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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第五章 天命下る

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駆け引き

 曹都に駐屯する晋軍の元に宋の門尹・はんが危急を告げに来た。


 晋の文公ぶんこうは群臣たちに言った。


「宋が急を告げに来たが、このまま援けなければ宋との関係は絶たれてしまうことになる。だが、楚に攻撃を止めるように要求しても拒否するだろう。私は楚と戦おうと思うが、斉と秦が同意しないはずだ。どうすれば良いだろうか?」


 楚は強大である。その楚と戦を行えば、大きな被害が被るだろう。それに巻き込まれないようにするのは普通のことである。


 先軫せんしんが進言した。


「斉と秦が楚と敵対するように仕向ければ良いかと」


「どのようにそれを行うというのか?」


「まず、宋には我が国の援軍を諦めてもらいます。その後、宋から斉と秦に賄賂を贈らせ、二国を通して楚に講和を求めさせます。その間に我々は曹君を捕えて曹と衛の地を宋に与えます」


 一つは楚を怒らせるため、一つは宋が斉と秦に贈った賄賂の償いとするためである。


「楚は曹・衛と同盟しているので、これに怒り、斉・秦が要求する講和を拒否することでしょう。斉と秦は宋の賄賂を喜び、講和を拒否した楚を怨みことになります。こうすれば、斉・秦も楚と戦うことになります」


 最初の宋への援軍を諦めるというところは嫌な顔をした文公だが、最後まで聞くと彼の策を気に入り、これに従い、曹の共公きょうこうを捕らえ、曹と衛の地を宋に分け与えた。













 この状況を察した楚の成王せいおうは晋との衝突を避けるため、申城に退くと斉の穀に駐屯していた申公・叔侯しゅくこうと宋を包囲していた子玉しぎょくを撤退させた。


 これに大いに不満を持っている子玉は成王に使者を出して、伝えた。


「王は晋を非常に厚遇しておられますが、晋は楚と曹・衛の関係が密接であると知りながら攻撃しました。王を軽んじている証拠です」


 子玉の図々しさは成王を軽んじているとしか思えないが、成王はそのことには触れず言った。


「晋軍を追撃してはならない。晋君は国外に十九年もいたのに晋を得ることができた。険苦も艱難も全て経験しており、民情の虚実もよく理解している人物だ。天が晋君に天寿を与え、その政敵を除いたのだ。天が置いた者を廃することはできない。『軍志(古代の兵書)』にはこうある『ほどほどのところで切り上げよ』『難を知れば退け』『徳がある者を敵としない』この三者は晋に当てはまる」


 これを伝えられた子玉は嘲笑った。


(王は晋君に天命があるというのか)


 彼は文公が即位することができたのは所詮、運だと思っている。


(王は晋を恐すぎている)


 彼は自分という者以外を下に見てるところがある。その目には晋軍の強さは映らない。驕りという名のもやが目にかかっているからだ。


 尚も交戦を望む彼は子越しえつ闘椒とうしゅく)を送り言った。


「なにも手柄を立てたいと思っているわけではありません。私は若造(蔿賈いか)の減らず口を潰してやりたいだけです」


「何を言っているのだ」


 成王は怒りを表わにした。子玉は私情で軍を動かそうとしているからである。


「あの者へ送る兵を減らす」


 既に援兵を送る準備を行われていたが、成王はこれを減らした。


 だが、それでもなお、子玉は戦を続けようとし、晋に大夫・宛春えんしゅんを送り、伝えた。


「衛君を復位させ、曹の地も返せば、私も宋の包囲を解くことでしょう」


 彼は戦において才はある。


 これに狐偃こえんは怒って言った。


「子玉は無礼です。国君足る主公の利益は一つしかないにも関わらず、臣下の身分にある者でしかない子玉が二つも取ろうとしています。従うべきではありません」


 そんな彼を宥めながら先軫が進言した。


「相手の要求に応じましょう。人を安定させることを礼といいます。楚は一言で三国を安定させ(宋の包囲を解き、曹と衛を援ける)、我々は一言でそれらを妨害することができます。しかし、そうなってしまえば我々が無礼になり、戦いに不利になりましょう。また、楚の言を拒否したら宋を棄てることになります。救いに来たにも関わらず、棄ててしまっては諸侯にどう説明できるのでしょうか。宋が楚に降ってしまえば、楚をますます強くしてしまいます。その結果、楚は三施(三つの施し)を行い、我々は三怨を招くことになります。怨讎が多ければ敵を撃つことはできません。ここは曹・衛との間で秘かに復旧を約束して兵を退き、二国を楚と離間させるべきです。楚に対しては宛春を捕えてわざと怒らせ、一戦してから後の事を図りましょう」


 子玉に負けないどころか、彼の策を利用する策を進言できる先軫の成長は驚くべきものがある。


 彼は文公と共に放浪し、苦労した者の一人であったが、決して目立つ活躍はしていない。


 そんな彼が中軍の元帥に選ばれたことで、彼に眠っていた才能が開花したといっていいのかもしれない。権力には魔が宿るというが、それは悪い意味だけではなく。いい意味も持つのだ。


 文公は彼の策に納得すると衛で宛春を勾留し、衛と曹に奪った地位を密かに返すことを伝え、楚との関係を断たせた。


 これを知った子玉は怒り、宋の包囲を解いて晋軍に襲い掛かった。彼は軍事の才は有するが、それ以上の才を持つ先軫と外交の能力が無いのが、彼の欠点である。


 楚軍が陣を構えると文公は軍を退却させた。


 これに不満を覚えた晋の軍吏たちが言った。


「国君足る主公が臣下である子玉を避けて逃げるのは恥辱というものです。しかも楚軍は既に疲労しているにも関わらず、なぜ退却するのですか」


 すると狐偃が答えた。


「師とは直ならば(理があれば)壮となり、曲ならば(理がなければ)老する(衰える)ものだ。遠征の時間が長いかどうかなどは問題ではなく。楚の恩恵がなければ我々はここにいることができなかったことが重要なのだ。かつて楚君と三舍(九十里)を避けて恩に報いると主公は約束された。恩を棄て、約束を破り、敵に対してしまえば、我々に曲があり楚に直があることになる。その結果、敵に気が満ちて老になることはない。もし我々が兵を退くことで楚が撤兵すれば、我々はそれ以上望むことはない。もし楚が兵を還さなければ、国君が退いたにも拘わらず、臣下がそれを犯すことになり、曲は彼等にあるようになる」


 戦には大義が必要であり、その大義がなければ戦には負けるものである。


 晋軍は三舍を撤退した。


 これを見た楚の将兵は追撃に反対したが子玉は拒否し、晋軍に向かって軍を動かした。


 晋と楚は衛の城濮で対峙した。ここで行われた一大決戦を「城濮の戦い」という。





















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