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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第六章 覇権争い

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夏氏の乱

 春秋時代において様々な女性が現れたが、その中でも特に有名な女性の一人として夏姫かきがいる。彼女は鄭の穆公ぼくこうの娘であり、絶世の美女と言われた女性である。


 彼女は陳の大夫・御叔ぎょしゅくに嫁ぎ、彼との間には夏徴舒かちょうじょという息子が生まれている。


 因みに夏氏の由来は御叔の采邑が夏という邑だったためという説と、徴舒の祖父の字が子夏しかだったためという説がある。


 彼女が嫁いでいた御叔はこの頃、死んでいる。しかしながら夫に死に未亡人となった彼女の美貌は決して衰えるどころか益々、その美しさが増していた。その美しさに目をつけたのは陳の霊公れいこうであった。


 しかも彼は彼女を抱く際、他の男も招いている。孔寧こうねい儀行父ぎこうほという二人である。しかも彼らは卿なのである。政治をもっとも担っている立場であろう彼らが毎日、国君とともに一人の女を抱いているのである。


 夏徴舒は毎日、家に帰ると母を抱く男たちの笑い声が聞こえてくる。


(ああ母上……)


 彼は毎日、毎日、あの連中に母が抱かれていることが、悔しくて悔しくて堪らない。だが、相手は国君である。また、彼の母である夏姫がそんな彼を宥めていた部分もあった。


「徴舒、私はあなたさえ、無事ならいいの。私はどんな目にあってもね……」


 彼女は母として息子をとても愛していた。この子さえ、無事に立派に生きてくれることを唯々、願っていた。それだけであった。それ以上もそれ以下も無い。


 霊公と孔寧、儀行父の三人はそんな彼女の性格を熟時していた。そのため彼女に迫った時に息子を引き合いにも出して、自分たちとの関係を結ぶことを迫ったのである。


 だが、それでも彼は母を犯す彼らを許せなかった。彼もまた、母の幸せを誰よりも願っていたのである。


 そんな彼らは夏姫の衵服(下着)を身につけて朝廷で戯れるようなことをしていた。大の男が調子を乗るとここまで気持ち悪い行為に出るのかと思う。


 これを憂いた大夫・洩冶せつやが霊公を諫めた。


「公卿が淫を宣揚してしまえば、民を導くことができません。国君の名声にも影響するので、衵服を片づけるべきです」


 霊公は


「過ちを改めよう」


 と言ったが、すぐに孔寧と儀行父にこのことを話した。


「やつがこのようなことを申していた」


「主公よ。殺すべきです」


 二人は洩冶の誅殺を請い、霊公は黙認した。


 洩冶は二人によって殺された。


 もはや、この国に正しさは無かった。国民は皆、そう思っていたし、諦めてもいた。


「こんな国、滅んでしまえばいいのに……」


 国民の誰もが思ったことであった。
















 紀元前599年


 春、魯の宣公せんこうが斉に朝見し、暫くして帰国した。


 帰国するのに時間が掛かったのは、交渉をしていたからである。魯は斉に服したため、済水西の地の返還を求めていたのである。


 斉はこれを許した。斉がこれを許した理由としては、斉の恵公けいこうが病に倒れていたためである。


 四月、斉の恵公が死に、子の無野が立った。これを斉の頃公けいこうという。


 恵公は息子のことをよろしくと魯に済水西の地を返還したのであった。


 この時、斉から出奔した者がいた。その男の名は崔夭さいよくという。彼は恵公の寵愛を一身に受けていた。そのため国に大きな影響を与えるほどであった。


 そのため斉の上卿・高氏(高固こうこ)や国氏(国佐こくさ)に疎まれていた。その結果、恵公が死ぬと二氏の圧力によって衛に出奔することとなったのである。


 この頃、陳の霊公と孔寧、儀行父が夏氏(夏姫)の屋敷で宴を開いた。


(またか……)


 夏徴舒は思った。彼らは毎日のように家に来て、宴を開き、母を抱くのである。


 しかしながら彼らを嫌々ながらもてなさなければならない。


 その後、宴も半ばといった時、霊公が儀行父に言った。


「徴舒は汝に似ている」


 その言葉を聞いた夏徴舒は拳を強く握った。


(母だけなく、父をも侮辱するか)


 儀行父はからからと霊公の言葉に笑い、こう返した。


「我が君にも似ておりますぞ」


(おのれ、おのれきさまら)


 彼に殺意が生まれた。宴が終わると彼らはまた、夏姫を抱きに行った。その間、彼は霊公らを殺す準備を始めた。


 やがて、夏姫を抱いて、帰ろうとする霊公らが馬厩に近づくとそこに隠れていた夏徴舒は霊公に矢を射って殺した。


 目の前で霊公が死んだ孔寧と儀行父は動揺していると夏徴舒は臣下とともに彼らに襲いかかる。しかし、彼らはしぶとく抵抗し、逃れた。


「ちっ、まあ良い皆、我らは国君を殺した。しかし、我らには正義がある。この国を正義のある国にしなければならない」


 夏徴舒が拳を上げると兵たちもそれに答えるように拳を上げる。


「なんの騒ぎですか?」


 夏姫がよろよろと近づいてきた。


「心配なさらないで下さい母上。母上は幸せになることができますぞ」


「あなたは何を言っているの?」


「さあ、母上を部屋に案内して休ませよ。それでは母上行ってまいります」


「待って徴舒、待って」


 手を伸ばす夏姫であったが、届くことなく、夏徴舒は兵とともに陳の公宮へ向かった。彼らが乗り込むと逆らう者を殺していき、太子・を探したが、彼はこの状況を察して晋に出奔してしまった。


「これからは私が国君となる」


 なんと彼はそのまま陳の国君になってしまった。しかし、このようなことが起こっても誰も反抗しなかった。


 国民は陳に失望していた。そのため夏徴舒の行為が受け入れることができたのである。彼らからすれば、彼は英雄であったのだ。


 息子が国君になったことを知った夏姫は身体を震わせ、恐れた。


「なんて大それたことを……」


 彼女は小さな幸せだけを願っていた。それだけであったのである。


 だが、更に彼女は悲劇と数奇な運命に翻弄されていくことになるのであった。



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