切って繋いで
誤字脱字を見つけ次第、直します。
好きだから縁を切りたいと告げた私に、柏木は何を思っただろう。
呆れたか、はたまた西城冬歌に愛想をつかしたか。後者だとしたら、私がどんなに頑張っても柏木は想いを戻さないだろう。――――確実に。
そんな予感と言うより、確信を持っているから柏木を見るのが怖い。
のだけれど、それじゃあ話は続かない。息を吐きだして、覚悟を決めた。
「あのね、柏・・・・・・木?」
口元を隠すように右手で覆い、そっぽをむく柏木に首を傾げた。
「何、照れてるの?」
「いや、だって」
両耳が赤いからそうだと思って聞けば、肯定されて逆に驚いた。
照れる要素って・・・あれか? 私の告白か? え、柏木がその程度で照れるの!? 思わず凝視すれば、普段見ることがない貴重な柏木の赤面が拝めた。・・・わ、珍しい。
写真を撮りたいほどに珍しい。
「悪い、話の続きだけど別に言わなくていい」
視線を合わせないまま、柏木が告げる。
「てか、冬歌が俺に告白したことが幸せで・・・・・・死ねる」
「安い幸せだね」
「今までが今までだからな。・・・ほんと、報われた」
しみじみと告げる柏木に、何だか申し訳ない。――――が。
「私、縁を切りたいって言ったのに・・・怒らないの?」
「何で?」
「え? や、何でって・・・」
「幼馴染の縁を切るってことだろ? で、新しく恋人の縁を繋げる――ってことだろ?」
流石は柏木。
あんな言葉足らずでよく解った。
思わず拍手をすれば、呆れられた。赤かった顔も通常に戻り・・・いや、不敵な笑みを浮かべて私へと手を伸ばす。なんだ、嫌な予感がする。
――――その予感通り、ぐっと腕を掴まれて身体を抱きしめられた。
予想できた展開に溜息をつけばいいのか、赤面すればいいのか。慣れたせいでどちらも出来ず、何とも複雑だ。
「幼馴染との縁を切ったら、俺達は晴れて恋人ってことだよな」
「まぁ、そう・・・だね」
「付き合うんだし、キスしてもいいよな」
「へ?」
「いいよな」
有無を言わせぬ声音に、けれど頷くことも拒否も出来ずに唖然とした。
とりあえず――――口をガードしておいた。
「・・・駄目か」
しょんぼりと項垂れる柏木の頭に、犬の耳が見えたのは錯覚だ。幻覚だ。気のせいだ!
と言うよりも、しょげる姿すら珍しい。可愛いと思えて頭を撫でて、はっとする。相手は柏木だ。可愛いと思うこと事態間違えている。
だと言うのに、気持ちよさそうに眼を細める姿が・・・その、何と言うか。普段見慣れている柏木と違って・・・違いすぎて、可愛い。可愛すぎて、心臓がおかしい。顔が絶対に赤くなっているのが解る。
ああ、相手は柏木なのにっ。
溜まらず柏木から視線をそらし、深呼吸をする。
落ちつけ。
落ちつくんだ、私。
相手は柏木。
柏木相手に可愛いと思うのは間違っているっ!
「なんだ、もう終わりか」
名残惜しげな声すら可愛いと思えるのは、絶対に間違いだっ。
「冬歌に頭を撫でられるなんて、随分と久しぶりだからもう少し撫でて欲しかったんだが」
「そう・・・だっけ?」
「小学になった途端、頭を撫でることをしなくなったよな」
「そうなの?」
「そうだよ。小学高学年になったら手を繋ぐのも嫌がって、中学になったら名前呼びから名字呼びに変わったし」
「・・・なんか、ごめん」
不貞腐れる柏木に謝れば、するりと頬に擦り寄られた。動物みたいだなとぼんやりと考え、背中に回された腕をどうにか解こうと躍起になる。・・・無理だった。
諦めてされるがままになれば、抱きしめる腕の力が僅かに強くなる。
まるで縋るようだなと思いつつ、柏木を見た。
「いいよ、謝らなくて。冬歌がそうなった理由も俺だから、責められないし謝る必要もない」
まぁ、柏木に恋する乙女が原因だからね。
「けど、だ」
私を抱く腕を弱め、額を合わせて顔を近づけた柏木がにこりと笑う。
そう、にこりと。やけに綺麗で、けれどまったく笑っていない瞳で。にこりと笑う柏木は空恐ろしい。
ぞっと背筋が寒くなった。
「俺達はようやく両想い。恋人になった訳だから、俺のこと前みたいに呼ぶだろ」
疑問形でもないそれは、もはや強制だ。
「嫌だよ今更、恥ずかしいっ」
「呼ばないなら、もっと恥ずかしいことをするだけだ」
「何それ!?」
何をするつもりだこの野郎っ。
怪しく動く手を叩き、柏木を睨みつければなんら堪えていない。むしろ楽しげに笑っている。・・・おのれ。
「照れ隠しで耳を引っ張るな。地味に痛い」
「煩い馬鹿」
「てか、冬歌が大人しく俺の名前を呼べば済む話だろ? 何で嫌がるんだよ」
「さっきも言ったけど、恥ずかしいの。今更・・・・・・名前なんて」
「俺は呼んで欲しい」
「ぅぅ・・・」
懇願した声を出すな。そんな捨てられた子犬みたいな眼をするなっ。
柏木のくせに可愛いなぁ、もうっ!
「呼べばいいんでしょ、呼べば・・・。でも、その前に私のお願い叶えてくれる?」
「冬歌の願いなら、別れるとかそう言うやつじゃないなら叶えるよ。俺に出来る範囲なら」
柏木なら何でも出来るよ、絶対。
「難しいことじゃないし、どちらかと言えば簡単だと思うけど・・・柏木なら」
「名前」
「・・・・・・・・・後でね」
これは名字呼びの度に修正がはいるのか。
面倒くさい。
「それで、お願いって?」
「・・・・・・言って欲しい」
「何を?」
「・・・」
「冬歌、言わないと解らないぞ」
そうだけど、いざ、言葉にすると恥ずかしいんだよ。
「・・・って」
「ん?」
「好きって、言って欲しい」
告げた言葉が恥ずかしくて顔を俯かせた。ああ、何てことを口走ったんだ私。ガラじゃない。こんなの西城冬歌じゃないっ! 誰だお前、偽物だ! いや、本人だから偽物でも何でもないんだけどっ。
・・・・・・で、あの、柏木。
何か反応してくれない? 無言って一番、堪えるんだけど。
ちらりと視線だけ動かし、柏木を見れば何だか酷く驚いた顔をしている。
かと思えば、破顔した。
「可愛いな、冬歌は」
どこがだ。
柏木の眼は腐ってる。
「――――好きって言葉じゃ足りないほどに、愛してる」
耳元で囁かれた声は、酷く艶っぽくて甘い。
「恋しくて、恋しくて、焦がれるほどに求めて」
するりと柏木の右手が私の頬を撫でた。
「報われない想いに狂いそうなほどに、冬歌が好きだ」
瞼に口付けられ、首筋に顔を埋める。
「愛してる、愛してるんだ。冬歌だけを。冬歌しか、俺は愛せない」
そっと背中に腕を回し、抱きしめる柏木が小さく息を吐きだした。
「女は冬歌以外はいらない。冬歌しか俺は求めない。焦がれない。恋しくならない」
・・・そこまで行くと、ちょっと重い。
「冬歌だけがいればいい。――――そう思うほどに、俺は冬歌を愛してる」
これは・・・なんて言えばいいんだろう?
確かに好きと言って欲しかったが、この言葉が欲しかった訳じゃない。てか、こんな台詞を望んでいない。何がどうしてこうなる。
柏木の思考回路が解らない。
いや、解りたくない。
「冬歌は、俺のこと好き?」
「・・・好き、だよ」
「焦がれるほどに愛してる?」
「・・・それは、解んない」
いや、真面目に。
「柏木が私に向ける想いと同等じゃないとは思うけど、私は柏木が好きだよ」
自分で言って、照れる。
・・・本当、ガラじゃない。
「名前。――名字じゃなくて、名前で呼べって」
拗ねたように柏木が言う。
「俺は冬歌の願いを叶えただろ? なら、今度は冬歌が叶える番だ」
「・・・」
「なぁ、冬歌」
甘くねだるような声に、身体が痺れる。
なんでこんな声が出せるんだ、こいつは・・・っ。
「・・・ま」
「ん?」
「まつ、・・・ま、まつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとまって」
駄目だ、何か凄く恥ずかしい。
久しぶりに名前を呼ぶのが、こんなに度胸がいるとは思わなかった。動悸が激しい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祀」
「もう一回」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・祀」
「もう一回」
「・・・・・・まつ、り」
「もう一回」
「ま・・・つり」
名を口にする度に柏木・・・祀は嬉しそうに微笑み、もう一度と懇願する。何度も何度も繰り返せば、恥ずかしさはなくなるけど何と言うか・・・呆れた。何が楽しいのか解らなくて、溜息をつく。
するりと、頬ずりされた。
「冬歌・・・やっと、俺のモノだ」
泣きそうな震えた声で告げる祀に、私は何も言えない。
「ようやく・・・手に入れた」
子供みたいに私に縋って、きつく抱きしめる祀の背に腕を回す。祀が嬉しそうに笑った気配がした。
首元にあたる祀の髪がくすぐったく、けれど離れたくなくて我慢する。・・・ああ、私はこんな人間だっただろうか? 少なくとも、前までなら恥ずかしくて逃げてたな。あれって、よくよく考えれば好きだから逃げてた――ってことだよね。
うわ、馬鹿だ。
そんなことにすら気づかないなんて、本当に馬鹿だ。
苦笑すれば、祀が不思議そうに私を見る。だから誤魔化すように祀の頭を撫でた。
「それにしても・・・どうしよう」
「何が?」
「柏・・・祀のことが好きな恋する乙女を敵に回すのは面倒だなーって。あと、悠乃達に報告するのも。からかわれそうだし」
「ああ・・・後者はともかく、前者なら何とかなるぞ」
祀が言うと、本当にそうなりそうだ。
「と言うか、そんな心配する必要はない」
「何で?」
「何でも」
妖艶に笑って、祀は私を抱きしめたまま後ろに倒れた。え、ちょっと?!
祀を見下ろす・・・よりは押し倒す体勢に、どうしていいのか解らず身体が硬直した。何でこうなる!?
「解らないのか、冬歌?」
出来の悪い子供を見る眼で私を見るな。
「俺達、関係が変わっただけで後は何も変わらないんだぞ?」
深く考えず、言葉通りに受け取れば・・・つまり、そう言うことですか。何と言うか、嬉しいような悲しいような。心中複雑だ。
「と、言う訳で」
祀が良い笑顔をして、私の髪を撫でる。
「恋人らしくいちゃいちゃしようか」
「しない!」
言い終わる前に祀を殴った私は、悪くない。




