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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第五章 天命下る

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疑心暗鬼

 子玉が死んだ頃、歂犬せんけんが陳に亡命中の衛の成公せいこうの前で讒言した。


元咺げんかんは既に叔武しゅくぶを国君に立てたそうです」


 成公は叔武に代わりに国政を担わせ、元咺に彼の補佐をさせていた。しかし、国君の座を譲ったわけではないのである。


「おのれ、許さんぞ」


 怒った彼は彼に従っていた元咺の子・元角げんかくを殺した。


 しかし元咺はこのことを知らずに叔武を助け、国外の成公の代わりに政治を行っていた。


「元咺よ、次に会盟で晋君は兄上を許してくれるだろうか?」


「大丈夫でしょう。晋君といえどそこまで鬼ではありますまい」


 彼らは成公を復位させるため、努力をしていた。彼らの努力を成公は知らない。


 六月、衛の叔武は晋の文公ぶんこうと会盟を行い、成公の復位を誠心誠意、願った。


(誠実な人であるな)


 文公は彼の言葉を聞き、そう思った。彼は放浪中の衛にひどい扱いを受けたため、衛に悪感情があったが、叔武の誠実さに触れ、態度を軟化させた。元々、彼はこういう誠実さのある人は好きなのである。


「良かろう。衛君の帰国を許す」


 彼の願いを聞き入れた文公は成公を帰国させることにした。


「帰国することができるのか……」


「左様でございます」


 これを知った成公だが、嬉しがることはなく、しばらく黙っていた。それを怪訝そうに甯兪ねいゆが成公を見る。


「甯兪よ」


「はっ」


「衛に先に出向き、国民と盟を結べ」


「承知しました」


 成公は甯兪を衛に派遣して国人と宛濮で盟を結ばせた。


 甯兪が衛人に言った。


「天が禍を衛に降し、君臣が協力しなかったため、このような憂いを招くことになった。しかし今、天が我が国を憐れみ、皆の心を一つにさせている。国内に留まる者がいなければ社稷を守ることはできず、国外に出る者がいなければ牧圉(牛馬を養牧する者。ここでは成公のこと)を守ることはできなかっただろう。今まで人々が協力できなかったので、神の前で誓い、天の哀れみを求めたのである。今日、この盟を交わしてからは、国外に出た者はその功を誇ってはならず、国内に留まった者(成公を亡命させた者)はその罪を恐れる必要はないのだ。この盟に背きば禍が訪れ、明神・先君によって糾弾誅殺されることになるだろう」


 成公に従わずにいた者にその罪を問わないとしたこの言葉に衛国内の人々は盟約を聞いて安心した。それにより、成公の帰国に賛成した。


「無事、盟を結べました」


「そうか……」


 彼は顎鬚を撫でると馬車を用意するように命じた。


「急ぐ必要はないかと思いますが……」


「急がねばならないのだ。汝は先行せよ」


「承知しました」


 彼が立ち去ると成公は歂犬を招き、言った。


「叔武を殺せ」


「御意」


 成公は叔武を信じていなかった。そのため、晋からの帰国の許しを聞き、自分を招いたふりをして殺そうとしているのではないかと恐れていた。


(殺される前に殺してやる)


 正に疑心暗鬼というべきか、彼の猜疑心は弟が鬼のように見えるようだ。
















 成公は予定よりも早く国都に入ることにした。甯兪が先行する。門を守っていた長牂ちょうしょうは成公の近臣である甯兪が来たと知り、彼を尊重して共に車に乗って中に導いた。


 この時、彼は致命的な失態を犯す。城門の代わりの責任者を誰にするか任命していなかったのである。


 守る者がいなくなった城門を公子・歂犬せんけん華仲かちゅうが兵を率いて通過していく。彼らは武装をしており、これを止めるべきだが、責任者がいないため、兵たちはそういった判断を行うことはなかった。


「おお、主公が帰ってきたか」


 この時、叔武は沐浴をしていたが、成公が帰って来たと聞くと喜ぶと沐浴を終え、手で髪を束ねてこれを出迎えに行った。


 するとそこには歂犬と華仲がいた。


「おお、歂犬と華仲か主公はどこに居られるのだ?」


「主公はもう少ししたら参ります」


 彼らはそう言うと、兵たちに弓を取らせる。


「貴様ら、何を」


「主公の御意志でございます」


 歂犬と華仲は兵たちに矢を放たせた。


「兄上ぇ……」


 叔武は射殺された。彼は兄である成公を心から帰国させようと努力してきた。その努力がやっと認められたと思った瞬間、兄に裏切られる結果となってしまった。哀れな人である。


 彼は人々に慕われていたためか、後から来た成公に叔武の無罪を主張した。これを聞き、叔武の無罪を知り、成公は膝の上に彼の死体を乗せて泣いた。


「すまなかった」


 そんな成公を冷めた目で見る甯兪が言った。


「弟君へ讒言をしたのは、誰ですか?」


「歂犬だ」


「ならば、弟君を殺した華仲と共に歂犬も斬るべきです」


「だが……」


「斬るべきです」


「わかった」


 成公は頷いた。これを受け、兵が二人の元に送られ、華仲は斬られた。だが、歂犬は逃走した。


「地の果てまで追って、斬らればなりません」


 甯兪の言葉に成公は頷くと成公は人を送って彼を殺した。


 暗闇の中、甯兪は臣下を呼び、聞いた。


「元咺殿はどうなされた」


「叔武様の死を知り、晋に出奔されました」


「そうか……」


 不味いことになった。恐らく、彼は晋にこのことを抗議するだろう。


「叔武様の努力がほんの一瞬で、消えてしまった」


 彼はそう言って、嘆いた。彼は衛の人と盟を結び、その際に成公に従わなかった者の罪を問わないと言った。しかし、今回の成公の行為はそれに背く行為である。


「衛は裁きを受ける」


 それほど盟を結ぶということは大事なことなのである。














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