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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第五章 天命下る

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斉の孝公

 臧孫辰ぞうそんしんが楚に訪れた頃、楚を怒らせた国がある。


 夔という国である。(隗、帰とも言う)


 この国が楚を怒らせた理由は祝融しゅくゆう鬻熊いくゆうを祀らなかったためである。祝融と鬻熊は楚の先祖であり、夔は楚から別れた親戚の国であるためこれを祀る義務が当時あった。しかし、夔はこれを祀らなかったため、楚はそのことを譴責した。


 だが、夔君は楚にこう言った。


「我々の先王・熊摯ゆうしには病疾があり、鬼神に祈っても治らなかったため、自ら夔に落ち延びた。我が国はこうして楚との関係を絶ったのである。なぜその祖先を祀らなければならないのだ」


 さて、ここで熊摯とは誰なのかということを話さなければならない。熊摯は楚の先祖・熊勝ゆうしょうの長子である。しかし、彼は病弱であった。そのため熊勝は彼の弟である熊楊ゆうように継がせた。そして、熊楊の子である熊渠ゆうきょの代で楚は周に対して逆らうようになった。


 因みに熊渠には弓の名手としての逸話がある。


 ある夜、熊渠が外出した時、道端に大きな石があった。暗くてよく見えなかったため、彼は虎が伏せていると思い、咄嗟に矢を射た。


 矢は見事に命中し、それに突き刺さった。熊渠が近付いて獲物を獲ろうとした時、やっと石だと気づいた。


 石と知ってから再び矢を射てみたが、矢は折れ、石には傷がつくことはなかったという。


 閑話休題


 確かに途中に離れて生まれた国には違いないがそれとこれとは話は別であるというのが楚の考えである。


 秋、令尹・成得臣せいとくしんこと子玉しぎょくと司馬・闘宜申とうそんしんこと子西しせいが夔を攻め、これを滅ぼした。



















 自分の考えに沿わないものは滅ぼす。それが楚という国である。そんな考えを持っている楚の矛先が次に向いたのは宋と斉である。


 斉は魯からの依頼があったということもあり、わかるが何故、宋を攻めるのかというと宋は放浪中の晋の文公ぶんこうを厚く遇した国であるため、晋と好を通じ始めていたからである。


 冬、令尹・子玉、司馬・子西が軍を率いて宋を攻め、宋の緡を包囲した。


 一方、魯に出兵の依頼を出されていたため、楚は申公・叔侯しゅくこうに軍を分け、魯へ行かせた。


 魯の僖公きこうは楚軍と共に、斉の穀を占領し、その守備に申公・叔侯が着いた。この時、僖公はここに公子・はんを置いた。公子・潘は斉の桓公かんこうの子の一人で桓公亡き後の混乱により、衛に逃れていたがこの頃、魯に逃れていた。


 彼をここに置いたのは斉の孝公こうこうに対する牽制のためである。


 そんな彼に近づいた者がいる。易牙えきがである。彼は桓公の寵愛をいいことに権力を握ろうと斉に混乱をもたらした元凶である。


「易牙が何故、潘の元にいるのだ」


 孝公は苛立ちながら、公子・開方かいほうに言った。開方もまた、同じく寵愛をいいことに混乱をもたらした男であるが、孝公の元でもその寵愛を受けていた。


「易牙は料理を作るだけの男です。大したことではございません」


「そうだな」


 笑う孝公に拝礼する開方は密かに笑みを浮かべていた。その笑みは邪悪な笑みであった。これに気付かなかった故に彼に不幸が襲った。


















 紀元前633年


 六月、斉に凶変が起きた。孝公が殺されたのである。


 殺したのは公子・開方である。彼は孝公に寵愛はされていたが、同時に警戒をされていた。


(これでは飼い殺しもいいところだ)


 彼は大きな権力を握っただけに好き勝手にやりたいのである。


 易牙も同じ思いを持っていた。


「我らがこのままで良いと思うか?」


「否、我らはこのままで良いはずはない」


「ならば、頭を変えなければならない」


「良し、やろう」


 彼らは権力を握り、好き勝手にやるために動き出した。先ず、彼らは次の頭を誰にするかを考え、魯にいる公子・潘を立てることにした。彼を立てる理由は気弱であると思ったためである。


 次に彼を立てるために魯との関係を崩しにかかった。


 魯にいる公子・潘を立てるために都合を良くするためである。


 魯が会盟を行っていることに孝公が苛立っていたところを煽ることで魯と対立させた。そして、魯が楚と通じ、斉を攻めると易牙は臧孫辰と会い、公子・潘の擁立のことを交渉を行う。


 臧孫辰としては斉が乱れ、魯に手を出す力を失わせる上で良しとした。


 これにより、魯は斉の穀に公子・潘を置いたのである。


「次は私の番だな」


 そう言うと、彼は得意な弁舌で孝公の周囲から人を離れさせると彼を殺した。


 斉の孝公は確かに良い君主とは言えなかったが、斉の覇国としての立場を取り戻そうとし、積極的な姿勢は認めるべきかもしれない。


 こうして孝公を殺害を行った彼はその後、早急に易牙に伝え、斉都に公子・潘を向かわせる。


 その間に彼は群臣たちに孝公の死と公子・潘の擁立を行うことを宣言した。


 最初こそ動揺していた群臣たちだが、最早、公子・潘の即位は阻むことはできないとして、群臣たちはこれに同意した。


 こうして即位した公子・潘を斉の昭公しょうこうという。


















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