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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
糸遊結びて
5/42

理解したくない 2

お気に入りありがとうございます。

「そうそう、昨日も面白い物を見させてもらったわ。ありがとう」

私の答えに納得したのか、してないのか解らぬまま、悠乃はこの話は終わりとばかりに話題をあっさりと変える。纏う空気すら一変させる変わりようは、こちらを唖然とさせるほどに見事で・・・・・・ん?

昨日“も”?

首を傾ける私に、悠乃が笑う。それはもう、直視できないほどに輝かしい笑顔で。

「図書室から全力疾走する冬歌は、見ていて中々に面白かったよ? 顔を真っ赤にさせて、泣きそうに眼を潤ませて・・・周囲を気にする余裕もなくまさに脱兎が如く走る冬歌って、文字通り兎みたいで愛らしいよね」

「み、見て、見てたの?!」

「うん、ばっちりと」

眼の前が真っ暗になった。

た、確かにどうやって帰ったか記憶してないけど、そんな・・・恥以外の何でもない場面を大勢に目撃されていたと?! 血の気が引く音が聞こえて、同時に目眩がした。

「はいはい、逃げないで。顔も隠さなくていいじゃない」

「放してぇぇぇ!」

悠乃に掴まれたままの腕を我武者羅に動かすも、まったく外れる気配がない。逆に悠乃の笑顔が深まり、瞳が楽しげに輝いている。

畜生、人ごとだと思って。

羞恥に涙腺が緩んで、視界がぼやける。

「ああ、確かに可愛かった。西城のあの姿は小動物を連想させて思わず写真に撮る程・・・・・・あの、柏木。無料でネガごと写真をやるから、その振り上げた手を降ろしてくれないか? あと、そんな西城を見てた奴も教えるから」

「そんなの当然だろうが」

何でだよ。

もう、柏木と霧生の台詞に声を出してツッコむのも億劫だ。ああ・・・学校、やだな。

目撃者がいるってことは、昨日のことを少なからず知っている人がいるってことで・・・いや、待てよ。

あの図書室に、私と伏見先生、柏木以外で誰かいたっけ? ・・・いなかった、はず。

とすれば、だ。柏木が図書室に来た時点で伏見先生は司書室に閉じこもり、私にとっての闇に葬り去りたいあの事件現場は、司書室から見えない場所で起こったから・・・。

うん、被害者と加害者以外にアレを知っている人間はいない。よし、大丈夫!

「ところで柏木君。冬歌に告白して、突き飛ばされたって本当?」

何で知ってるの?!

「ほほう・・・。その驚いた顔に焦りを見せる瞳。冷や汗を流している冬歌の様子を見るに、私の願望ではなくて事実なのね。ああ、素敵」

・・・私って、そんなに判りやすいかな。

顔を覆う手で頬をぐにぐにと動かすけど、まったく解らない。息を吐き出して、肩を落とす。どうせなら、悠乃の願望で終わらせたかったよ。そして何故、ピンポイントで当てる。悠乃、恐ろしい子・・・っ。

あまりのことで、涙すら止まったよ。

「本当、冬歌って顔に出やすいわよね」

「ポーカーフェイスになりたい」

「素直ってことなのに、拗ねないでよ」

笑いながら言っても、説得力はありませんよ。

不貞腐れて悠乃からそっぽを向けば、皮肉なことに元凶である柏木の姿が視界に映った。

「西城を真っ赤にさせるなんて、キスでもしたのか?」

「いや、手にしただけ」

「え、それだけで真っ赤? 初だな、西城って」

「それがいいんだよ。俺が好きに染められる」

「あー・・・うん、成程。同意はするが程々にしろよ? 逃げられたら洒落にならねぇぞ」

「それ、雷歌にも言われた」

私達の背後で、呑気に歩きながら何を言っているのかと思えば・・・。そう言う会話は、私に聞こえないようにしてください。ああもう、あの状況を思い出しちゃったじゃない。霧生の馬鹿っ。

どうせ私は恋愛初心者ですよ。恋愛する機会を悉く、柏木に潰されたせいで皆無だよ。初だと笑いたければ笑えばいい。

「恋愛初心者の冬歌にとって、手に口付けされたってだけで赤面することなの! それに何より、そんな反応をする冬歌は可愛いのよ!」

「やめて、私の精神を削らないで」

力なく言ったせいか、悠乃の耳にはまったく届いていない。

「ねぇ、冬歌」

無駄に輝いた瞳で、私を見ないでくれるかな? 悠乃。

「R指定は流石に純な冬歌には早いだろうけど、私と一緒に恋愛ゲームをして経験値を積み上げてみない?」

「二次元でどう、経験値を上げるのよ」

「臭い台詞の耐性はつくわ。あと、無駄にいい声の耐性も」

・・・ああ、そうですか。

「遠慮します」

話を聞いたりするのはいいけど、私をソッチの世界に引きずり込もうとしないで。いや、別に偏見はないよ? ただゲームって私、苦手で・・・。

「パズルゲームすらクリアできない冬歌に、何、勧めてんだ」

「パズルゲームより簡単なんだから、冬歌にだって出来るわ」

「人には不向きってもんがあるんだよ。諦めろ、佐伯」

「えぇぇぇぇぇぇ」

不満そうな悠乃だが、柏木の言葉に渋々と頷いた。了承した、と言うことか。

何だか、この数分で恋愛初心者と言うこととゲーム音痴と言うことが暴露された。あははは、泣いていいかな? それとも自棄になった方がいいのかな?

思わず遠い眼をしちゃったよ。

「――――あれ?」

霧生が不思議そうな声を出した。

「風紀委員が校門にいるんだけど・・・何かあったっけ?」

パシャリと写真を撮りつつ、柏木に聞いている。

「服装検査」

質問に対する柏木の返答は、実に簡潔だったって・・・はい?

「それ以外の何に見えるんだよ、眼科行ってそのまま失明しろ霧生」

「酷いっ!」

暴言に霧生が泣いた。

だが柏木のそれは通常のことなので、霧生の涙もすぐに止まる。現に霧生は何事もなかったかのように制服を正し、カメラを鞄に仕舞っていた。

慣れって恐ろしい。

「普段から品行方正なら、風紀委員に眼をつけられることもない。そうだろう、冬歌?」

柏木の密着具合が鬱陶しい。

いつの間にか傍に来て、私の肩を抱き寄せた柏木に冷ややかな眼を向けた。こう言う行動は、恋人にしろ。

大事なことなのでもう一度言おう。恋人にしろ。

「近づくな、離れろ、くっつくな変態」

「誰が変態だ」

私の肩を抱く柏木の手を加減なく叩いたというのに、放す素振りがまったく見られない。逆に密着度が増した。そのせいで、周囲にいた女子生徒の悲鳴が轟く。「羨ましい」やら「嫌ッ」って・・・私が嫌だよ。

腕を掴んでいたはずの悠乃は、気がつくと霧生と一緒にニヤニヤとしまりのない顔をして私達を見ている。腹立たしいほどに、イラつく笑みだ。

そうやって笑ってるのってさ・・・、人ごとだからかな?

ああ、そうか。そうだね。所詮、他人事だもんね。

他人の不幸は蜜の味って奴だから楽しいんだね。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

二人とも、後で覚えてろよ。

「!?」

視線に殺気でもこもっていたのか、悠乃と霧生が同じタイミングで身体を振わせ、青白い顔をした。何だろう。ちょっとスッキリ。

「おはよう、冬歌」

ハスキーボイスが私の名を呼んだ。

ので、挨拶を返す。

「おはよう、(こよみ)。今日も変わらず、男装なんだね。それでいいの、風紀委員?」

中性的な顔立ちに凛とした雰囲気を持つ、見た眼だけならば柏木と同等の美男子。最早、麗人の域を超えた私の友人――東雲(しののめ)暦は正真正銘、女である。

今日も変わらず、似合いすぎる男子の制服を着ての登校。

本当、これでいいのか風紀委員。

生徒の見本になってないんだけど?

「委員長が、『似合うからいいんだよ、この性別迷子』って・・・。何だかよく解らないけど、褒めてくれたんだ」

それ、褒めてない。

「確かに。そこらの男より男らしいからな、東雲は」

「ああ、おはよう。柏木会長。今日は何だか・・・・・・冬歌にやけにくっついているけど」

柏木の拘束から逃げ出そうとする私を、暦が不思議そうに見つめる。

「うん・・・まぁ、仲良きは美しき・・・かな?」

「そうだろう」

疑問符を浮かべつつ首を傾げる暦に、柏木は上機嫌で笑う。

ただでさえゼロに近い距離が、さらに狭まった。ああ、女子生徒の声が耳に痛い。げんなりとしつつ、私は柏木の手を捻り上げた。流石に痛かったのか、上機嫌な顔が不機嫌に変わる。

じとりとした眼が私を見下ろすが、負けじと睨み上げた。

無言で告げる。――手を放せ、と。

すれば流石は幼馴染と言うべきか、読み取った柏木は仕方がないとばかりに肩を竦めた。腰を屈め、私の耳元でそっと囁く。・・・女子生徒の劈く悲鳴がより一層、酷くなった。

「今日の昼、俺とメシ食ってくれるなら」

吐息が耳に当たってこそばゆい! 顔が赤くなりそうなのを根気と根性で抑え、平常心に努めた。そこの友人二人! 「無駄な努力」なんて苦笑しないでっ。

「ちなみに、拒否したら教室までこのままな?」

・・・・・・おのれ、柏木め。

「わかった。わかりましたよ! 一緒に食べればいいんでしょう」

「そう自棄になるなよ。昼飯、奢ってやるから。何が食べたい? 冬歌が好きな物、何でも奢るよ?」

「何でも・・・?」

「確か冬歌、クラブサンド好きだったよな。それに珈琲もつけて、学食で買ったら一緒に食べよう」

柔らかな笑顔が私を見下ろす。

本日二度目の、懐かしい顔。

そんな柏木を見ると、何故だか私は上手く言葉が出ない。口を閉ざし、否定も肯定も出来ずにただただ柏木の話に耳を傾ける。その笑顔を見た友人三人も、悠乃と暦は驚いたように眼を見開いて、霧生は物珍しさから写真を撮っていた。

直後、私から離れた柏木に叩かれていたが。余談だが、他生徒はそれに気づいていない。見えないように叩いた柏木は、無駄に器用だ。

「はぁ」

・・・・・・どうした、私。

たかだか懐かしい笑みを見た程度で、悪態もつけないとはコレ如何に。自分に吃驚だ。

首を傾げる私の両肩に、ずしりと重みが加わった。ついでに、背中が痛い。恨みがましく振り返れば、満面の笑みの悠乃がいた。

「朝から素晴らしき青春、ありがとう」

嫌味か。

「恋愛ゲームだと幼馴染は攻略対象になりやすいけど、それ故に関係性が濃厚で恋慕の情も深くてクリアする度に『報われて良かった』と思うことが多いのよね」

私にだけ聞こえる声で話す悠乃に、あえて聞こう。

――だから何?

「攻略しやすいのが幼馴染だけど、冬歌は逆よね」

「それはどう言うことだ、悠乃?」

「あら、おはよう。暦。相変わらず素敵な麗人具合ね。似合いすぎて笑えないわ。でも麗人キャラは恋愛ゲームでも最近ではじめて、まさかの友人エンドと百合エンドが」

「すまないが、ゲームの話はまた今度にしてくれ」

「・・・仕方がないわね」

暴走しそうな悠乃に、停止の言葉をかけた暦。私はそっと、暦に拍手を送った。

「簡単なことよ」

不満そうな顔を笑顔に変えて、悠乃が言う。

「冬歌の心は手に入りずらい。――つまりは攻略が難しい、ってこと」

「成程」

古臭く、手をポンと叩いた暦は憐れむ眼を柏木に向けた。・・・何故?

「柏木会長が視線を向けただけで、あの美人だけど堅物で有名な美術部長が恋したのに」

それって和服が似合いそうな、凛とした雰囲気を持つ・・・。

「ああ、眼鏡美人の井上(いのうえ)先輩ね。確かの先輩が柏木君と眼が合った瞬間、先輩の周りで花が舞った幻覚を見たわ」

「人が恋に落ちる瞬間を初めて見たよ」

しみじみと言って、二人はそろって私を見た。悠乃が私の肩から両腕を退ける。

・・・え、何?

二人とも何でそんな、真剣な顔をしているの・・・?

「冬歌は柏木会長の視線の意味を、もうちょっと真面目に受け止めた方がいい。相手に失礼だ」

「へ?」

「そうね。素っ気ないどころか冷た過ぎて、流石に柏木君が可哀想になるわ」

「は?」

「まぁ、冬歌につれなくされて落ち込む柏木会長を、『憂いを帯びていて格好いい』と惚れなおす女子は多いけどね」

「そうね。『寂しげな会長も素敵だわ』って、さらに恋心を膨らませる子もいたわね」

ごめん。二人が何を言っているのか、理解できない。

可哀想って誰が? 落ち込むって何で? それ、柏木違いの別人じゃないの? 頬を引きつらせ、乾いた笑いを浮かべる私に気づかず、二人は話を続ける。うん、もう私はついていけない。

そっと二人から離れ、周囲を見渡す。

猫を被った柏木が、風紀委員長と会話をしている。それを女子生徒が熱のこもった眼で、男子生徒が尊敬と畏怖を込めて見ていた。さらにそれを霧生が写真に撮り・・・。

息を吐き出して、止めていた足を動かす。

赤の他人以上、友人未満の適度に仲が良い同級生や後輩、先輩が私に挨拶をする。それに返事を返しながら、下駄箱へ向かう。

「柏木様、今日も素敵だったわ」

なんて声が聞こえて、ただでさえ下降気味の気分がマイナスになる。

きゃっきゃとガールズトークをするのは良いが、私を見た瞬間に嫉妬と恨みを込めて毒を吐かないで欲しい。柏木を素敵と言った口で、私に対する悪口。女子って怖い。

靴を履き変えて、私を睨みつける女子の脇を通り過ぎた。

その際、女子の一人が足を伸ばして私を転ばせようとしたが甘い。そんな手口、昔に散々味わったわ! 引っかかってやるほど優しくないので、素知らぬ顔で横切る。悔しげな声がしたが、気にしない。

今更、この程度の嫌がらせで怯むほど可愛らしい精神はしていませんって。

ああでも、精神面と衛生的なことで私が不愉快に感じたり、友人を巻き込んだら・・・ね?足を止めて、背後を振り返る。びくりと判りやすいほどに身体を振わせた化粧が派手な女子に、薄く笑う。

「下手なことしたら、やり返すからね?」

「!?」

ブリキ人形のように首を縦に動かす女子生徒から眼をそらして、ふいに思う。

あの派手な化粧でよく、風紀委員の検問を回避できたものだ。どうでもいいことだけど。

「平穏が欲しい」

ぽつりと呟いて、通夜のように静かになった背後を気にすることなく歩きだす。

廊下を歩いて、階段を上って。ちらりと窓を見た。グラウンドで野球部とサッカー部が朝連に勤しんでいる。賑やかな声を聞きながら、教室の扉を開けた。

喧騒が一瞬だけ静まり、すぐに何でもないように戻る。

静かに読書をする男子生徒。

机に伏せって眠る女子生徒。

化粧をしながら談笑する女子生徒。

ふざけつつも楽しげに笑う男子生徒。

常となんら変わらない日常。

着ていた上着を私の名前が書かれている場所に下げ、自席に向かう。さ行と言うことで真ん中の前から三番目の席。ちなみに暦は一番後ろ。羨ましいことだ。

席に座って、鞄をかける。

「ふぅ・・・」

眼を瞑って、すぐに開けた。

ちらりと、柏木の席を見た。入口にある席の、真ん中。

そう言えば、小学校から同じクラスだったような――。

ぼんやりと思いだして、腐れ縁すぎだと頭が痛くなった。

ぐっと背もたれに身体を預ける。天井を仰ぎ見た。蛍光灯の光が眩しくて、眼を細める。

「よっ。朝っぱらから疲れた顔して、どうしたんだよ西城」

夏目(なつめ)

ぽん、と肩を叩かれたので視線を動かせば、酢昆布を咥えている夏目幸一(こういち)が不思議そうに私を見ている。長身を屈め、私と眼を合わせる夏目の額にデコピンをした。

「それ、君に言われたくないよ。いつも気だるそうな癖に」

「俺は俺。西城は西城」

「屁理屈」

「そうか?」

屈託なく笑って、夏目は猫や犬のアクセサリーがついた鞄を自席に投げた。

「うお、危なっ! 当たる所だったぞ、夏目!」

「そりゃ、運動神経と運が悪かったってことで諦めろ」

「誠意がねぇ!!」

まったくだ。

呆れつつ、前の席に無断で座った夏目に首を傾げた。うん、何でじっと私を見る?

「酢昆布しかないけど、食べるか? 疲れた時は酸っぱい物だろう」

「甘い物の間違いじゃない? 遠慮しとく」

残念そうな顔をする夏目に、私はさらに首を傾げる。

取りだした酢昆布の箱をポケットに戻して、夏目は咥えていた酢昆布を食べ出した。

「――――で?」

「うん?」

「何で朝っぱらから疲れた顔してたんだ?」

何でって・・・それは勿論。

「柏木関係だよ」

それ以外に何があるっていうの? そう言う意味を込めて夏目を見れば、楽しげに笑って「どっち」と聞いてきた。

どっちって・・・どっち?

解らなくてきょとんとする私の頬を、夏目がつつく。やめい。

「柏木に恋する女子か、柏木当人か」

「・・・・・・、・・・・・・・・・・・・柏木当人だよ」

「随分と間をあけたな。これは、柏木に何かされたのか? 例えばそうだな・・・告白、とかキスとか」

「!」

「お、図星か。本当、西城って解りやすいよなー・・・痛てぇ!」

ケタケタと笑う夏目の足を、力一杯に蹴った。

夏目の叫びに視線が集まったが、私が何でもないと告げるとすぐに霧散した。クラスメイトは結構、薄情だな。心配する声すらないとは。

若干の憐れみを夏目に向け、けれど私は謝罪しない。

面白がった夏目が悪い。

「脛を蹴るな、脛を・・・っ」

涙眼で私を睨む夏目だが、まったくもって怖くない。

「地味に痛てぇ」

痛みに悶える夏目から視線を動かし、窓へ向ける。

空は雲一つない快晴。

桜の花弁が春風に乗って、空を彩っている。綺麗だなーと思考をそちらに向けて、けれど別のことを考えた。

(どうやって柏木と縁を切ろうかな)

繋がった糸を切るのは難しいのは解っていたが、予想以上に道は険しい。溜息をついた。

(面倒くさい・・・からって、諦めたら私の平穏が遠ざかるし胃が確実に荒れて、終いには穴があきそう)

無意識に腹部に添えた手を退けて、頬杖をつく。

どうやったら柏木は頷くだろうか。

何をしたら柏木は縁を切ってくれるだろうか。

考えてみるが、中々答えは出てこない。

「どうしようかなー」

「何が?」

呟いた声に夏目が反応した。視線をそちらに向ければ、痛みが和らいだのかけろりとした表情で酢昆布を食っている。

気のせいでなければ、机の上に酢昆布の空箱がある。あの短い時間でどれだけ食べたんだ。

「んー、ちょっと柏木と縁を切る方法を模索中してて」

「は?」

夏目が間抜けな顔をした。

「円満に且つ、円滑に縁を切る方法ってないかな」

「は? え? 冗談?」

「本気」

「・・・悪いことは言わない。やめとけ、西城」

私の両肩に手を置いた夏目が、やけに真剣な顔で言う。

え、何・・・怖いんだけど。

「お前の未来のためにも、それだけはやめた方がいい」

「縁を切った先の未来で、私はどうなるの!」

「憶測でいいなら語るけど」

「いや、ごめん。うん、私が悪かった。言わないで」

真顔な夏目から、私は顔をそむけた。

世の中、知らない方が身のためってこともあるよね・・・。あははははははははっ。

切実に訴える夏目に乾いた笑いを浮かべつつ、私は心の中で涙した。縁を切りたいのに、それをしたら一体、私の未来はどうなるんだろう。ああ、考えたくない。

「どうかしたのか、二人とも?」

「何かあったのか?」

教室に現れた暦と柏木が、私達を不思議そうに見て首を傾げた。

言えるか。

私は夏目と眼を合わせ、そろって「何でもない」と答えた。むしろ、それ以外に何が言えようか。

それに疑問を覚えた柏木がさらに何か言おうとして、けれどタイミングよく鳴ったチャイムにより口を閉ざした。ちらりと私を見てから渋々と自席に戻る柏木の背を見送り、私は項垂れた。

どうしよう。

前途多難すぎて、胃が痛い。

・・・一限目が終わったら、保健室で胃薬を貰いにでも行こうかな。

教室に入って来た教師を見ながら、私はそう思った。


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