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春秋遥かに  作者: 大田牛二
第四章 天命を受けし者

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絡み合う野心

 夷吾いごの同意を知った呂甥りょせいは大夫たちを集め、それを伝えた。


「公子・夷吾が国君として帰国することが決まった」


「それは誠か」


 里克りこくは苛立ちを表わにしながら言った。彼は重耳ちょうじを招こうと考えており、それを勝手に夷吾を招いた呂甥に怒った。


「呂甥よ。我らに黙って勝手に行うとはどういう了見か」


「お言葉でございますが本来、先君が亡くなられ、新たな国君になるのは難しいものでございます。されどいつまでも国君を立てなければ他国の謀略を受けることになります。それでは言語道断ではありませんか」


 里克たちは重耳に国君になることを断られたにも関わらず、いつまでも次の公子を立てようとしてない。その遅さは致命的なのである。


「公子・夷吾は公子・重耳に対して信望において劣っている」


「確かに国外の公子を迎え入れても民心が統一しなければ乱を大きくしてしまいます。そこで、秦に助けを求めればよろしいかと思います」


 呂甥の言葉に大夫たちは口々に賛同し始めた。


 彼らが賛同するため里克は内心、不快感を持ちながらもこれに同意し、秦に大夫・梁由靡りょうゆうびを送った。


 その後、呂甥は里克と丕鄭ひていに会いに行った。


「お二人にお話がございます」


 彼はそう言うと胸元から書簡を取り出した。


「公子・夷吾からの書簡でございます」


 二人は書簡を受け取り、中身を見ると驚いた。


「それが公子・夷吾の誠意でございます」


 彼はそう言うと笑った。








 梁由靡りょうゆうびは秦の穆公ぼくこうに謁見して言った。


「天が我が秦に禍を降し、多数の讒言が生まれ、先君の公子達に害を及ぼす結果となりました。公子達は国外に逃れて民間に隠れ、頼る者もなく。また、我が君の死によって喪と乱へ同時に臨むことになりました。すでに秦君の霊威と鬼神の善心によって罪人は罪に伏すことになりました。しかし、群臣はまだ安寧を取り戻すことができず、君命を待っております。貴国が我が社稷を顧み、先君との好を忘れることがないのでありましたら、亡命した公子から晋の長を選び、晋の祭祀を継がせて国家と民衆を鎮撫していただきたく存じます。四方の諸侯がそれを聞けば誰もが秦君の威を恐れ、その徳を喜ぶことになりましょう。先君は秦君の重愛と重賜を受け、晋の群臣もその大徳に感謝し、皆、秦君の隸臣として帰順を願うようになりましょう」




 穆公はこれに同意し、使者を下がらせると孟明視もうめいし百里奚ひゃくりけいの子)と公孫枝こうそんしを呼んだ。


「晋で乱が起きたが、誰を派遣して二公子を観察させるべきだろうか」


 晋が夷吾を立てようと考えていることは理解しているが、穆公としては二公子の器量を見抜きたいと考えている。


 それに対し、孟明視が言った。


「公子・ちょうが宜しいかと。彼は鋭敏で礼節も知っており、恭敬で洞察力もあります。鋭敏なら謀略を察知することに長け、礼節を知っておれば使者にふさわしく、恭敬ならば君命を失敗することなく、洞察力があれば正しい判断ができます」


 穆公は彼の進言に頷き、公子・縶を重耳の元に送った。






 公子・縶は狄(翟)で重耳を弔問して言った。


「我が君が私を派遣し、公子の憂(亡命の憂い)と喪の悲しみを慰問するよう命じられました。国は喪によって得ることができ、また、喪によって失うものであるといいます。喪の期間は長くはなく。この機会を逃さず、行動を起こすべきです」


 重耳はこの言葉を受けて、傍らに控えていた狐偃を見た。


 狐偃は首を振り、重耳に近づき言った。


「いけません。他国に亡命し、親しき者がいない場合、信と仁をもって人と親しくするべきです。このような者が国君になれば危険はありません。されど父が死に、その霊柩がまだ堂に置かれている(埋葬していないということ)のに、子が利を求めれば、誰も我々を『仁』とは思わなくなりましょう。他にも公子がいるにも関わらず、外の力に頼り、先を争えば、誰も我々の行動を『信』と評価することはありません。仁も信もないのに長利を得ることはできません」


 因みに彼は埋葬はしていないとここでは言ったが、実際は荀息じゅんそくによって埋葬はしているはずである。


 重耳は彼の意見に頷くと公子・縶に言った。


「あなたは態々亡臣(亡命の臣)を慰問し、また、重大な命を背負って参ってくださいました。されど私は国外に出奔し、父が死んだのにも関わらず哭泣の位にいることもできません(葬儀に参加することもできないという意味)。他志(国君となるという意味)をもって貴国の義をわずらわせることはできません」


 彼は再拝するだけで稽首せず、泣いて退席し、これ以降、公子・縶と会おうとはしなかった。






 公子・縶は次に梁に入り、夷吾に弔問した。


 夷吾は郤芮げきぜいに言った。


「秦が私を助けに来た」


 この言葉から夷吾という人の野心が見え隠れしているのがわかる。それは郤芮も同じである。


「亡人が廉潔である必要はなく。逆に廉潔であれば大事を成すことができません。厚い報酬を贈り、相手の徳に応えるべきです。他の公子にも国君になる権利はあるのです。我々がそれを望んで悪いはずがなく、恥じる必要もありません。公子は財を愛してはなりません。他者が先に国を得れば我々が惜しいと思う物もなくなるのです。土地を惜しむ必要もありません。まずは入国し、民を得ることが大切なのです」


 郤芮のいいところはこういう目的を成す為の思い切りの良さである。狐偃のような回りくどいことは彼はしない。だが、その思い切りの良さは日々の積み重ねがあってこそ成立するものであることを忘れてはならない。


 彼はその積み重ねを夷吾にさせてないところが惜しいところがある。また、彼は策が多すぎる面もある。


 そんな彼は夷吾に耳打ちし、公子・縶に会うよう進言した。


 夷吾は公子・縶に会うと再拝稽首し、泣かず、一度退席してから個人的に公子・縶に会って言った。


「大夫・里克が私を支持したため、私は汾陽ふんようの田、百万畝を彼に与えると約束しており、丕鄭も私を支持してくれたので、負蔡ふさいの田、七十万畝を彼に与えると約束しました。貴国が私を助けてくれるのなら、私はもう天命を必要とはせず、亡人である私が再び国に入って宗廟を掃き、社稷を定めることができるのなら、国土を惜しむこともありません。貴国には既に多数の領土がありますが、私が国に還ることができましたら、河外(河西と河南)の五城を献上致しましょう。これは貴国に土地がないからではなく、秦君が東游して津梁(黄河の港や橋のこと)に来た時に困らないようにするためです。もし、その時が来ましたら、亡人(私)は鞭を持って馬を馳せ、東游する秦君の後に従うことでしょう。また、黄金四十鎰と白玉の珩(装飾品)六双を準備しました。これは公子への答礼とは考えになさらず、左右の者にでもお与えくださいな」


「承知した。あなた様の御心は我が君に伝えましょう」


 彼がそう言うと夷吾は笑った。







 公子・縶は帰国すると重耳と夷吾との話した内容を穆公は話した。すると穆公は言った。


「私は公子・重耳を支持しよう。重耳は仁の人である。再拝しても稽首しなかったのは国君の地位を欲していないためだ。拝礼後に泣いたのは父を愛しているため。退いてから個人的に会おうとしなかったのは私利を求めようとしていなからだ」


 穆公は重耳には誠実さを、夷吾には作為的な部分を感じた。そういう感覚を彼はもっている。


 しかし、一方、公子・縶はその言葉に反対した。


「それは誤りです。もしも晋君を擁立し、晋国を安定させようと言うのであれば、仁の者を選ぶべきでしょう。もし、晋君を擁立することで己の名を天下に知らしめることを欲すのであれば不仁の者を選び、乱を誘って、それを操作するべきです。『仁によって国君を定めることも、武によって国君を定めることもある。仁によって定める場合は徳のある者を選び、武によって定める場合は己に服す者を選ぶ』といわれています」


 穆公には野心がある。その野心は隣国の安んじ、互いに尊重しあう」ようなものではなく、己の領土を広げ、秦を強大な国にし、鄭の荘公そうこうや斉の桓公かんこうのような覇者になることなのだ。


 公子・縶の進言を穆公は受け入れた。秦の穆公が野心を大きく示したのはこの時が最初と言っていい。


 彼は百里奚に夷吾を守らせ、晋に入国させることとした。


 晋の内部だけでなく、他国の野心も絡み合い、晋は更なる動乱へと巻き込まれていく。







 


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