周の内史・過
紀元前649年
周の襄王は晋に内史・過、召の武公(実は彼の名は過である)を諸侯となったことを彼らを通して命を下した。
そのための儀式を行った際、晋の恵公を補佐する呂甥と郤芮は不敬であり、恵公も心が散慢で瑞玉を受け取る位置が低く、拝礼をするものの稽首(頭を地につける礼)をしなかった。
それを見た内史・過は周の襄王に言った。
「晋は滅ぶ滅ぼないは別としてもその後世は途絶えることになりましょう。そして、晋君を補佐する呂甥と郤芮は禍から逃れることができないでしょう」
「何故そのようなことを言えるのか?」
「王が命を下したのにも関わらず、心が散漫としたまま瑞玉を受け取ったのは礼を棄てたためです。礼を棄てるというのは自分で自分を棄てるようなものなのです。礼とは本来、国の幹というべきもの。敬とは礼の輿(車)にあたります。不敬であれば礼が行われず、礼が行われなければ上下が暗昏となります。その子孫が長く続くことはありません」
内史・過は以前、虢に禍が起きることを予期したこともあるため、その目は確かである。そんな彼の目で晋を見ると同じように禍が起きるように見えたのである。
その目は周にも向けられている。
(周も禍が起きようとしている)
彼はそう予期していたが、それはすぐに当たった。
秋、揚・拒・泉・皋・伊・雒の戎が周の首都に攻め込み、城の中にまで侵入した。
東門も彼らによって燃やされ焼け落ちるなど、大きな被害が出た。
たまらず、周の襄王は諸侯に助けを求めた。
それに直ぐ様答えたのは晋と秦である。
彼らは兵を出し、戎と戦闘を行い、首都から追い出した。
「そもそも連中が何故いきなり攻め込んできたのだ」
確かにこれほど急に彼らが団結して攻め込んできたのは不可解なことである。
実は彼らを動かしたのは王子・帯(この頃、甘の土地を与えられており、甘の昭公とも言う)である。
彼は先王の寵愛を受けていたため、自分こそが王になるべきと考えていた。そのため彼らを利用して、襄王を殺そうとしたのである。
しかしながら襄王という人は決して質の良い人物ではないが悪運の強い人物であり、ここで死ぬことなく生き残っていた。
その後、諸侯たちもやって来た。王子・帯としては舌打ちしたい状況だが、どうしても王になりたいと望む彼は戎を煽り、尚、攻めを継続した。
この時、周を助けるためにやって来ていた晋の恵公としては何とか国君として功績を挙げたいと考えていた。
そこで彼は周と戎を講和させようとしたのである。
しかしながらこの講和は成功することができなかった。それどころか戎の怒りを買い、自国に対しても牙を向けるようになってしまったのである。
恵公にとって最初の失敗であった。
晋が自国に攻め込まれているため、周の周りの防御は薄くなり、首都を集中的に攻撃を受けることになってしまった。
周の襄王は動揺し、斉へ使者を出し、悲痛な叫びを上げた。
「周へ救援に出るべきか否か」
斉の桓公は周からの救援要請に対して管仲に聞いた。
「救援すべきです」
すぐさま彼は答える。
「だが、仲父よ。楚が兵を集めているという情報があるぞ」
今国を開ければ攻め込まれるのではないのか。それが懸念となり、斉の動きを鈍くしている。
「楚が我が国にまで侵攻することはありません。恐らく、隣国の国を狙うはずです」
「ならば尚更、周に軍を出すのは……」
もし、自分と同盟関係である国を助けなければ盟主の名に傷が付くのではないのか。彼はそう言いたいのである。
「盟主だからこそ王を助けねばなりません」
同盟国とはいえ、辺境の国を助けることと周を助けることでは周を助けることの方が優先されるべきなのである。
「そうか、難しいものだな」
「えぇ」
世の中では優先すべきもののために何かを切り捨てなければならないことがある。それもその一つに過ぎないといえばそれまでだが、
(鮑叔を始め、多くの者の苦労を無駄にしてしまうのか)
楚に近い小国をこちらに引き込んだのは彼らの活躍によるものである。そんな彼らの功を無駄にしてしますことになる。
(だが、そのことに気を取られて判断を誤るべきではないのだ)
それが国を担うということなのかもしれない。
斉は周へ援軍を出した。
斉の出兵を聞いた楚の成王は膝を叩き、出兵を命じた。
楚が向かうは黄である。黄はよくこう言っていた。
「郢(楚の首都)からここまで九百里もある。楚が我が国を害すことは出来ない」
そのことを成王は知っており、恨んでいた。そのための出兵である。
楚に対しての警戒をほとんどしていなかった黄は楚の進軍をあっさりと許し、首都にまで侵攻されてしまった。
黄は同盟国である斉に援軍を求めるが、斉は周への援軍のため余裕がなく、黄への援軍を出すことはなかった。
紀元前648年
黄は楚によって滅亡した。
国家の命運を左右する判断、決断というものは常に求められるものである。
その判断、決断を誤れば国は滅ぶ。




