昼休み 1
お気に入りありがとうございます。
※少々、変更しました。
時間が経つのは早い。――それを実感する、昼休み。
私は今、柏木に右腕を掴まれた状態で廊下を歩いていた。人で混雑したが故に、がやがやとした喧騒溢れる廊下を。当然、人目は集める。
一緒にお昼を食べると約束した手前、逃げたりしないのに柏木は昼休みが始まるや否や私の腕を掴んで歩き出した。教室で弁当を広げる夏目と暦が、笑顔で告げた「ごゆっくり」の言葉が腹立たしい・・・じゃなくて。
(ううう、視線が。視線が刺さる)
身体を突き刺す視線が痛くて、顔を伏せた。
二年教室から別棟にある食堂までの道のりは遠くないが、時間が時間なだけに混雑しているし人気が多い。行き交う人が皆、好奇の眼で私と柏木の姿を見ている。
その視線の多くは「幼馴染で仲良く昼食」と言う認識だろう。
私と柏木が幼馴染だと言うことは、周知の事実だからね。不本意だけど。
だけど、だ。柏木に恋する女子の視線の意味はソレとは異なる。あからさまに嫉妬が入った、「お前如きが馴れ馴れしい」と言う負の感情。
私を視線だけで殺すかのように鋭く、恨みがましいそれに怯みそうだ。
しかも、私に鬼のような形相を向ける癖に柏木と眼が合うと、それが嘘のように消えて華やかな笑顔になる。女って恐ろしいと、私も女であることを忘れて思ってしまう。
ちなみに――それを目撃してしまった男子は、青ざめてドン引きしていた。
「まぁ、正直言ってアレは引くな」
もしもし柏木さん。私の心を読んだような発言、やめてくれませんか?
「解りやすい冬歌が悪い」
責任転換か。
「大体、麻生先生の時だって判りやすかったし。表情に出すぎなんだよ、冬歌は。まぁ、そこも冬歌の魅力で可愛い所なんだけど」
「今日は二種のクラブサンドセットにしようかな」
全力で聞かなかったことにした。
「へぇ・・・無視すんだ」
「珈琲はブラックがいいなー」
「上等だ、冬歌」
低い声で且つ、冷やかに笑う柏木から眼をそらしたのがいけなかった。
ぐいっと腕を引っ張られ、指を絡めるように握られる。空いた手で腰を抱き寄せられ、身体が密着した。瞬間、劈く女子の悲鳴。
その声に顔をしかめることを忘れ、私は唖然と柏木を見上げる。にやりと楽しげな色を双眸に宿す柏木が、するりと腰を撫でた。ひぃ、鳥肌がっ。
(朝からそうだけど、スキンシップが過剰すぎる!)
昨日までなかったそれに、恥ずかしくて死ねそうだ。
「公衆の面前でなーに、ふざけてんだよ。そこの幼馴染コンビ」
「何か用か、依久」
「用も何も、人目を集め過ぎて西城ちゃんが可哀想だろうが。顔真っ赤にさせて、からかいすぎじゃないの? ほら、離れる」
救世主はここにいた。
やんわりと私から柏木を放してくれた君こそ、まさに救いの神だよ! ありがとう、浅都依久! 柏木が不機嫌な顔をしてるけど、笑って流す君は最強だ。今度、何か奢るよ。
私は爽やかな笑顔を浮かべる、長身の友人を心から感謝した。
「バスケ部のミーティング後に、まさかこんな場面に遭遇するなんて思わなかったぜ」
「こんな・・・ね」
肩を竦めて、柏木は猫を被った。
「確かに、少しからかいすぎたな。すまなかった、冬歌」
「・・・笑顔が嘘臭い」
のに、周りはまったく気づいていない。
先程の状況を「幼馴染に対するちょっかい」と受け取った周囲は、視線を私達から外して各々の目的地へと足を動かす。悲鳴を上げていた女子も、「からかいならしかたない」と言う感じでその場から立ち去った。
「お前の言葉を疑わない周囲が恐ろしいよ、俺は」
同感だよ、浅都。
「人徳のなせるわざだ」
柏木のどこに人徳があるのか、誰か教えて欲しい。
「あ、そ」
呆れつつも短く切り捨てた浅都は、間違いなく勇者だ。
もっとも、無謀とも勇気ともとれるその行動で悪夢に魘された過去があるけど。それでも今、現時点で私にとって浅都は勇者であることに間違いない。
「食堂に行くんだろう? どこにいくつもりだ」
柏木から腕を解放された今なら、逃走出来ると思ったのに・・・。素早く私の右手を掴んだ柏木を、恨めしく睨み上げる。
「早く行かないと、昼飯を食いっぱぐれるぞ」
「ああ、確かに。これは諦めた方がいいぜ、西城ちゃん」
勇者と思った浅都が、柏木に味方した。畜生、敵しかいないのか。
「ほら、行くぞ」
「ありさも食堂にいるはずだから、なんなら一緒に食べるか?」
「騒がしいのは好きじゃない」
「ちょっ、引っ張るな」
柏木に腕を引っ張られては、歩くしかない。
私が歩く速度に合わせる柏木に、仕方ないと息を吐きだした。僅かに足を速め、柏木の隣を歩く。引っ張られるのが嫌だし痛いからそうしただけなので、他意はない。
と、心で言っても私を睨む女子には通じない。やれやれだ。
柏木が腕ではなく、手を握り締めた。優しい握り方に、気づいたのかと失笑した。
「腕、痛かったのか?」
「少しね」
肩を竦めて告げれば、罰の悪い顔をされた。
「気をつける」
「出来れば、しないで欲しいんだけど」
二度と。
とは思っても、言葉にしなかったのは柏木があまりにも情けない顔をしていたからだ。猫を被っている時ですら見ない、珍しすぎる表情に虚をつかれたとも言える。
視界の端で浅都が、不気味な物を見る眼で柏木を見ていた。
「祀・・・お前、明日の天気を槍にするつもりか」
「そんなこと出来るか、馬鹿が」
蔑む眼で浅都を冷やかに見つつ、柏木が不敵に笑った。
「俺に出来るのは精々、依久の三食全てをプロテインにするぐらいだ」
「どうやってやるのか気になるけど、やめてくれ・・・っ」
「筋肉が欲しいって、常日頃から言ってたのにか? プロテイン飲んでつけろよ」
「本当、勘弁してくれ!」
顔色を青くさせて懇願する浅都と、猫を被って穏やかに笑う柏木。
不気味だ。
雑音にまぎれる二人の会話。楽しげに笑う生徒はこちらに眼を向けず、友人、あるいは恋人と語り合っている。・・・この状況を見たら、彼らもきっと私と同じ心境になるだろう。
どうしてこうも、極一部を除いた全員が柏木の違和感に気づかないのか。
恐るべき、優等生の体面。
改めて、柏木の猫が大きすぎることを知る。
「あー・・・やっぱり混んでんな、食堂。ありさはどこだ・・・?」
ざわめきが大きくなって、柏木が鬱陶しげに顔をしかめた。
「持ち帰りにして、静かな場所で食べよう」
私に聞かない所を見るに、決定事項だな。
ああ、そうか。もう好きにしなよ。
諦めに息をつくと、誰かに肩を叩かれた。振り返れば、のほほんとした空気を纏う眼鏡をかけた友人――伊藤ありさ。
文学少女を連想させる格好をするありさは、相変わらず小道具として読みもしない本を持っている。今日はアガサ・クリスティが書いた、オリエント急行の殺人か・・・。
小道具として持つのは、ミステリーの女王に失礼だろうに。やはり一度、ありさに図書委員として苦言するべきか。
「冬歌はともかく、柏木が食堂に来るなんて珍しいわね」
くすくすと上品に笑いながら、ありさは恋人である浅都の傍へ自然と並んだ。
「悪い、待たせたか?」
「ううん。少ししか待ってないし、暇つぶししてたから平気」
本を浅都に見せてそう微笑むありさに、小道具扱いじゃなかったのかと些か驚いた。そうか、読んでたのか。
「人間観察って、楽しいわよね」
違った。
「それで、どうして柏木は冬歌の手を握ってここにいるの? しかも恋人繋ぎ。違和感がなくて逆に怖いわよ」
「へ? あ、本当だ」
「・・・冬歌に気づかせないなんて、恐ろしい男ね」
ありさに言われて初めて気づいた事実に、我ながらショックだ。
「別に。冬歌に昼飯を奢るために来ただけだ。長居はしない」
「ふぅん。じゃ、昼食を買いにいってらっしゃい。ああ、そうだ。柏木が買い物するなら私が冬歌を預かっておくわね。大丈夫、逃がさないようにちゃんと手を繋いで見張ってるから。ほら、離して放して」
言うや否や、ありさが私の手を掴む柏木の手を、容赦なく叩いた。
結構、良い音がしたよ・・・。浅都は恋人の所業にただただ、笑っていた。ありさも顔色変えず、微笑んでいる。強者だ、この恋人達。
私から手を放した柏木が、炯眼をありさに向ける。心臓の弱い者ならば気を失うほどに強い眼差しに、しかしありさは穏やかに笑うのみ。何だろう、虎と龍が背後に見える。
暫しの睨みあい。
柏木が叩かれ、赤くなった手の甲をさすると溜息をついた。
「お前ら、後で覚えてろよ」
「死んだ時に思い出すわ」
凍てつくほど冷たい柏木の声音にありさは怯むことなく、平然と受け流して笑う。
「ちっ、・・・依久。今日からプロテイン地獄、頑張れよ」
「え・・・? マジで?」
「お前の母親にお願いして、朝・昼・晩と毎食にプロテインを出してもらおうか」
「ちょっ、やめて! それだけは本気でやめてって!!」
昼食を買うべく、列に向かって歩く柏木の背を浅都が必至に追いかけた。そこまで嫌か、プロテイン。
「依くんに当たるなんて、柏木も子供ねー」
笑って言えるのは、ありさぐらいだろう。
いや、私も言おうと思えば言えるけど。後のことを考えると面倒で仕方ない。
「それで、どうなの?」
「どう、って?」
「冬歌の場合、恍けてる訳じゃないから性質が悪いわよね。鈍いってこともないのに、どうしてかしら?」
「はぁ・・・そうかな?」
気の抜けた声で返事をすれば、軽く頭を叩かれた。
「柏木よ、か・し・わ・ぎ。昨日までは普通の距離だったのに、今日になって過剰な程のスキンシップに恋人と間違うほどに近い距離。一部じゃ、『柏木と西城が交際した』なんて話も出てるし」
「デマです」
真顔で否定を口にすれば、ありさはつまらなそうな顔をした。
「交際が?」
「交際が」
「じゃあ、『西城が柏木に告白して、フラれたけど諦めきれずに柏木にアタックしている』って言うのは?」
「デマです!」
「そんな力を込めて否定しなくても・・・。大丈夫、一部の女子しか信じてないから」
その一部って、柏木に恋する乙女のことだよね。
ああ、何で私が柏木に告白しなきゃいけないのよ。天地が引っくり返っても、柏木に告白なんて・・・はっ。するはずない。
「わ、素晴らしく悪い顔。可愛くないから、普段の冬歌に戻ってくれる?」
「ひっひゃふな、いひゃい」
ぐいぐいと私のほっぺを引っ張るありさは、それはそれは生き生きとした表情でした。
「私としては、柏木がようやく冬歌に告白したのかー。って嬉しかったのに、違うの?」
「ひひゃう」
「本当に?」
「・・・」
凄みのある笑みに威圧されて、私は逃げるように視線をそらした。
「ふぅん。まぁ、そう言うことにしておきましょーか」
ぱっとほっぺから手を放し、ありさは楽しそうに笑った。
「それで、どうするの?」
「今度は何?」
「嫉妬に狂った女」
ああ、そのことか。
私は頬を撫でながら、ありさの次の言葉を待った。
「噂をうのみにした過激派や、今日のスキンシップの様子を見て邪推した人間が冬歌に何かするかも知れないわよ」
「一応、ちょっかいをかけてきたのには釘をさしたよ。だからまぁ、ありさ達まで巻き込むような馬鹿なことはしないと思う。てか、私がさせない」
「頼もしいけど、私が言いたいのはそうじゃなくて」
「私なら大丈夫だよ。皮肉なことに、そう言う耐性はついてるからね。それに、用心して護身グッズでも買うから」
「そうしなさい」
心配気味に私を見つめるありさに、私は苦笑した。
まったく。柏木のせいで面倒事が後を絶たない。肩を竦め、私は壁に寄り掛かった。柏木達はまだ帰ってこない。
「ねぇ、冬歌」
ありさが私の右手を、そっと握りしめた。
これは・・・柏木に言った通り、私が逃げないようにしているのかな?
「もういっそ、噂を本当にして柏木と付き合ったら」
「やだよ! 私は柏木と縁を切りたいのに、そんなの出来ない」
「幼馴染としての縁を切って、恋人として縁を繋げばいいじゃない」
うわ・・・、柏木と似たことを言っているよ。
「冬歌は柏木のこと、縁を切りたいほどに嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、縁は切りたい」
「矛盾ね」
くすりとありさが笑って、私と同じように壁に寄り掛かった。
「好きだけど嫌い、って言ってるのと同じよ。それ」
「や、違うでしょ」
「じゃあ、似たようなもの」
「屁理屈か。そもそも矛盾、してないでしょう?」
「してるわよ。好きだから縁を繋ぎたいの反対は、嫌いだから縁を切りたい。なのに冬歌は、『嫌いじゃないけど縁を切りたい』。これって矛盾じゃないの?」
小道具の本を眺める振りをして、ありさが薄らと笑う。
「後で悔やんでも、遅いわよ」
何だか、友人が柏木と縁を切るのを阻止しようとしている気がする。
悠乃然り、夏目然り、香坂先輩然り。まったく、何だと言うのだ。今更になって縁を切るなんて馬鹿らしいと言いたいのか、はたまた腐った縁は切れないから諦めろと告げたいのか。もしくは――別の思想か。
どれにしても、傍迷惑だ。
(縁を切りたいって思いは、変わらないからね)
願いが覆ることなんて、あるはずがない。
友人らの言葉に、心が揺さぶられるはずもない。
(変わるはずがない)
柏木と縁を切りたいと思う心は、石のように硬く揺らがない。
「それはともかく、冬歌。転校生が来るって話、聞いた?」
「香坂先輩から聞いたけど」
「あら、そうなの。じゃあ、いつ来るか知ってる?」
「知らない」
即答すれば、自分から聞いてきた癖に興味なさそうに返事を返された。
関心が薄いなら、話題にださなきゃよかったのに。私は眼を伏せて、息を吐きだそうとし・・・やめた。何だか、溜息ばかりついてる気がしてならない。
ゆるりと頭を振って、視線を上にあげる。
柏木達が見えた。どうやら、買い物を終えたらしいが・・・。女子と男子に捕まって動けないようだ。
何を話しているのか解らないが、浅都、君はすぐに戻ってきなさい。隣の恋人が不機嫌だよ。嫉妬してるよ。気づいて!
「落ち着いてね、ありさ」
「何言ってんの? 私は落ち着いてるでしょ?」
暗い嫉妬の炎を瞳に宿しての言葉に、説得力は微塵もないよ。
頬を引きつらせ、私は出来るだけありさから距離をとった。出来るならばもう少し離れたいんだけど、手を握られているから無理だ。
あの、ありささん。・・・力、込め過ぎ。私の手を握りつぶすつもりですか?
(狭量すぎるっ)
嫉妬深いを超えて、心が狭い! 話してるだけじゃな・・・・・・かった。抱きつかれてる。べたべた触れられてる。あ、腕にすり寄った。
「ふ、ふふ・・・人の恋人にちょっかいだすなんて、とんだ雌猫ね」
(怖っ)
浅都・・・恋人が怖いから、早く戻ってきて!
絶対零度の空気に、身体が凍りそうだよ。ああ、女子を睨むありさの眼力が怖い。そしてちらりとありさを見て、勝ち誇ったように笑う女子が恐ろしい。
異様な空気に何人かが気づいたようで、居心地悪そうに身を縮める。その内、何人かが流し込むように食事を平らげ、食堂から逃げ出した。
それ目撃し、私はそっと窓へ視線をずらした。
(外は平和だ)
桜の枝にとまり、鳴き声を奏でるウグイスにほっとする。
「おーい、ありさー」
浅都の叫びに、何となく眼を向けた。
「あっち、席が空いたみたいだから行こうぜ?」
どうやってあの女子の群れから逃げ出したのか知らないが、浅都が二人分の昼食を持ってありさに近づいてそう言う。ありさが放つ寒々しい空気が一瞬で霧散した。
(この変わり身の早さ。女って怖い・・・。ん? 浅都が持ってるのって)
浅都が持っているオムライスセットは、卵好きのありさの分かな? 焼き魚定食が浅都の分だとしても二つ、よくもまぁ、器用に持てるものだ。感心し、私はちらりとありさを見た。いつの間にか、繋がれていた手が離れている。
「そうね、そうしましょっか」
不機嫌を消して穏やかに笑うありさは、傍に来た浅都を愛おしげに見上げたその眼で、浅都にちょっかいをだした女子を冷やかに睨んだ。遠くで恨めしそうにありさを見ていた女子が、その眼差しに怯んで顔をそらす。
それを見て満足したのか、ありさが猫のように眼を細めた。
「じゃあね、冬歌」
「またな、西城ちゃん」
浅都からプレートを受け取ったありさは、浅都と共に空いている席へ向かって歩き出した。何やら楽しげに談笑しているが、生憎と会話は聞き取れない。
「逃げずに待ってたな、冬歌」
「逃げる機会がなかっただけだよ。・・・女子と話してたんじゃないの?」
「男子とも話してたが、それは嫉妬か?」
「はっ、ありえない」
鼻で笑ってやれば、柏木が肩を竦めて苦笑した。
「俺は事務的な話。浅都みたいに女子にひっつかれるようなこと、してないよ」
「柏木に抱きつくことが出来る、積極性と行動力、度胸をもった女子なんて早々にいないよ」
「そんなに俺は近寄りがたいってことか」
「悠乃と霧生曰く、柏木を神聖視して、恐れ多くて出来ないらしいよ」
「あほか」
悠乃達に言ったのか、はたまた柏木を神聖視する人間に言ったのか。どちらにしろ、私には関係ない。
柏木は鷲ヶ丘高校の校章が書かれた紙袋を持つ手とは逆の手で、私の手を掴んだ。うん、逃げないから止めない? うんざりとしつつ柏木を見上げるも、素知らぬ顔で手を引っ張り出した。ああ、うん。無視ですか・・・。
がくりと肩を落として、私は柏木に歩調を合わせた。
「そう言えば、なんで学校なのにカフェメニューが充実なの?」
ついでに、テイクアウトが出来るのも謎だ。
「ああ・・・確か何代か前の生徒会長が、『カフェメニューが食べたい』と言う生徒の要望を受けたから実現されたって話だけど」
「それで実現するって、どんな生徒会長よ」
「歴代の生徒会長は皆、一癖も二癖もある強かな御仁らしい。テイクアウトはその次の生徒会長が実現させたそうだ」
それでいいのか、鷲ヶ丘高校。
「・・・誰か、文句を言わないの? ここ、学校だよ。釣り人とか家族連れがよくいるけど、学校だよ?」
「今更だろ、それ」
柏木が呆れたように息をついて、ついっと視線を横に動かした。
つられて眼で追えば、食堂で買ったであろう品物を中庭で食べる釣り人や親子連れの姿がある。・・・見慣れた光景だ。
「学校関係者以外が校内にいることを、歴代の校長が容認してるから誰も文句を言えない」
「いや、そうだとしても・・・」
「食堂にしたって、メニューが増えたことでどこの、とは言わないが利益になってるし。活性化に繋がるならいいんじゃないかって、市役所の人間と市長が承諾したから」
「それ、いいの?」
「不審者対策は万全で、警察も巡回に来るこの学校で危険なことなんて起こらないだろうし。いいんじゃないのか?」
確かに、この学校は異様に平和だけど・・・。
いや、うん。深く考えるのはやめよう。頭が痛くなりそうだ。こう言う、面倒なことは偉い人がどうこうすればいい。よし、忘れよう。
「ねぇ、柏木。どこに向かって歩いてるの?」
とりあえず、話題を変えてみたら柏木が楽しげに笑った。
「静かな所」
「や、だからそれって何処?」
「冬歌がよく知ってる場所」
え、それって・・・・・・。
「まさか、図書室とか言わないよね? あそこは飲食禁止なんだけど」
「司書室は違うだろ」
確かにそうだけど、そう言う問題じゃなくて。
「ほら、早く行くぞ」
「引っ張らないでってば!」
まぁでも、伏見先生に昨日のことを謝罪するには丁度いっか。