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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
恋紬の糸
35/42

目指せ隠密

誤字脱字を見つけ次第、直します

――――胃が痛い。

あまりの胃痛に昨日はよく眠れなかった。睡眠不足のせいか、眼が霞む。頭も痛い。

きりきりと締め付けるような胃痛を我慢するのはかなり難しいけれど、休むことが出来なくて仕方なく、しかたなーく、私は今、通学路を一人で歩いている。

・・・柏木は、当然ながらいない。いや、傍にいたとしても胃が痛い原因は柏木だからどうにもならない。むしろ、悪化する。絶対に、悪化して入院する・・・予感がする。

ああ・・・・・・・・・胃腸炎になるのかな、私。

それで入院って・・・どんだけ悪くなったんだろう、私の胃。

ここ最近、悪化の一途をたどってる気がしてならない。・・・どうしてこうなった。

思わず遠くを見てしまった。

息を吐きだして、項垂れた。

こんなに痛いなら、学校を休みたかった。いや、休むのが正解だろう。だと言うのに家族は胃を押さえ、青白い顔をした私の姿を見ても、笑顔で家から放り出して・・・・・・非道だ。鬼畜だ。ある意味、虐待だ!

・・・駄目だ、限界。

歩くのを止めて、息を吐きだした。

ああ・・・学校まで、後数メートルだ。

嫌だ、学校に行きたくない。

家に引きこもっていたい。

誰にも逢いたくない。

「おはよう、冬歌」

柏木に逢いたくない。

「久しぶりに一緒に学校、行かないか?」

――――と、思うのに神様は残酷だ。

「聞いてるか?」

「いきなり現れるな馬鹿!」

ドアップで映った柏木の頭に、チョップを炸裂させた。

まったくもって、タイミングが悪い。運が悪い。きっと神様は私が嫌いなんだ! 私も嫌ってやる。神様のばーか!!

・・・八つ当たりはやめよう。

私は一つ息をついて、眼の前にいる柏木を見上げた。久しぶりに見るせいか、はたまた恋心を自覚したせいか、柏木が格好良く見える。何てことだ。今までならイケメン恐ろしい・・・っ。と思う程度だったのに、胸が痛いほどに鳴っている。成程、これが恋か。

って・・・場違いにも納得してしまった。恥ずかしい。

息を吐きだし、平静を装う。そうじゃないと、煩いほどに高鳴った鼓動が聞こえそうな気がして・・・羞恥で死ねるから。いや、でも・・・柏木なら気づきそうだ。

私の些細な変化すら気づくこの男が怖い。そっと眼をそらした・・・・・・はずなんだけど。

「冬歌?」

逃げた視線の先に現れるな。

腰を屈めて、私を見上げる体勢をするな。

さりげなく、私の両手を掴むな馬鹿!

これじゃあ、意味がない! なさすぎて、思わずと言うか、今までの条件反射で柏木に蹴りを入れた。慣れって恐ろしい・・・。

「相変わらず、急所を狙ったいい蹴りだな。冬歌」

「煩い、黙れ、馬鹿っ」

ああああもう、言いたいのはそうじゃなくてっ。

いや、これも言いたかったことだけども!!

「一週間も逢えなかったから、拗ねてる?」

「誰が!?」

いや、本当に誰が拗ねた? ねぇ、誰が拗ねたの!!

「拗ねてないし、逆にせいせいしてたんですけど」

「ふぅん」

どうしてこう、私は素直に言えないんだろう。

・・・言えないから、柏木に逢いたくなかったんだな。うん、絶対にそうだ。そうに違いない。素直じゃないもんね、私。

「それは残念」

ちっとも残念がっていない顔で、柏木が笑った。

何だろう。

言いたいことがあったはずなのに、柏木を見たら綺麗に忘れちゃった。胸に蟠っていた正体不明の何かも、どこかに消えてしまったし・・・。何と言うか、私って単純。

苦笑して、肩を竦めた。

「それで、何で一週間も私を無視したの?」

「色々あってね」

「その色々が知りたいんだけど。・・・教えてくれないなんて、柏木は幼馴染に冷たいね」

とは言ったけど、幼馴染に言える話なら一週間も無視しないだろうな。

・・・どう言う関係だったら、話してくれたかな?

「冷たいと言うより、落ち着くまで何も話せないし話す時間がなかったんだよ。もしかして、拗ねてるんじゃなくて寂しかったのか? 冬歌」

「そうだよ」

「・・・・・・へ?」

素直に告げたら、瞠目された。

そんなに意外か?

「いっつも傍にいた人間が、いきなり、何の言葉も、態度もなく、遠ざかった上に猫を被って他人のふりをして、会話すらしなくなって寂しかった」

本当に寂しかったんだ。

寂しくて、物足りなくて、悲しくて。

胸が酷く痛んで、苦しかった。――――縁を切りたいと、願ったくせに離れられたのが嫌だったんだ。

まったくもって、本末転倒だ。

矛盾しているって、嘲笑したくなったほど。

まぁ、そのおかげで私の本当の願いが解った訳だけど。いやはや、自分のことなのにここまで理解できないとは。何とも情けない。・・・呆れてしまうな、本当に。

「柏木が私に愛想をつかして、本命にいったんだと思ったよ」

「本命は冬歌だけど」

「兄さんもそう言ってたけど、あーいう態度をとられると信じられないからねー」

ああ、捻くれてる。

けたけたと笑いながら、嘯いて何になる。自分のことなのに呆れて、どうしようもないと項垂れてしまった。本当、素直じゃない。

幼い頃から今まで、柏木は変わることのない想いを私に向けていると知ったのに、どうしてこう・・・。ああ、そうか。柏木の黒さとか、馬鹿にした態度とかで信じたくないんだ。うん、そうだ。それが原因だ。そうに違いない。けして私が素直じゃないからって理由だけじゃない!

「まぁ、幼馴染として縁を切りたいって言ったのは私だから、ちょうどよかったんだろうけど」

今はもう、縁を切りたくないけど・・・。

「冬歌は嘘つきだぞ、柏木会長」

「暦!?」

音もなく現れ、私を指差した暦は呆れた顔をして柏木に告げた。

「柏木が傍にいなくてしおれた西城の写真、いるか?」

「霧生?!」

「もらおう」

「柏木!!」

二人して心臓に悪い出現の仕方をするな!

そして霧生、何で勝手に写真を撮った上に柏木に渡してるのさ! 肖像権の侵害で訴えてやろうか!! 柏木も、心底嬉しそうな顔で写真を見るな。期待する眼で私を見るな! 恥ずかしいっ。

溜まらず顔を覆えば、暦が楽しげに喉を鳴らした。

「すまない、冬歌。ここ一週間の冬歌の様子を逐一、どんな些細なことでも柏木会長に知らせるよう脅・・・頼まれていて」

「脅されたのね、そうなのね」

「柏木会長がいない間、冬歌に関わった人間すべてを報告し、冬歌に害を与えようとした人間を排除し、冬歌に想いを告げようとした人間を・・・うん、まぁ、とにかくそういうことをしていた訳でね」

「最後、何をしたの? ねぇ、何をしたの?!」

「柏木会長は冬歌のここ一週間のことすべて、知ってるんだ」

「何それ怖い!」

私は知らないのに、柏木は知っているって何だそれは!

と言うか、下手なストーカーより怖いんですけど。何でそんなことになったの? と言うか、何を思ってそんなことを頼んだ柏木!?

ぎろりと柏木を睨めば、素知らぬ顔で霧生と会話をしている。

・・・・・・・・・おい、その手に持った写真の束はなんだ?

「そう言えば柏木会長。金曜日に報告した人物なんですが」

「ああ、ソレならもう済んだ」

「早いですね。流石です」

「出る杭は手早く排除するに限るからな」

何だろう・・・。

暦と柏木の会話が怖い。

仄暗い眼をして、怪しい笑みを浮かべているから余計に。

柏木の隣にいたはずの霧生が、何故か私を盾にするように後ろにいる。視線を向ければ、素早い動作で顔ごと逸らされた。何で?

「ああ、そうだ冬歌。この前理事長が言っていた件だけど、冬歌はでなくていいよ」

「は?」

「でなくて、と言うよりは何もしなくていいよ。幾月が伏見先生に抗議して、観桜会での発表はなし。図書だよりに載せて配布するってことになった。作るのは勿論、伏見先生。監修は幾月。ついでに言えば、観桜会は昼休みに各自、外で摂るってことに変更。理事長も了承した」

した、じゃなくてさせたの間違いじゃないだろうか?

青白い顔で冷や汗を流し、けれどそれを表に出さずに虚勢をはる理事長の姿が脳裏に浮かぶが・・・。ちらりと暦と霧生を見て、肩を竦めた。

「暦と霧生は何で、合掌してるの?」

「理事長の胃の健康を祈って」

とは霧生で、真剣な表情で言うモノだから思わず二の句を忘れた。

「理事長が蒼い顔でいた理由を知ったから」

その光景を目撃したのか、暦。

憐憫を宿した瞳はきっと、理事長のせいだろう。いったい、理事長に何をしたんだ、柏木は。思わず柏木を見れば、素知らぬ顔で誰かと話している。・・・誰かって、副会長か。

相変わらず、見た眼はいい女性なんだけどなー。

あ、眼が狩人になった。視線の先は・・・幾月か。目聡いな、流石は恋する乙女。

柏木に短く挨拶して、幾月へと突撃して行ったよ。うわ、撃沈した。ほんの数秒で一体、何があったのさ! ってぐらい、早い沈没だ。・・・しかし、ふむ。

右を見る。

暦と霧生が何やら会話をしていて、私に意識すら向けていない。

左を見る。

柏木が生徒会役員と会話をしていて、私を見ていない。

「逃げよう」

胃も限界だし、頭も痛い。

逃げるには絶好のタイミング。これを逃す手はない。

私は胃を押さえつつ、そっとその場から離れた。目指すは隠密。忍びが如く、この場から脱出しようじゃないか!

極力音をださず、私は駆け足で学校へ向かった。

別に柏木から逃げた訳じゃない。

胃と頭が痛いから、あの場から脱出しただけであって、決して柏木から逃げた訳ではない! 断じて、そんなことはない・・・と思う。

ああでも、勘違いを知った今、傍にいるのも恥ずかしい状況だから。

うん、逃げても仕方がない。

仕方がないったら、仕方がない。

後ろを振り向かず、足早に保健室に向かった私は――悪くないはずだ。


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