表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春秋遥かに  作者: 大田牛二
第四章 天命を受けし者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/557

丕鄭

 冬、秦に留まり様子を伺っていた丕鄭ひていは行動を起こした。


 彼が里克りこくと手を組んで君を弑したのは、己の利益と地位を得るためであり、晋を己の思い通りにするためである。しかしながら現実として彼には死が迫っている。


(まだ、死にたくない)


 もしかしたら、秦に対し、己の身柄を引き渡すよう命じるかもしれないのだ。その前に動かなければ殺されてしまう。


 そのため彼は秦の穆公ぼくこうに謁見し、言った。


「晋人は夷吾いごを支持しておりません。実際は重耳ちょうじの即位を望んでおります。呂甥りょせい郤称げきしょう郤芮げきぜいは秦に土地を譲ることに反対しています。里克を殺したのも呂甥・郤芮の計によるものでございます。もし重い礼で彼らを招いて秦に留めておき、私が夷吾を駆逐して貴君が重耳を入れれば、必ず成功しましょう」


 穆公は最初この策に乗ろうとは思わなかった。


(この程度の男に策がなるだろうか)


 そう思うからである。


(しかし、晋君の不義は見逃すわけにはいかない)


「良かろう。やってみせよ」


「感謝致します」







 穆公は早速、三人を招くために大夫・泠至れいしを使者として晋に出し、それに丕鄭が密かに同行した。


 丕鄭は晋に入る前、泠至と別れ、同士である共華きょうかに会った。


「このまま晋に入っても大丈夫か?」


「大丈夫です。郤芮たちは我々に対し何ら対策をとっておりません」


 彼の言葉を信じて、彼はそのまま晋に入った。


 秦からの使者がやってきたことを知った郤芮は使者の持ち込んだ礼物が多く、使用人に使者の言動を聞く。


 その後、彼は呂甥らに会って、言った。


「秦の使者は幣(礼物)が重く甘言である。これは我々を誘き出そうとする策略であろう」


 彼らはその意見に頷くと皆で恵公の元を訪れ進言した。


「丕鄭が秦に赴いた際、礼物は薄かったのにも関わらず、秦からの答礼が厚すぎます。これは丕鄭が秦に我々を誘い出すように謀ったためでしょう。彼を殺さなければ国に禍いを起こしましょう」


 恵公は頷き、丕鄭を殺すよう命じた。


 晋で同士を集めていた丕鄭は晋兵に捕らえられて殺された。


「里克、丕鄭一派はこれを気に残らず、始末すべき」


 郤芮らはそう主張し、恵公もそれに同意すると一気に動き出した。


 それを知った共華の友人である大夫・共賜きょうしは急いで彼の元に行くと逃げることを進めた。だが、彼は首を振り、逃げようとしない。


「何故、逃げないのですか? 禍が迫っているのですよ」


「丕大夫を国に入れたのは私だ。私は禍難を待つ」


「そのことは誰も知りません。逃げましょう」


「それはいけない。自分で知っていながらそれに背くは不信。他者のため謀り、逆に難を及ぼすのは不智。人を害して自分が死から逃れようとするのは無勇。この三つの大悪を背負ってどこに行けというのだ。君は逃げよ。私はここで死を待つ」


 こうして、共賜は逃げ、祁挙及び七輿大夫(共華、賈華かか叔堅しゅくけん騅歂るいきん累虎るいこ特宮とくきゅう山祁さんき)は殺された。







「丕鄭は殺されたか……」


「はい、同時に丕鄭と通じていた者たちも殺害されました」


 泠至の言葉を聞き、穆公は舌打ちする。丕鄭だけならばいざ知らず、晋で利用できる連中を一層されたのは痛い。


(丕鄭め、己だけが死んでいれば良いものを)


「これにより、郤芮らは権力を増しました」


「しばらくは放っておくしかあるまい」


 穆公は下がるよう命じた。すると泠至は立ち去らず、言った。


「実は君に進言したいと申している者がおります」


「誰だ」


「丕鄭の子。丕豹ひひょうでございます」


「ほう、良かろう会おう」


 泠至は拝礼し、下がると少しして、丕豹が入ってきた。


(若く目つきの鋭い男だな)


「秦君に拝謁致します」


「表を上げよ」


「感謝致します」


 丕豹はひと呼吸おいて言った。


「此度、私は秦君に策を献じたいと思い参上致しました」


「言ってみよ」


「晋君は恩義ある秦を裏切り小さな怨みをもって憎み、里克を殺したため、民心を失いました。今また我が父と七輿大夫を殺したため、彼を支持する者は国の半分に過ぎません。今、晋を攻めれば必ず晋君を駆逐できましょう」


 穆公はすぐに答えを出さなかった。彼の策には……


(父の仇を討ちたいという私情があるのではないのか)


 そのような私情で国を動かせば、必ず失敗するものである。そのためそう簡単に彼の進言を取り上げることはできない。だが、


(晋君の不義は許すことができない)


 という感情も穆公にはある。そのため彼の感情に共感できる。それでも穆公は国君なのだ。


「民心を失っているのであればなぜ多くの大臣を殺すことができたのだ。大臣を誅殺することができたのは、国君と百姓が和しているためである。晋君の罪は死に値しない。死に値する罪を犯せば、国に留まることができないはずだ。勝敗とは予測がつかないものであり。そもそも、晋侯による禍を受ける恐れがある者が全て国を離れれば、誰が国君を追い出すというのだ。汝は私の決断を待て」


 そう言って、彼を下がらせた。


 しかし、丕豹の表情に落胆の色はない。


(秦君は最後に決断を待つよう言ってくれた。秦君に晋を討つ考えをお持ちなのだ)


 彼の思った通りで穆公は以後、彼を寵愛していくことになるのである。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ