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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第四章 天命を受けし者

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汎舟の役

 秋、周に斉や晋、秦を始め、諸侯たちが集まったため、周の襄王じょうおうじゅうに反撃に出た。


 戎の首長の一人を捕らえるとその首長が自分たちを唆したのは王子・たいであることを話した。


「なんだと。おのれ、帯を捕らえて殺せ」


 戎を煽っているのが王子・帯であることを知った襄王は激怒し、王子・帯を討つよう命じた。


 流石の王子・帯もこれには堪らず、逃げ出した。しかし、彼が逃走先に選んだのはなんと斉であった。


 この爆弾に等しい客に斉の桓公かんこうはどうするべきかと悩んだ。しかし、それに対し、管仲かんちゅうはこれを受け入れるべきと言った。


「何故だ」


 この男は周王に対して乱を起こした人物なのだ。そのような人物を受け入れると周王からの印象が悪くなるのではないのか。


「彼を通して戎と周との和睦を結ばせるべきです」


 盟主であるため、周を助けたが、管仲としては戎との戦いをこれ以上長引かすわけにはいかない。なぜならば楚によって黄が滅ぼされたためである。


(楚が黄を滅ぼし、英や六にも攻め込んでいると聞いている。楚が三カ国を滅ぼし、再び中原へ勢力を延ばすようになる前に抑えを磐石にしたい)


 そのためにも敢えて王子・帯を受け入れ、彼を通して戎との和睦を結ばせるべきなのである。


「また、晋も戎の侵攻を受けています。晋も救わねばなりません」


 周から戎を追い払うだけでは意味がないのである。晋への侵攻もやめさせなければならないのだ。


「わかった。仲父の進言に従おう」


「感謝致します」


「使者は誰を出すべきか?」


「晋を攻めている戎に対しては隰朋しゅうほうを、こちらは私が王子と同行し、向かいます」


「よし、頼むぞ」


「御意」









 冬、管仲が周と戎の間で和睦を結ばせ、隰朋が晋と戎との和睦を結ばせた。


 桓公はこのことを報告させるために管仲を派遣した。


「おお、大義であった」


 襄王は笑みを浮かべ、桓公と管仲の功を称え、上卿の礼をもって招き入れようとした。


「勿体無きお言葉でございますが、上卿の礼はお断りいたします」


「何故だ?」


「私は賤しい官員にすぎません。斉には天子が命じた二守・国氏と高氏(二人の上卿のこと。諸侯には通常三人の上卿がおり、そのうち二人は天子が任命し、一人は国君が任命した)がいます。もし春と秋にその二卿が天子を聘問致しましたら、王はどのような礼をもって遇するつもりなのでしょうか。陪臣(諸侯の臣)にすぎない私は上卿の礼を辞退します」


「伯舅(異姓の諸侯という意味)の使者よ。余は汝による戎平定の勲功を称え、その美徳を受け入れるのであり、これは奨励するべきであって忘れてはならない。汝はその職に努めよ。余の命に逆らうな」


 襄王はそう言って、彼を上卿の礼をもってもてなそうとした。だが管仲は頑なに断り続けて、最終的に上卿の礼を受けず下卿の礼を受けて帰還した。


 襄王はため息をつき、言った。


「斉の宰相のなんと謙虚なことか……天下の諸侯があの者のように謙虚であれば天下は……」


 管仲ほど春秋時代で有名な宰相はおらず、最高の宰相と言ってもいい人物である。しかしながらそんな彼とて、こうも謙虚であったのである。








 紀元前647年


 春、斉は仲孫湫ちゅうそんてきを周に送って聘問させた。


 王子・帯を赦すように説得するためである。しかし、襄王に謁見した彼だが、王子・帯のことは一切話さず、帰還した。


 彼は桓公に言った。


「王子が赦されるのはまだ無理です。王のお怒りは収まっておりません。少なくとも十年経たなければ王は王子を呼び戻さないでしょう」


「そうか……」


 桓公としては早く、王子・帯という爆弾を早く手放したかったのである。


 夏、斉の桓公、魯の僖公きこう、宋の襄公じょうこう、陳の穆公ぼくこう(前年に父・宣公せんこうが亡くなったため即位した)・鄭の文公ぶんこう、許の僖公きこう、曹の共公きょうこうかんで会した。


 この会での目的は最近、淮夷が杞の脅威になったことへの対策と、周王室の安定を図ることである。


 取り敢えず、諸侯は周王室の安定を優先することとした。


 秋、諸侯は周を戎から守るため、兵を派遣した。斉は仲孫湫を派遣する。









 この年、晋は大飢饉に襲われていた。そのため国中、飢えに苦しみ餓死する者も多かった。


 ただでさえ前年、戎に攻め込まれて、苦しみ。ただ続けて起きた事態を憂いた晋の恵公けいこうは秦に食料の援助を求めた。


 晋からの使者に会った秦の穆公ぼくこうは呆れた。


 晋は秦に河外の地を譲る約束をしながら譲っていない。それにも関わらず、食料を寄越せと宣う。


(我らを馬鹿にしているのか)


 そう思っても仕方ない。だが、それを口に出さないのが穆公という人である。


公孫枝こうそんしよ。如何にする?」


 彼は群臣を集め、問いかける。


「重ねて恩を施し、報いを受けるのなら、主君が晋に求めることは何もなく。重ねて恩を施しても報いがないのであればその民は離心し、民が離心した相手を討てば、敵は信望を集めることはできず、必ず敗れましょう。報いがあろうともなかろうとも我が国の利になります。食料を送るべきです」


「百里奚よ。汝の考えは?」


 彼は短く答える。


「天災は各国で起きるもの。隣国を憐れむのは正道です。正道を行えば福があります」


 二人の意見を聞き、穆公が頷くと丕豹ひひょうが声を上げる。


「今すぐに晋を攻めましょう。晋君の本性は河外の地を譲らないことからよくわかります。他者との約束を守れない者を信じてはなりません」


「国君が悪であっても民に罪はない」


 彼はそう言って、晋への食料を援助することにした。


 秦は食料を輸送するために船と車を使い。これらは秦の都・ようから晋の都・こうまで連なったという。


 これを「汎舟はんしゅうの役」と言う。因みに汎舟とは船を浮かべる又は船仕事という意味である。


 この穆公の行いには美しさがある。だが、その恩を仇にするのが晋の恵公であり、そのことによって大戦へと発展していくことになる。








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― 新着の感想 ―
[一言] 近所に晋の恵公みたいな国があるよーな…
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