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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第五章 天命下る

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鄭の臣下たち

遅くなりました

 九月、晋と秦が鄭を包囲した。晋は函陵に、秦は氾水南に駐軍する。


 晋軍は鄭城を攻め、陴(城壁の低くなっている部分のこと)を破壊した。


 これに恐れた鄭は自身の国の名宝を賄賂にして講和を求めようとするものの、晋の文公ぶんこうは拒否してこう言った。


叔詹しゅくせんを引き渡せば兵を還すだろう」


 叔詹は亡命中の晋の文公が鄭を通った時、鄭の文公ぶんこうに、


「重耳を礼遇するべきですが、それができないのなら殺した方がいい」


 と進言しており、それが聞き入れないと自分で晋の文公を殺そうとしたことがある。そのため、晋の文公は彼を憎んでいた。


 叔詹が晋の元に行こうとしましたが、鄭の文公は許可しなかった。あれほど自分の子には冷徹さを示すわりには、臣下には優しいところが彼にはある。


 叔詹は言った。


「一臣下によって百姓が赦され、社稷を安定させることができるというのに、主公はなぜ私を惜しむのでしょうか」


 彼は豪胆かつ冷静である。国を守るために自分を犠牲にすれば良いのであれば、切り捨てるべきであるという考え方が彼にはできる。


「だが……」


 叔詹はじっと鄭の文公を見る。


 彼の意志が変わらないと判断した鄭の文公は彼を晋陣に送った。


「来たか……」


 晋の文公は叔詹が来ると臣下に大きな鼎を用意させ、煮殺そうとした。叔詹に対する大きな怒りがここからわかる。


(これほど私が憎いか……)


 晋の文公は最初は鄭と盟を結んでいたにも関わらず、自分を殺すためにこうして侵攻してきた。


(私情で軍を動かすか……まるで暴君ではないか)


 彼は晋の文公の傲慢を感じ、内心嘲笑った。


(だが、そう簡単に私が死ぬと思うなよ)


 何の感情を出さず、己の意思を殺して死のうと考えていたが、気が変わった。晋に対し、意趣返しをしたくなった。


 叔詹は晋の文公に向かって言った。


「死ぬ前に私の話を聞いていただきませんか?」


 晋の文公が許すと、叔詹は言った。


「天が禍を鄭に降らせ、曹のように晋君に対し無礼を働かせました。これは礼を棄て、親族に背く行為でございました。そこで私は国君にこう諫言致したのです。『晋の公子は賢明で、かつ左右に仕える者も皆、卿の才をもっております。もしも帰国することができれば、諸侯の間で志を得ることになりましょう。禍からは逃れることはできません』と、そして今、その禍がこうして来ました。公子の賢を尊び、禍患を予知したのは智でございます。己の身を殺し、国を助けるのは忠でございます」


 叔詹は自ら鼎に向かい、ぐつぐつよ煮立ち、熱くなっている鼎の耳を握ると大声で叫んだ。


「今後、忠によって主君に仕えんとする者は皆、私と同じ最期をむかえることになるだろう」


 叫んだ後、彼は鼎の中に飛び込もうとした。


「やめさせよ」


 すると晋の文公は直ぐ様、これをやめさせた。そして、彼を殺さず、厚く遇して鄭に送り返した。


 鄭の文公は彼が帰ってくると、彼を将軍に任じた。












 まだ鄭の危機が去ったわけではない。晋はともかく秦もいるのである。


 秦への対応に悩んでいると大夫・佚之狐が進言した。


「国の危機です。燭之武を送り、秦君に会わせましょう。秦は必ず兵を還すことでしょう」


 燭之武は以前から、その才能は知られていたが、鄭の文公は彼を用ようとはしていなかった。だが、今は国の危機である。なにふり構ってはいられない。


 これに従い、鄭の文公は燭之武を召した。しかし燭之武は辞退してこう言った。


「私は壮年の頃でも他の者に及ばなかったのです。年老いた今では、役に立たないでしょう」


 謙虚な言葉と見ることもできるが今更、頼る可笑しさもあるだろう。


 鄭の文公が言った。


「汝を早く用いることができず、危急の今になって汝を求めたのは私の誤りである。されど鄭が滅んでしまうことは汝にとっても利はないであろう」


 今は国の危機なのである。感情はどうあれ、今はその危機から脱することを考えなければならない。燭之武は同意した。


 


 夜、燭之武は縄で吊られて城壁を降りると秦の穆公ぼくこうに会った。


「秦と晋に包囲された今、鄭は滅ぼされることを知っています。もし鄭を滅ぼして貴君の利になるというのであれば、貴君は戦いを続けるべきでしょう。あれど隣国を越えて遠くを攻める困難は貴君も知っているおりましょう。ここで鄭を滅ぼしても隣国(晋)が大きくなるだけなのです。隣国を厚くしてしまったら貴国が薄くなることになり、晋の強盛は秦の憂いとなっていきましょう。鄭攻略を放棄して鄭を東道の主とし、東方を往来する使者の物資を供給させれば、貴君にとっても害はないはずです。そもそも貴君は晋君(恐らく晋文公ではなく恵公を指します)に恩恵を施し、晋君は焦と瑕の地を貴君に譲ることを約束したにも関わらず、朝に黄河を渡り、夕方には築城して秦の東進に備えました。晋は満足することを知りません。東の鄭に領土を広げたら、次は西の土地を求め、その時、秦を侵さずどこに領土を求めるのでしょうか。秦が損をすれば晋を利するということを貴君はよく考えるべきです」


 穆公には覇を唱えたいという野心がある。しかし、周の襄王じょうおうを助け、晋の文公が覇者となってしまった。


 彼の即位を助けたこともあり、彼は悔しかった。


(おのれ、晋め今に見ておれ)


 故に燭之武の意見は今後、覇を唱える上で有効な策であると考えた。穆公は納得して鄭と盟を結び、杞子、逢孫、揚孫に鄭を守らせて兵を還した。


 勝手に秦が帰国したため、狐偃こえんが激怒し、秦軍を追撃するよう進言した。


「秦の無礼を正すべきです」


 また、秦が急に帰国したということは鄭と何らかの約束を結んだ可能性もある。


 しかし、文公は首を振り言った。


「それはいけない。彼等の力がなければ我々がこの地位を得ることはなかったのだ。人の力に頼りながらもそれを害そうとするのは不仁だ。友好関係にある者を自ら失うのは不知だ。整(安定・友好)を乱すのは不武だ。我々も兵を還そう」


 彼がそう言ったため晋軍も撤兵した。


 だが、このまま撤兵しただけでは、確かに面白くないことも事実なため、晋の文公は一手打つことにした。


「公子・らんを呼べ」


 公子・蘭とは誰だということを話さなければならない。鄭の文公には三人の夫人がおり、複数の公子に恵まれた。その三人の夫人の他に燕姞えんきつという賤妾がおり、公子・蘭は彼女と鄭の文公との間で産まれた子である。


 たくさんの子に恵まれた鄭の文公は自分の息子に対しては冷酷で、大きな殺意を向けた。太子・を紀元前644年に、その弟・子臧しぞうを紀元前636年に殺したのである。


 更に文公は残った公子達も放逐した。その中の一人が公子・蘭で、彼は晋に出奔し晋の文公に仕えた。


 晋が鄭に兵を向けた時、公子・蘭もこれに従っていたものの、彼は流石に鄭城の包囲に参加するのは辞退した。晋の文公はそれを許し、彼を晋東部の国境で待機させていた。


 元々、晋の文公は公子・蘭の賢才を気に入っていたこともあり、彼は鄭に対して公子・蘭を太子に立てることを要求した。

 

 鄭の石甲父せきこうほ(名は)は大夫たちを集め言った。


「姫姓と姞姓は一緒になるべきであり、その子孫は必ず繁栄するという。姞は吉人の意味があり、その先祖は后稷こうしゅく(周王朝のご先祖。伝説の人物)の元妃(正妻)だ。公子・蘭の母は姞姓であり、晋の要求は天が公子・蘭に道を開くために降したものではないか。彼を国君にすればその子孫は繁栄することになるだろう。先に彼を迎え入れれば寵を得ることもできる。また、主公の夫人が産んだ子は誰も残っていない(実際は蘇から嫁いだ夫人の子である公子・が生きているが、鄭の文公に嫌われている)。庶子の中で公子・蘭に勝る者もいないのだ。今回、我が国は危機に面し、晋は公子・蘭を帰国させようとしている。これ以上の講和の条件は無い」


 石甲父は侯宣多こうせんた孔将鉏こうしょうさいと共に公子・蘭を迎え入れるように鄭の文公を説得し、同意を得ると大宮(鄭の祖廟)で誓いを行い、鄭の太子に立てた。


 こうして晋は鄭と講和した。


 

















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