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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
恋紬の糸
37/42

素直になれない

誤字脱字を見つけ次第、直します。

全話とおして、いつかは不明。

佐伯先生は成沢先生同伴のもと、病院へ行かれたそうだ。

その結果、軽い胃潰瘍と過労と診断されて一週間ほど入院になったとか。――予想していたから、驚きはしないけど。

幾月が貧弱と悪態をついていたけど、観桜会で使う物はしっかりと作り終えていたから珍しく、本当に珍しく、佐伯先生を褒めていた。もっとも、「意外に役にたった」と言う台詞がなければよかったんだけども。・・・これ、本当に褒めたのかな?

首を傾げながら、帰路を歩く。ただいまの時刻――18時ちょっとすぎ。

下校時刻を大幅にすぎ、人気のない通学路は少々・・・ではなく、かなり怖い。時折、電柱の陰から猫が現れたり、鴉の鳴き声がするたびにびくりとなってしまう。十字路なんて、何度左右を確認したことか・・・。

「何でこう言う時、柏木はいないのさ」

用事があるとかで、早々に帰っていた幼馴染を恨んでも仕方がないけれど。

いや、しかし・・・ここ数日、一人で帰ってたんだから慣れてもいいはず。でもこの時間帯は怖い。いやいや、大丈夫。護身用の代物は大量にあるから、何があっても平気だ。怖くない、怖くない。

・・・何をやってるんだろう、私。息を吐きだした。

空を仰げば、白い月が見える。

形からして、今日は満月のようだ。

街灯がぽつり、ぽつりとついていく。影がのびる。

明りのついた家から良い匂いがして、お腹が鳴りそうになった。今日のご飯、何だろう。

「今日、兄さんが当番だった」

美味しい夕飯は期待できそうにない。

ひらり、桜の花弁が視界をよぎった。

「桜ももう終わりかな」

・・・ん?

「終わりそうなのに、観桜会とはこれいかに」

理事長は何を考えて・・・意外に、思い付きでやっただけな気がしてきた。深く考えないでおこう。

「・・・・・・あ?」

曲がり角から、コンビニ袋を持った見知った人影が二つ。――浅都とありさだ。

私に気づかず、和気藹藹としながら去っていく二人は知っていたが幸せそうだ。声をかけるのを躊躇ってしまうが、かけたとしても気づかないだろう。ハートが乱舞しているあの状況は二人の世界を意味しているし、邪魔をしたらありさに何をされるか・・・。

ああ、恐ろしい。

ぶるりと身体を震わせ、素知らぬ顔で家路を急ぐ。

「今度は夏目?」

猫を追いかける夏目を目撃したが、放っておくことにした。

後ろから「愛が一方通行!!」と言う叫びが聞こえたが、気にしないでおく。足を速めた。

「冬歌くん?」

「次は秦か・・・何なんだろう、今日は」

十字路から秦が現れて、誰かの作為を感じたのは気のせいだろうか?

「人を見るなり溜息とは失礼なのだよ、まったく」

「ああ、ごめん。秦に逢う前にありさと浅都、夏目を目撃して・・・何だか暦や悠乃とも遭遇しそうな気がする」

「家は通り過ぎてるし、逆方向だからありないのだよ」

「ああ、そう言えばそうだね」

「・・・大丈夫か?」

遠い眼をしていたからか、はたまた疲れた表情のせいか、秦から心配された。大丈夫だと手を横に振れば、訝しげだが納得された。解せん。

息を吐きだして、苦笑する。

「秦は・・・・・・買い物帰り?」

「姉が酢昆布が食べたいと我儘を言って煩く喚き、買いに行って来いと金も渡さずに命令して家から追い出して仕方なく、仕方なく買ってきただけの代物なのだよ」

「つまり、買い物帰りと」

「嫌々なのだがな」

それは顔を見れば解る。

「まぁ、嫌がらせに酢昆布は酢昆布でもからし入りと言う珍しくも奇妙な代物を買ってやった」

わ、あくどい笑顔。

それを食べるお姉さんもお気に毒に。

ただの酢と思ったら辛い! って、泣くはめになるんだろうな。

「ハバネロ味だそうだ」

「鬼か」

「ジョロキアと迷ったが、流石に可哀想と思って情けはかけたのだよ」

「微妙な救いだね」

ジョロキアよりはマシだけど、辛いモノは辛いでしょう。

良心部分が少なくないか、秦。そんなに無理矢理、買い物に行かされたことを根に持っているのかな? それとも金を渡さなかったから? もしくは――――やめよう、不毛だ。

「もう行く。また明日」

「また明日。姉弟喧嘩が起きないことを祈っておくよ」

「起こったとしても、勝者は決まっている」

不敵に笑った秦は、実に楽しげに帰宅していった。――お姉さんに合掌。

さて、と。私もそろそろ家に帰ろう。お腹もすいたし、なんだか疲れたし。帰ってご飯食べて、お風呂入って、寝よう。

幸いなことに今日は宿題はなし!

真面目に授業を受けて、プリントを早々に片付けたから楽だ!

「まだここにいたのか、冬歌」

「ひっ?!」

「・・・そんなに驚くなよ、俺だ、俺。柏木祀」

いきなり背後から声をかけられて、肩を叩かれたら驚くわ!

「心臓に悪いからやめて!」

「声をかけてから肩、触っただろ? なんでそんなに驚くんだよ」

「同時だったよ!」

「そりゃ、悪かったな」

ちっとも悪びれてないのに謝るな、馬鹿っ。

ああもう、心臓がまだドキドキいってる・・・。寿命が一瞬、縮んだかと思ったよ。まったく。でもまぁ、柏木でよかった。

他の誰かだったら、間違いなく護身グッズがさく裂していた。

例えば催涙スプレーとか。

例えばスタンガンとか。

例えば――――。

「そう言えば、どうしてここにいるの? コンビニでも行くつもり?」

「いや、別に」

「じゃあ、バイトに行く途中?」

「バイトはもうやめた」

「やめたんだ」

「目標金額に到達したからな。あとは、学生らしく勉学に励むさ」

すでに学年主席の人間が何を言う。

「ふーん。今日、早く帰ったのはソレ関係?」

「いいや。ちょっとした野暮用」

「今、ここにいるのはソレ?」

「違う」

きっぱりと否定して、柏木が私の右手を掴んだ。唐突で吃驚したよ、もう!

掴まれた手を引かれ、歩き出す。柏木が私に背を向けた。何? まさか迎えに来たとか言わないよね? 私は子供じゃないぞ。

柏木と同い年なんだけど。

・・・嬉しいけど、複雑だ。

「夕暮時は、変質者が多いからな。特に、暖かくなると大量発生する」

黒い害虫みたいに言うな、気持ち悪い。

「雷歌が冬歌はまだ帰ってないって言うから、迎えに来たんだよ。今日は一緒に帰れなかったし、心配になってな」

「・・・心配するなら、ここ数日の行動を顧みてよ」

「18時をすぎること、なかっただろ?」

確かにそうだけど・・・そう言うことじゃなくて。

・・・・・・・・・もういいや。

たぶん、いや、絶対に柏木は解ってこの台詞を言ったんだ。そうに違いない。そんでもって、私の反応を楽しんでるんだ。趣味が悪い!

何でこんな人間、好きになったんだ私っ。

「迎えにこなくても、私はちゃんと家に帰れるよ」

「何があるか解らないのが、世の中だ」

「物騒なことなんて、ここじゃあ起こらないよ」

「・・・それなら、アイツはなんでいなくなったんだよ」

「柏木?」

小声で聞こえなかったけど、柏木の表情は苦悶にそまっている。

もしかしなくても、ここ数日間の出来事と関係あるんだろうか? だとしたら――私は聞いていいのかな?

ちらりと柏木を窺い見る。

何を考えているのか判らない、無表情だ。瞳すら、感情が読み取れない。

こんな柏木、初めて見た。

「たとえ物騒な世の中でも、柏木がいれば平気でしょ?」

だからなのか、変なことを口走ってしまった。

我ながら恥ずかしい。ガラじゃないよ、まったく。

「それはつまり、一生を俺と過ごすってことか?」

「ちがっ」

・・・・・・うくは、ないけど。

あんまりにもにやにやと笑う柏木が腹立たしくて、思わず脛に蹴りをいれてしまった。恥ずかしさに何をやっているんだ、私は。

ああもう、絶対に顔、赤くなってる。

「じゃあ、どう言う意味なんだよ」

「どう言うって・・・別に」

ここで素直に、そうですと言えたら苦労はしない。

いや、言ったら私らしくない気がする。

素直じゃないのがこの私、西城冬歌だ。素直になったら偽物であるからにして・・・何を言ってるんだ、私は。馬鹿か。馬鹿なのか。どうしようもない阿呆か!

「無言なら、俺の好きに解釈するけど?」

「いや、あの」

「それでいいよな、冬歌」

「それは・・・その」

「冬歌」

嬉しそうな顔でにじりよってくるな、馬鹿っ。

繋いだ手に力が込められ、互いの額が重なった。距離が近すぎて、焦点が合わない。逃げようと足を一歩、後ろに下げれば柏木が許さないとばかりに腰に腕を回して抱き寄せる。

身体が密着して、恥ずかしさから動けなくなった。

繋いだ手が離れ、柏木が私の頬を撫でた。触れるか、触れないか。ぎりぎりのその仕草が羞恥を誘う。

あまりの恥ずかしさに柏木の手を叩けば――――その前に阻止され、再び掴まれた手が柏木の口元に近づく。

指先を舌で舐められた。

ぞわりと背筋が震える。

「か、柏木っ?!」

「なぁ、冬歌」

妙に色気を含んだ声に、息が止まった。

「さっきの言葉、俺の良いように受け取ってもいいのか?」

人差し指が食まれた。

「いいんだな、冬歌」

「は・・・」

「ん?」

「放して変態っ!」

「いっ?!」

限界突破したからって、頭突きはないでしょう。頭突きは。

我がことながら、してしまったことに呆れてしまう。そして頭が痛い。自業自得だけど。

油断していた柏木はどうも舌を噛んだらしく、口を押さえて呻いている。なんか・・・ごめん。でも羞恥を煽る柏木が悪い。私は少ししか悪くない。全体的に柏木のせい。

――――と、言うことにして精神を安定させよう。

早鐘を打つ心臓を宥めつつ、痛む額を押さえて柏木を睨む。

若干、眼尻に涙が溜まっているような・・・。

それは私もか。

「あの・・・な、冬歌!」

「だ、だって」

未だに口を押さえ、痛みに涙を浮かべる柏木から眼をそらす。

泣き顔の柏木なんて、何時振りだろうか? ここ最近どころか数年、見たことがないよ。――と、現実逃避をしている場合じゃないな。

私の腰を抱く腕をはがそうと躍起になりながら、しどろもどろに口を開いた。

「距離が近いし、密着してるし、妙に色気あったし、えっと・・・つまり、その・・・・・・何か怖くなったんだよ!」

逆切れですか、何か問題でもあるか!?

「だとしても頭突きって・・・・・・はぁ」

「ううぅ、悪いとは思ってるけど。でも!」

「はいはい、解った。解った」

頭ぽんぽんって・・・子供扱いするなー!!

「だいたい、迫る意味が解らない!」

「冬歌が可愛くて、つい」

「ついで顔を近づけるものなの?!」

「冬歌限定だ」

爽やかな顔で言うな。

ついでにまた腰を抱くな。近い、距離が近すぎるんだよ!

「前は何ともなかったのにな、冬歌。どう言う心境の変化?」

「別に」

「俺に惚れた?」

「うぬぼれるな馬鹿」

惚れているのは事実だけど、素直に肯定したくない。

「まぁ、俺を男として意識させたんだから、これぐらいの反応がないとな。けど、もうちょっと女らしいと言うか色気のある対応を期待したいんだが」

「別の誰かに求めろ、そんなもの」

腰を撫でる不埒な手を叩き、私は息を吐きだした。

「なんですっっっっっっっごく嬉しそうなのよ」

「俺が望んだ反応したから」

「頭突きされたことが嬉しいの?」

「引いた眼で俺を見るな、違うから」

即答されたが、疑わしい。

「前なら冬歌、すぐさま否定の言葉を口にしてたのに今はそれがない。ってことはつまり――」

柏木が私の右手を掴み、微笑んだ。

「ただ恥ずかしくて素直になれないだけで、俺と同じ気持ちなんだろ」

断言されたのが腹立たしいけど、図星なだけに何も言えない。

言葉の変わりに足を踏んだ私は――――やっぱり素直じゃない。


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