不吉な言葉
誤字脱字を見つけ次第、直します。
いつかは不明
緊張で寝れないと思ったが、ベッドに入ったらおやすみ三秒だった。誰だよ、心臓がもたないかもって不安になったの。・・・・・・私か。
単純だと、自分を笑えばいいのか泣けばいいのか実に微妙なところである。
――――学校のない、土曜日の朝10時。
私は現在進行形で何故か、ソファで柏木に膝枕をしています。
おかしいな、流しで朝食の片付けをしていたはずなのに。
柏木に声をかけられ、振り返ったら無言のままに抱きあげられて・・・・・・そこから解せん。抵抗する私を無視し、ソファに座らせたと思ったら勝手に、私の許可なく膝を枕にして寝始めた。解せん。
床に落としてやろうか。半ば本気で考えたけど、気持ちよさそうに寝ている柏木を見てその考えが消えた。・・・が、かれこれ15分はこの状態のまま。正直、人の頭って重いから膝が痛い。しびれてる気がする。
やっぱり強制的に膝から退去させるか。恨みがましく柏木を見下ろして、安心しきった寝顔に憤怒が消えてしまう。その繰り返しで、いやはや・・・どうしたものか。
息をついて、天井を仰いだ。
「こう言うことに拒否しないから、駄目なのかな」
「俺は嬉しいから良いけどね」
「・・・・・・・・・いつ、起きた」
「最初から。こんな俺得状態で寝れるほど、図太い神経はしてないよ。むしろ緊張で寝れない。いや、冬歌から良い匂いがして寝れそうだけど、寝るのがもったいなくて」
「匂いとか言うな!」
柏木を膝から落とした私は、悪くない。
「・・・・・・っう。冬歌の愛が痛い」
「愛なんてかけらもないんだけど」
「そう言うことにしておくか」
「・・・何でそんな嬉しそうな顔で笑うの? 変態? 近寄らないで」
「変態じゃないからそんな蔑む眼を向けるな。まったく」
やれやれと肩を竦めて、柏木が隣に座った・・・っておい!
「ちょっと、隣に座らないでよ」
「別にいいだろう。ああ、今度は俺が膝枕してやろうか」
「いらない、いらないからこの手を放せ!」
「つれないな」
「もう本当、家に帰れ!」
どうせ隣なんだから、何かあれば呼ぶから!
だから本当に頼むから、家に帰ってくれ。昨日は泊まってくれて嬉しかったけど、やっぱり駄目だ。素直になれないから心とは違うことが口にでて、私自身が嫌だから。
お願いします――――後生だから帰って!
「そうだな、帰るよ」
自分で帰れって言った癖に、傷つくなんて本当に勝手だ。
動揺を表情に表さず、なんでもないように柏木を見る。柏木の視線は、私ではなくいつの間にかつけられたテレビに向いていた。・・・腹が立ったが、何もせずにおく。
「今日は冬歌が家に泊まればいいし」
「は?」
たぶんどころか絶対、私は変な顔をしている。
「寝る部屋に客間を貸すし、服も俺が新しいのを渡すから問題ないだろ? 俺だって雷歌の借りたし。嫌なら母さんから服、借りるか。たぶん、冬歌は恥ずかしがって着ないと思うけど」
今、柏木は何と言った? 思わず耳を弄ったが、なんら異常はない。空耳かな?
「フリルとリボン、どっちがいい?」
その二択意外でないのか。
「――――――――――って、何で泊まること前提になってるのさ!?」
「泊まるから」
「私、了承してないよ?!」
全力で否定すれば、柏木が不機嫌な顔になった。
「そんなに家に来るのが嫌なのかよ」
「隣なのに何で泊まらないといけないの! 別に泊まる必要ないよ・・・っ?!」
「必要ならあるだろ?」
言葉の途中で、ふいに近づいた柏木が私の耳元で艶声を出した。
それに背筋が痺れ、意志と裏腹に身体が硬直した。じわじわと頭の天辺から熱が集まり、顔が熱くなる。ぺろりと、ついでとばかりに耳たぶを舐められて短い悲鳴を上げてしまった。何をするんだコイツは!?
驚いて舐められた耳を押さえ、ソファから逃げようとして柏木に押し倒された。
自由が利いていたはずの左手は柏木によって押さえられ、真摯な眼が私を射ぬいて抵抗心を失くさせる。
「俺が一緒だと、冬歌は嬉しいんだろ?」
「ちがっ!」
「違うわりには、俺を家に返さなかったのは何で?」
「柏木が・・・帰らなかったんじゃん。私は帰れって言ってよ、何回も」
「言葉ではね。態度は帰るなって言ってたから、俺は帰らなかっただけ」
私の額に柏木がキスをした。
・・・まて、意味が解らない。
「冬歌は素直じゃないからな」
言って、次は頬にキスをする。――何でや?!
「何にもしないから、今日は家に泊まりに来いよ」
「今、されてるんだけど」
「我慢したご褒美をもらってるだけ」
「何の我慢!?」
「言っていいのか?」
嫌な予感しかしないので、全力で断らせてください。
「そんなに首を横に振らなくても」
拗ねるなら言うな、馬鹿。
溜息を吐きだして、耳を押さえていた手で柏木の顔を押しのける。いい加減に、退けっ。
「痛い・・・、痛い痛い痛い痛い痛い首が痛いからやめろって!」
「じゃあ、ど・けっ」
「それはやだ」
「・・・」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い・・・っ」
痛いなら即座に、速やかに私の上から退け! ああこら、身体を密着させるな! くっそ、かくなる上は首を折る勢いで・・・・・・できるか!!
力を弱め、諦めたように叫ぶ。
「あーもう、泊まるよ。泊まればいいんでしょ! 泊まるから退いて!」
「本当? 嘘とか冗談じゃなくて?」
「何で疑うのかな?」
「・・・本当なら、別にいいんだけど」
疑いの眼差しを私に向けたまま、柏木は上から退いてくれた。ついでに私を起こし、ソファに座り直させる。・・・で、何でまた平然と隣にいる?
そそっと距離を置けば、咎めるように肩を抱かれて引き戻された。
おのれ・・・柏木。
「昼食、何が食べたい?」
「さっき朝ごはん食べたばかりなのに、早くない?」
「外で食べるか、家で食べるか」
「ねぇ、聞いてる?」
「ああでも、外で食べるのがいいかもしれないな。夕飯の買い物にいって、ついでに昼食を食べる。うん、これでいいよな」
「・・・好きにすれば」
輝かんばかりの笑みに、毒気が抜けたと言うか何と言うか・・・。勝手にしろ、馬鹿。と言ってしまいたい。
「昨日の夕食が魚だから、今日は洋食にするか」
「グラタン食べたい」
「じゃ、グラタンとサラダにあとスープでいいかな。材料は・・・やっぱり買わないとないな。ついでに冬歌が好きな珈琲も買うか」
「・・・ねぇ、私に拒否権ってある?」
聞けば、笑顔を向けられた。
あ、ないってことですね。息を吐きだして、項垂れる。
「不貞腐れるなよ。今日は、俺の我儘聞いてくれよ」
「っ~~~~~~~! だ、だから耳元は止めてってば!」
「本当、耳弱いよな。冬歌って」
「解っててやるな馬鹿!」
「はいはい、ごめん、ごめん」
心の籠っていない謝罪なら、するなよ。じと眼で柏木を睨み、けれど変わらず笑顔な柏木に何だか色々と馬鹿らしくなってきた。
脱力してしまって、ソファからずり落ちそうになった。
また息を吐きだし、気がつけば握られている手を見る。・・・大きくて暖かい手だな。子供の頃とは逆だ。
子供の頃は柏木の手は当たり前だけど小さくて、冷たかった。逆に私の手は暖かくて、そう言えばよく「寒い」と言って手を無理矢理掴まれたっけ。私も寒くて、叫んで逃げようとした記憶がある。捕まったけど。
「どうした?」
「子供の頃と違うなって」
「当たり前だろ」
呆れたように息をつかれた。
いや、そうだけどさ。
「変わらないままじゃ、いられないからな」
「それもそうだね」
頷けば、柏木が立ち上がった。繋がれた手が上がり、視線も上を向く。何ごと?
「買い物、行こうか。冬歌」
「今すぐ?」
「お互いに着替えてから。流石に寝間着ではいかない」
当たり前だ、馬鹿。息をついて、仕方なしに立ちあがった。
すれば嬉しそうな柏木に腕を引かれ、また耳元に唇を近づけやがった。だーかーらー!
「出来るだけ、オシャレな格好でよろしく」
「するか!!」
思いっきりお腹をグーで殴った。
「喫茶店・・・」
前に柏木に連れてきてもらった喫茶店に、私達は何故かいる。
テーブルの上には軽食の卵サンドとツナサンドが乗った皿と、ハムと卵、チーズのホットサンドが乗った皿がある。そして珈琲のコップが二つ。
「いや、何で喫茶店? 珈琲美味しいけど。どうして喫茶店?」
マスターの気まぐれブレンドコーヒーを飲みながら、ぽつりと呟けば柏木がさも当たり前のように告げた。
「冬歌が珈琲好きだから」
好きだけど・・・何でここをチョイス?
「何でって・・・冬歌がここを気に行ったみたいだから」
「心を読むな」
「顔に書いてるんだよ」
やっぱり、ポーカーフェイスになりたい。
両手で顔を覆い、項垂れれば前から笑い声が聞こえてきた。
「本当、冬歌って解りやすいよね」
・・・解りやすいってことは、私が柏木に抱く想いも知られていると言うことか。ありえそうで怖い。いやいやでも待て。もしかしたら知られていないかもしれない。ほら、私素直じゃないし! すぐに手とか足が出るし!
それってつまり、肯定ってことなんじゃ・・・っ。
ひぃ、何それ嫌だ!
「一人百面相して、どうした?」
「柏木が怖い」
「何で?!」
本気で驚かれたが、そうなんだから仕方がない。
「柏木相手に隠しごと出来なくてやだ」
「隠しごと・・・ねぇ。冬歌は顔に出さなきゃ、解り辛いんだけどな」
「え、本当?」
「さぁ、どうだろう」
嘘かこの野郎!
冷めてしまった珈琲を一気に飲み干し、卵サンドに手を伸ばす。・・・やっぱり喫茶店のは美味しいな。
家で作っても何と言うか・・・普通で、喫茶店のほど美味しくない。
ううむ、どうやったらこの味になるんだろ?
「・・・・・・・・・で、何してるの? 柏木」
「何って・・・・・・写真を撮っただけだが?」
「誰の写真を?」
「卵サンドを食べる冬歌」
きっぱりと、ドヤ顔で言うな。この馬鹿。
・・・何だか今日、やたらと馬鹿を連呼している気がする。想い過ごしかな?
「馬鹿なことやってないで、さっさと食べなよ」
「すいません、マスター。珈琲のお代わりお願いします」
「話を聞け」
あ、マスター。おかわりありがとうございます。素敵な笑顔ですね。思わず見惚れました。・・・柏木の視線が痛いのはたぶん、気のせいだ。
だって眼を向けたら、何でもないように笑ってたし。
・・・眼は笑ってなかったけど。
息を吐いて、そう言えば溜息が多いなとふいに思う。
「珈琲が美味しい」
「冬歌って、何がきっかけで珈琲が好きになったんだ?」
きっかけって・・・はて、なんだっけ?
「特にないと・・・・・・」
いや、あった。
どうしようもないほど、しょーもないきっかけ。いや、きっかけと言うよりは理由かもしれない。思い出したら恥ずかしい。
俯いて、顔を覆い隠す。
「冬歌? え? どうした?」
「何でもない。何でもないからほっといて」
「・・・珈琲が原因か」
「ほっといてってば」
「珈琲好きになったきっかけが、そんなに恥ずかしいのことなのか?」
「煩い馬鹿、ほっとけ!」
そうだよ。
珈琲を飲むようになったのは、大人びている柏木に近づきたかったからで。柏木が珈琲を飲む私を「似合う」って言ったから好きになったんだよ。
うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・、なんて単純な理由だよ。私は本当、単純な人間だ。
「!? あ・・・あつぅ」
「淹れたばかりの珈琲を一気に飲めば、そりゃ熱いだろ」
自棄になって珈琲を流し込んだのが悪かったんですね。はい、わかってますよーだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫だから、顎を掴むな。顎を」
ぺちりと柏木の手を叩き、何気なく窓の外を見た。
見上げた空に曇天が見え、雨が降り出しそうな雰囲気を出している。家を出た時はまだ青空が見えたのに、今では灰色しかない。これはもしかしなくても、雨が降るな。
視線を柏木に戻せば、ツナサンドを齧っている。
・・・無表情で食べるな。せめて美味しそうに食べろ。
「ねぇ、柏木」
「何?
「雨も降りそうだし、早く帰ろう」
「雨・・・? ああ、確かに振りそうだな」
「そ。今日は柏木の家に泊まる訳だから、私、濡れたら変えの服ないんだよ」
「服なら俺が貸すよ」
・・・は?
「そこは小母さんの服を、でしょう」
「母さんの服・・・ねぇ」
何やら意味深な眼を私に向ける柏木に、どうしてだろう。まだ何も言われた訳じゃないのに腹がたったのは。
「まぁ、雨に濡れなきゃ問題ないだろ。これ食べたら行こうか」
「そうだね。すぐに行けば、雨が降る前に柏木の家につくだろうし」
「雨が降るまで、間に合わないに俺は100円を賭ける」
「は?」
「いや、何でも」




