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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
恋紬の糸
36/42

保健室

誤字脱字を見つけ次第、直します。

「敵しかいない」

「すいません、西城さん」

辿り着いた保健室に当然ながらいた香坂先輩は、困ったように笑ってスマホを右手にかざした。それだけで、先輩が何をしたのか考えなくても解ってしまう。

絶望って案外、簡単にくるものだな。この程度で絶望するのもどうかと思うけど。

力なく床に座り込み、大きく息を吐きだす。

先輩が苦笑した。

「柏木君の予想通りすぎて、涙がでそうです」

「どこに涙があるんですか笑顔のくせに」

「眼薬をさしたら、涙は出ますよ」

「嘘泣きか」

「はい、そうです」

まったく悪びれていない顔で、香坂先輩はスマホをポケットにしまった。

「さて、柏木君が来るまでお茶でもどうですか? 美味しい紅茶とクッキーがあるんですよ」

「それ、成沢先生のじゃないんですか? 怒られますよ」

「賞味期限が近いモノは勝手に食べていいと、許可は得てますよ」

言いながら、二人分の紅茶を用意する先輩に「いらない」とは言えない。仮に言ったとしても、淹れたんだからと飲ませられる気がしてならない。強制的に、飲むまで、笑顔の圧力がかけられる気がしてならないっ。

妙に威圧感のある笑顔を思い出し、身体がぶるりと震えた。

忘れよう。

記憶の彼方へと、この忌まわしい記憶を押しやっておこう。

立ち上がり、香坂先輩の傍に近寄って普段は成沢先生が座っている椅子に腰を下ろした。何となく、椅子を回転させる。

地味に面白い。

「子供みたいですよ、西城さん」

「子供ですから、実際」

高校生なんて、まだまだ子供だから当然だろうと言葉を返せば、生温かい眼を向けられた。

解せない。

「珈琲じゃなくて申し訳ありませんが、この紅茶も美味しいんですよ。はい、クッキーもどうぞ」

「別に、珈琲ばかり飲んでる訳じゃないので。ありがとうございます」

「熱いので気をつけて」

「・・・猫舌じゃないので平気ですよ」

「不機嫌ですね、西城さん」

当り前だろう。――とは、言わないでおく。

「そんなに柏木君と放れていたのが寂しかったんですか?」

無言を返す。

「図星とは、可愛いですね西城さんは」

「この無表情を見て、どこがどう可愛いんですか? 眼科に行った方がいいですよ、先輩」

「本当、解りやすいですよね。西城さんは。そう思いませんか――――?」

肩を竦めた先輩は、同意を得るように後ろを振り返った。

つられて視線を追いかければ、・・・何故だ。扉が開く音は一切しなかったのに、保健室の入り口に奴が立っている。

「柏木君」

「足止め、ありがとうございます」

「いえいえ。見ていてじれったい恋をいい加減、終わらせるには丁度いいと思ったから手を貸したまでですよ」

実にいい笑顔で香坂先輩は告げた。

「ですから――――解りますよね?」

「はい」

妙に含みのある言葉に、柏木が背筋を伸ばしてしかりと答えた。

それに香坂先輩は満足そうに頷いて、紅茶を飲み始める。実に優雅な動作だ。霧生がいたら写真を撮って、先輩のファンに売りつけるほどに絵になっている――じゃなくて。

ちらり、と柏木を見た。

何故だか安堵の息を吐いている。

「柏木は私を束縛したの?」

「いっそ、監禁して俺以外の誰にも見れないようにしたい。と思うほどには焦がれてる」

「犯罪は駄目、絶対!」

かなり本気の声と瞳で言われ、慌てれば「冗談だ」と言われた。

冗談に思えなかったんだけど、いやまじで。

「柏木君が言うと洒落になりませんね」

「犯罪者を見るような眼を向けないでくれませんか?」

「ああ、すいません。つい」

苦笑して、香坂先輩はカップを流しに置いた。

「それじゃあ、サボりも程ほどに。単位に響いて、留年してしまいますからね」

「は?」

「気をつけます」

「はい、そうしてください」

「え、ちょっと・・・まっ!?」

ぴしゃり、と無情にも扉がしまった。

伸ばした右手は何も掴めず、しゃたいなく宙をかいて・・・元の位置に戻した。がくりと項垂れ、息を吐き出す。

私・・・サボる気ないんだけど。

そもそも授業、まだ始まってないんじゃ・・・?

「冬歌」

ふわりと、包み込むような優しさで柏木に抱きしめられた。何だか懐かしい。

「俺がいなくて、寂しかった?」

「そうだね、寂しかったよ。いつも鬱陶しいくらいに傍にいたから、いないのが違和感な程には・・・寂しかった」

「そっか」

穏やかな声でそう呟き、柏木が私から離れる。

あっさりと、名残もなく簡単に離れたから逆に私が驚いた。いつもなら、私が離れてと喚いてもなかなかそうしてくれないのに。瞠目して、無意識に柏木に手を伸ばしてしまった。

指が柏木のシャツを掴む。

ほんの少し、摘まむ程度なのに嫌に気恥かしい。本当、なんで掴んだ。無意識って怖い。恐ろしい。

「へぇ・・・俺が離れるのが嫌なのか?」

「や、そうじゃなくて」

「ふぅん。じゃあ、この手は何?」

意地の悪い顔をする柏木から、速攻で眼をそらした。

それを言われたら、何も言えない。――や、でも離れるのが嫌だからって理由じゃないよ! 絶対に! ・・・・・・たぶん。

何も言えず、口ごもる私を柏木が実に嬉しそうな眼で見下ろす。

気色満悦―――。

柏木を表すなら、まさにこれだ。

「可愛いな、冬歌は」

右手の甲で私の頬を撫で、柏木が眼を細めた。

「本当に・・・可愛い」

流れる動作で顎を、首筋を撫でる。奇妙な感覚に襲われ、身体が震えた。

柏木の顔が近づく。・・・妙に近いその距離は、後少しで頭突きをしそうだ。我ながら、色気のない発想だと自嘲。

して、気づく。

これ、あと少しでキスしそうじゃないか!?

え? 何で? どうしてこうなる?

肌に触れる息が、妙にくすぐったい。と言うよりも居心地の悪さを私に与えた。

「なぁ、冬歌」

吐息混じりに人の名前を呼ぶな。

「俺の想いは変わらない。冬歌が信じなくても、誰が何を言っても、猫を被って対応しても、西城冬歌と言う女性を愛する気持ちだけは、絶対に変わりはしない。不変だと、断言できる」

柏木の両手が私の頬にふれ、額が重なった。眼の前がぼやけるのに、やけに柏木の双眸がはっきりと見える。

「冬歌は俺のこと、幼馴染以外でどう思ってるんだ?」

幼馴染としではなく、男として柏木祀を見て、意識して、恋をしていると自覚した今、何と答えればいいのだろう。

素直に言う? ――――素直じゃない私が、容易に言えるはずがない。

なら縁を切って他人になりたいと、また口にするのか? それは絶対に出来ない。

私はもう、柏木と他人になりたいとは思っていない。幼馴染でいたいとも思っていない。このままでいようとも――思えない。

けど、先に進むのが怖い。

幼馴染の縁を切って、恋人になって――――その先のイメージが思い浮かべられない。

眼を閉じて、息を吐き出す。

双眸を開けて、柏木を見た。

「私は・・・」

けれど、現状維持でいいとも思えない。

「私は、柏木のこと」

「きゅうかー―――――――――――――――――――ん!!!!」

ドアを破壊する勢いで開け、夏目が保健室に現れた。

柏木の纏う空気が一気に変わり、笑みを浮かべていた表情から感情が消えた。憤怒を表す瞳が、ゆらりと夏目を映す。――あ、これは駄目なやつだ。

夏目は柏木の様子にも、この近すぎる距離にも何も言わず、背負った何かを乱暴にベッドに下ろして当たりを見渡し出す。・・・何で、見える場所にひっかき傷があるの? ああ、また猫にでもやられたのか。

相変わらず、動物に嫌われる体質だ。

本人は動物を愛してるのに。憐れ。

椅子から立ち上がって柏木からそっと離れ、私はベッドに放られた人物を見た。

「って、佐伯先生?」

「保険医か香坂先輩はどこにいるんだ、西城!」

「香坂先輩なら教室・・・って、ちょっと待って! 状況を放してから行ってよ! いや、それよりも電話した方が早いでしょう!」

保健室から駆けだそうとする夏目の襟首を掴めば、当然ながら首をしめてしまった。

「あ、しまった。・・・ちょっと夏目!? 生きてる? ねぇ、夏目!」

落ちた夏目が力なく床に倒れ込み、揺さぶっても眼を開けない。やっちゃったよ。どうしよう、この男。

このまま床に寝かせておくのは・・・・・・・・・駄目、だよね。

「そんな馬鹿、ほっておけよ。冬歌」

「や、でも私がこうしちゃった訳だし」

「布団でもかけとけば大丈夫だろう」

友人に対して、冷た過ぎやしないか・・・?

「人でなしですね、生徒会長さん」

「幾月か・・・。で、これは一体どういうことだ?」

「逢って早々ですか。普通、挨拶が先じゃないですかね?」

顔を合わせた瞬間、火花が散って険悪になるのもどうかと思うけど。

・・・とりあえず、夏目には枕と布団をあげよう。申し訳ないけど私じゃあ、夏目をベッドまで運べない。

「おはよう、お前のせいで一気に気分が悪くなった。ただでさえ急降下した機嫌が底辺に行きそうなんだが、どうしてくれる」

「知りませんよそんなこと」

「ほら、俺は挨拶したぞ。お前はしないのか、後輩?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オハヨウゴザイマス、生徒会長」

物凄く不本意そうに、実に嫌々と貼り付けた笑みで挨拶する幾月に呆れしか出ない。

子供か、お前は。息を吐きだして、頭を抱えた。

「で、質問の答えは?」

「・・・・・・はぁ。別に何でもありませんよ。いつもの持病です、持病」

「ああ、胃か」

「ええ、胃です」

「吐血でもしたのか」

「吐血した上に倒れました。公衆の面前で、漫画のように」

「倒れた理由は?」

「仕事をしないで逃げたから、追いかけただけですよ。なのに吐血して、倒れるなんて・・・どんだけなんだよこの人」

呆れた眼を佐伯先生に向けて、幾月は舌打ちをした。

ちらりとベッドにいる佐伯先生を見れば、確かに口元が赤い。そして顔色が悪い。過去最高に、青白い・・・よりは土気色だ。生きてるのか、これは?

恐る恐る佐伯先生の頬に触れれば、僅かに暖かい。

生きてはいるようだけど・・・・・・どうしよう、この人。

「触らない方がいいですよ、西城先輩。ヘタレ菌がうつる」

幾月が真面目に言った。

それに同意するように柏木が無言で頷き、手招いた。自意識過剰でも、間違いでもなければ「こっちに来い」と言う合図だけど・・・。素直に行くのは、些かどころかかなり嫌だ。

いやはや、本当に捻くれてる。

我がことながら、呆れた。

「それにしても」

幾月が怪訝に顔をしかめた。

「いつの間に、元通りになったんですか?」

「元通りも何もないだろう」

「へぇ、その割には随分と西城先輩から距離をとってませんでした? 生徒会長が西城先輩に振られて、距離をとった。あるいは、西城先輩に抱く想いが恋ではないと気づいて離れた――なんて噂があったんですけどね」

「出所は何処だ」

「さぁ、知りませんよ。俺としては是非、噂通りだと嬉しいかったんですけど・・・この様子じゃ、本当にデマみたいですね」

心底、がっかりしたとばかりに肩を落とす幾月に、柏木は何も言わない。と言うより、言う気がないようでスマホを弄っていた。

・・・よもやとは思うが、噂を流した人物を探しているんじゃなかろうか?

流石の柏木も、噂の出所をすぐに見つけることは出来ないよね。うん、出来る筈がない!

「生徒会長さん。噂をばらまいた当事者が解ったら、俺に教えてくださいよ」

「・・・」

「そんな訝しい顔しても。ただ純粋に、八つ当たりがしたいだけなんですよ。嫌本当に」

「・・・八つ当たりの理由は」

「俺の喜びを無に反してくれたから、とでも言っておきましょうか」

「ふぅん。まぁ、そう言うことにしておこうか」

裏がないように聞こえるけど、柏木には別の何かに聞こえたんだろうか?

私にはさっぱりだ。

そして解らん。

「あーあ・・・西城先輩と落とす絶好のチャンス! って思ったのに」

哀愁を漂わせ、憂いを帯びた瞳で私を見る幾月に苦笑が出た。

幾月の告白を毎度、断っている私を諦める。と言う選択はないのか。そして気づけ。保健室をのぞく不穏な人影に!

――――副会長はストーカーと化したようだ。

恐ろしい。

「残念ですけど、俺は諦めませんので」

「そこは諦めてよ」

「嫌ですよ」

笑顔で即答ですか。

「この想いを簡単に捨てることなんて、出来ないんですから。それに」

「それに?」

「西城先輩がまだ、誰の者でもないんですから諦める道理はないんですよ」

いや、そんな良い笑顔で言われても・・・ね?

私、何をどうなっても幾月と付き合うってことはしないよ。絶対。断言では出来ないけど、幾月と恋人になった姿が想像出来ないから、想いを受け入れることはない。・・・と、思う。

・・・うわ、嫉妬の視線が痛いっ。

「それってつまり、私が誰かの者になったら諦めるってことだよね?」

「俺が認めた人間なら」

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

それ、諦めないってことじゃない?

「アホなこと言う、クソ餓鬼」

「いたっ」

「ほら、コイツが噂をばら撒いた人間だ。八つ当たりでも何でも、好きにしてこい。ただし――犯罪はするなよ」

「しませんよ」

いやいや、八つ当たりする時点で駄目でしょう。

生徒会長が何、許可出してるんだよ!  馬鹿なの? 阿呆なの? 何なの!?

副会長は恋する乙女の表情で、まったく使えないし! いや、使う気もないけど。幾月だよ? 相手は口の悪い幾月だよ?! 精神的に相手を追い詰めるのは必至でしょう!! トラウマものになるよっ。・・・や、柏木よりはマシ、かな? どっちにしろ――トラウマは確定か。

嬉々とした表情で保健室を出て行く幾月を見送り、私は合掌した。

名も知らぬ、噂をばらまいた人間よ――――安らかに。

「さて、と。それじゃあ、冬歌」

「へ?」

「体調悪くないなら授業、受けに行かないか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・そうだね」

差し出された右手に、手を重ねて私は笑った。


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