた。しかし国と共に滅ぶことがあっても、城下の盟を受け入れることはできない(降伏して国を譲ることはできない)。三十里兵を退くのであれば、楚君の命を聴こう(楚に服従しよう)』と、どうか楚君にお伝えせよ」
口調こそ穏やかだが、彼の手には剣が握られており、それをちらちらと近づける。
「王が、そう簡単に同意するとは思えんぞ」
「楚に私が人質になると伝えよ」
恐れを抱いた子反は、何度も頷き、華元と盟を結んで荘王に報告することを誓った。
「それで汝は同意したのか?」
「はい……」
冷や汗を流しながら子反は俯く。
「しかしながら宋の城内は既に食料もありません。ここらで一気に攻撃を仕掛ければ落とせます」
「子反よ。汝は華元に同意したのであろう?」
「左様でございます」
「君子との約束は守るべきだ。全軍に通達せよ。これより三十里撤退すると」
荘王は軍を三十里撤退させた。
「楚が三十里退きました」
「楚君が約束を守るとはな…こちらも守らねばならない」
文公は城門を開けるように命じ、そのまま華元を連れ、楚陣に向かった。
「貴君が宋君か」
「左様でございます」
荘王と文公が向かい合い、話し合う。
「楚君は約束を守っていただき感謝します。我らは講和に応じます。人質としてここにいる華元が楚に行きます」
荘王はこれに頷き、講和に同意した。こうして宋は楚と講和し、華元が人質になった。
次に両国が盟を結んで言った。
「我が国が汝を騙すことなく、汝が我が国を騙すこともない」
その後、荘王は文公に言った。
「私は今まで多くの戦を行ってきた」
荘王は懐かしそうに思い出す。彼の前には多くの困難もあった。その度に乗り越えてきた。
「その中でも貴君が、いや貴君の国がもっとも強かった」
荘王は宋を称えた。
(これが楚君か……この方はこの戦で奮闘した宋の国民を認めてくださった)
文公の心に感動が生まれた。同時にここまでの苦労が報われたようであった。
こうして宋は楚と講和した。




