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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第六章 覇権争い

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魯の哀姜

 魯の文公ぶんこうには二人の妃がいた。長妃は斉女で、太子・あくせきともいう)と)を産んだ。


 次妃は敬嬴けいえいといい、公子・たいともいう)を産んだ。


 二人のうち、敬嬴の方が文公の寵愛を受け、しかも公子・すい襄仲じょうちゅう)と親しくなっていた。そのため公子・俀が成長すると敬嬴は公子・遂に俀を託していた。


 文公の死後、太子・悪が即位することになっていたが、公子・遂は公子・俀を国君に立てようとした。


 彼は文公の寵愛を受けて、政治の実権を握り続けていたが、文公が死に、太子・悪は公子・俀に近い公子・遂に悪感情を持っている。


(これでは、自分の権威が脅かされるかもしれない)


 彼はそう考え、公子・俀を国君に立てようとしたのである。


 しかし叔彭生(叔仲恵伯)がそれに反対した。彼は即位における順序は守るべきと考えている。


 そこで公子・遂は斉の恵公けいこうに即位を喜ぶついでに斉に入り、彼に公子・俀の即位を許可するように求めた。


 しかしながらこれには不可解な部分がある。彼が引きずり落とそうとしている太子・悪は斉の娘が産んだ子なのである。そのため本来、斉側としては彼を指示するのが、普通である。


 そう普通だからこそ、恵公はこれに同意した。


 恵公は即位したばかりで魯との関係を強化したいと思っていた。それならば、尚更、太子・悪を立てるべきではと思うが、そこにこの交渉の妙がある。


 そもそも太子が国君になるのは当然のことである。敢えてそれで斉に対して感謝をする必要はない。


 そこで、敢えて国君になる資格がない公子・俀を即位させることで、斉の影響力を大きくすることを考えたのである。


 恵公の同意を得ることができたため、公子・遂にとって怖いものは無くなった。


 十月、公子・遂が太子・悪と公子・視を殺して公子・俀を立てた。これを魯の宣公せんこうという。


 さて、宣公を立てたことで自分の権力は大きくなったも同然である。次は自分の政治を行う上で邪魔なものを消さなければならない。


 公子・遂が君命と称して叔彭生を召した。そのため叔彭生は出向こうとした。それを叔彭生の宰(卿大夫の家臣の長のこと)・公冉務人こうぜんむじん(公冉が姓)が止めた。


「入宮したら殺されます」


「君命によって死ぬのならよい」


 そう言って尚も行こうとするのを公冉務人が更に続けて止める。


「君命なら死んでもいいでしょう。されど君命が偽りであるならば、聴く必要はありません」


 されど叔彭生は諫言を聞かず入宮し、案の定、殺された。更に公子・遂は彼の死体を馬糞の中に埋めた。いつら憎き、政敵とはいえ、ここまでやる必要があるとは思えない。非道である。


 公冉務人は叔彭生の家族を連れて蔡に奔り、叔彭生の子・を立てて叔仲氏を継続させた。優秀な家臣がいれば死んでもその子孫は生き残させることができるのものである。


 さて、文公夫人・姜氏きょうしは二人の子を殺されたため斉に帰されることになった。彼女は公子・遂や恵公の己の利益のために利用され、自分の子を殺された哀れとしかいいようがない。


 帰国する途中、彼女は魯の市で泣いて訴えた。


「天よ、仲(襄仲)は無道です。嫡子を殺して庶子を立てました」


 それを見た市の人々は彼女を憐れみ、涙した。そのことは国中に広がり、魯人は姜氏を哀姜あいきょうと呼ぶようになった。


 実は、この話しが広がったにしては、異常な速さで広がった。何故だろうか?


 宣公の傍で公子・遂が政治を行っているのを、冷めた目で見つめるのは季孫行父きそんこうほである。


「政治の実権を完全に握ったという顔だな」


 叔孫得臣しゅくそんとくしんが季孫行父に言った。


「ああ、そうだな」


 彼は頷きつつもその目は決してそのようなことを思ってない目をしている。


「ところで、哀姜のことは聞いたか?」


「ああ、聞いている。哀れなことだ」


 悲しそうな振りをする彼を叔孫得臣は鼻で笑う。


「ふん、ならばお前は何だ?」


 叔孫得臣は彼に指差す。


「お前は、哀姜の嘆きを利用しているではないか」


 季孫行父は哀姜の言葉を実は近くで聞いていた。彼はこれは使えると思って、その言葉を臣下を使って、国中に広めた。


 彼に指摘を受けた季孫行父は彼の方を向いて言った。


「なんだ。私が公子・遂と同じと言うのか」


「そうではないか」


 彼の言葉に今度は季孫行父が鼻で笑った。


「私はあれほど愚かではない」


 彼は言った。


「そうではないか。既に公子・遂は大きな権力を握っていた。それにも関わらず、このようなことをした。それも強引な手段を使ってだ」


 季孫行父に言わせれば、公子・遂はそれにより致命的な隙を見せたと思っている。それだけ彼の行動には隙がなかったとも言えるが、折角生まれた隙なのだ。利用しない手は無いだろう。


「それがお前のやり方か」


「そうだ。何が悪い、相手の隙を突くのは兵法にも書かれていることだ」


「そうか……」


 叔孫得臣はこれ以上、何も言わなくなった。


 季孫行父、後に魯の名臣としてその名を残すことになるが、彼には消すことのできない毒をうちに秘めた人物であることは確かである。


 それは魯という国が生んだのか彼自身が元々持っていたものなのかはわからない。



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