表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春秋遥かに  作者: 大田牛二
第五章 天命下る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

167/557

介君・葛廬

 紀元前631年


 正月、介君・葛廬かつろが来朝した。介は東夷の国とされているものの、はっきりしたことは不明の国である。


 そんな彼がわざわざやって来たのだが、魯の僖公きこうは温の会に行った後、許の包囲に参加していため、不在であった。そのため魯は彼を昌平山に一旦、住まわせることにした。


「介君、大変申し訳ないのですが、只今、主公は他国に出かけており、何時戻るかはっきりしておりません」


 臧孫辰ぞうそんしんは相手を怒らせないよう、丁寧に話した。そんな気遣いをしていることも知っているのか、知らないのか介君・葛廬はあっけらかんと言った。


「構わんよ」


 そんな態度に少し、驚きつつも相手が怒ってないことを知り、臧孫辰はほっとした。


「左様ですか。そう言ってもらえると嬉しい限りでございます」


 彼は部下に食料を運ばせる。


「代わりと申しますか。食料をもって参りましたので、お収めください」


「承知致した。謹んでお納め致すわ」


 特に態度を変えることなく。介君・葛廬は受け取った。


 その後、臧孫辰はその場を離れるとふうぅと一息ついた。


(取り敢えず、これで大丈夫であろう)


 主がいないにも関わらず、問題を起こすのは褒められたことではないため、何にも起こらずほっとしたのである。


 されど、それから数日後、臧孫辰は目の前の書状を見て、ため息をついた。


 その書状の送り主は介君・葛廬で、そこには国に帰るということ、それと冬にまた来るというものであった。


(もうすぐ、主公が帰ってくれるという時に、突然帰るとは……)


 思わず、ため息をこぼしながらも、臧孫辰は仕方ないと思って、僖公が帰国してからそのことを話した。


「そうか、冬に来るのだな」


「はい」


「冬に会えるのなら、冬で良い……それよりも夏に会盟を行うと通達が来た」


 僖公は面白くなさそうに言った。そんな僖公に疑問を持ちながらも臧孫辰は聞いた。


「何についての会盟ですか?」


「鄭の討伐についてだそうだ」


「鄭をですか……」


 鄭は晋の文公ぶんこうを厚遇することなく、楚と通じた国である。しかし、鄭は晋と楚の戦いであった城濮の戦いでは援軍を出さず、晋と盟を結んだはずである。


「何故、攻めるのでしょうか?」


「知らん」


「左様ですか……」


 先ほどから、僖公の機嫌は悪い。その理由は会盟に集まった面々を見れば、わかることである。


 夏、周の王子・と魯の僖公、晋の狐偃こえん、宋の公孫固こうそんこ、斉の国帰父こくきほ、陳の轅濤塗えんとうと、秦の小子・ぎんおよび蔡人(蔡の参加者の名が残されていないのは、位が低かったため)が周の翟泉の地で会盟した。


 踐土の盟約を再確認し、鄭討伐の相談を行ったが、ここには王子・虎はともかく、魯の僖公以外は卿である。


 当時の礼では諸国の卿が公・侯の会見に参加することは非礼とされており、卿が参加できるのは伯・子・男の会見までとされていた。


 そのため自分以外、卿しかいない、しかも蔡が寄越したのは卿ですらない。


 むすっとした表情で僖公は会盟を終えた。


 冬、約束通り、介君・葛廬がやって来た。こののほほんとした性格も相成って、僖公は彼を大いに気に入り、彼を厚くもてなした。


「そろそろ、帰りますわ」


 ある日、介君・葛廬はそう言った。


「もっとゆっくりなさっても構いませんぞ」


 僖公がそう言うと彼は首を振る。


「これでも私も国君でございますので、国のことが心配なのですわ」


 彼がそういうので、僖公は彼を守るために兵を与え守らせた。


 その道中、牛の鳴き声が聞こえた。その声は少し悲しそうにも聞こえた。すると介君・葛廬は言った。


「この牛は三頭の牛を産んだが、全て犠牲に使われた。だからこのように鳴くのですわ」


 本当だろうか?と、兵たちは思い、彼らは牛の持ち主の元に出向き、確かめた。すると持ち主はその通りだと答えたため、皆、驚いた。


 介の人々は動物の言葉を理解できると言われている。『列子』にも六畜(馬・牛・羊・豚・犬・鶏)の語を聴くことができると書かれている。


 太古の聖人と言われた人々は動物の言葉を理解できていたと呼ばれており、動物の言葉を理解できることはとんでもない智慧を持っている証拠なのだ。


 そのため、皆、彼をすごいと賞賛したが、介君・葛廬は首を降った。


「太古より、人と動物の間の隔たりはなく、それは普通のことだった。それが無くなっていっているのは悲しいことですのう」


 悲しそうに言った。


 人は文化や社会と発展していけば、行くほど、自然との隔たりが生まれていくものなのかもしれない。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ