兄と語る
誤字脱字を見つけ次第、直します
一回目、訂正しました。
柏木と登下校をせず、会話をしなくなってから一週間――――。
ベッドに寝転がり、枕を抱いて息を吐きだした。
どうにもこうにも・・・隣にいたはずの存在がいないと、妙に寂しい。物足りない感覚がするし、無意識に隣を見てしまうし、隣に話しかけてしまう。・・・誰もいないのに。解っているのに、してしまう自分が悲しい。習慣って恐ろしいとすら、思ってしまう。
それもこれも、柏木のせいだ。
教室や廊下、家の前で姿を見かけるのに、今まで通りに声をかけてくれない。名前を呼んでくれない。私を見てくれない。猫を被ってどっかに行ってしまう。
私に猫を見せるな、気持ち悪い! 何度、叫ぼうと思ったことか・・・。ああ、あの猫かぶりの笑顔を思い出しただけで寒気が・・・っ。見慣れないモノを見ると、どうも駄目だ。
何でそんな素っ気なく、他人にするような態度なのかと聞こうと思ったけど・・・私から柏木に声をかけることも出来ず。
いや、語弊だ。
声をかけたくないんだ。だってなんか・・・負けた気がするから。
そして縁を切りたいんだから、あの態度に慣れるべきだろうと頭の中でもう一人の私が囁くモノだから、何も出来ない。開いた口から言葉が出ることがない。
話したいけど、話したくない。うん、まぁ・・・何と言うか、矛盾だ。
だから一週間、柏木と話していない。
ここまで長い間、柏木と話さなかったことってあったかな? 記憶を探るけど、まったくと言っていいほどない。多少の喧嘩はあれど、一時間だけ沈黙して後は普段通り。
「黄昏るなんて、らしくないな。冬歌」
「煩いよ、兄さん」
無断で部屋にはいるな。
兄妹だからって、プライバシーは大切にしないと駄目でしょーが。
「風邪が治ってから、ずっとそうだな。流石に父さん達も心配してたぞ。母さんは将来の心配だったけど」
「将来って・・・」
「母さんの夢は、冬歌と祀くんが結婚して二人に面倒見てもらうことだから。二人の仲が変だってことにいち早く気づいたし」
「・・・あ、そう」
「祀くんに愛想でも尽かされたか?」
「たぶん、そうだろうね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛?」
何か、派手にぶつかる音が聞こえたけど気にしない。
息をついて、私は身体を起こした。ベッドに座り直し、兄さんを見れば・・・壁に頭をぶつけた体制のまま固まっている。瞬きどころか、息すらしてないような?
「いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!!!? え?! 嘘、ありえないだろう!! あの祀くんだよ? あの祀くんが、執念深くて独占欲が強くて、冬歌に異常なまでに執着して、恋と言うよりはもはや病気だろうってぐらいに冬歌を愛している祀くんが愛想をつかした?!!?! ありえない!!!」
あ、復活した。
「まさかあれか? アレなのか祀くん!! 押して駄目なら引いてみろってことなのか?! だとしたら逆効果だよ、冬歌は押して押して押して押し倒して既成事実をつくるぐらいの勢いじゃないと折れないし、自分の想いを認めないし、素直にならないよ!」
「ちょっとまて」
「と言うか、何で愛想つかされたと思ったんだよ冬歌!」
「いや、ちょっと・・・近い、近いよ兄さん」
右手で兄さんの顔を押しやり、距離を取る。
うう、掴まれた肩が痛い。馬鹿力め、加減をしれ!
「一週間、会話してないし行動も一緒にとらないし、前まであったスキンシップもないし、まともに顔みてないし・・・いや、学校で見てるけど今までと違って猫かぶった対応されるから、本来の柏木を見てないだけで」
「猫とか、それはどうでもいい」
ばっさりだね、兄さん。
「なぁ、冬歌。祀くんとそうなる前に、何かなかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・さぁ?」
「本当に?」
「本当だから、近づくな顔!」
兄さんの顔を力一杯にはたいたら、良い音がした。
首を押さえ、呻く兄さんを冷やかに見下ろし、私は息を吐きだした。妹の言葉を疑うとは、何と言う兄だ。少しは信用しろ、まったくもう。
「まぁ、これでよかったんだよ」
眼を閉じれば、柏木の姿が浮かんでなんとも複雑だ。頭を振り、姿を消す。
「柏木も――――本命の相手と一緒にいることをようやく選んだんだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「とすればやっぱり、私に言った台詞は全部嘘で、本命を護るために私は利用されてたのか。隠れ蓑・・・うん、かなりやだな」
「え、ちょっと冬歌」
「柏木の本命って、私も知ってる人かな。・・・まさか、悠乃? それとも暦? 二人とも柏木の隣にいても違和感ないし、むしろ相応しいよね。うん、うん。私よりも断然いいわ」
「あの・・・冬歌? ちょーっと、いいか」
「何、兄さん。・・・・・・・・・・・・何でそんな、苦虫を踏みつぶしたような顔で、憐れむような眼を私に向けてるのかな?」
「――馬鹿だろう、お前」
「うわ、酷い」
「祀くんの言動・行動を見てどーして、冬歌以外の人間を好きだって思うんだよ! 馬鹿なの? 阿呆なの? いい加減、認めろよ! 祀くんが冬歌を女として好きで、愛してるってことに!」
「・・・いや、だって」
「祀くんの本命は今も昔も西城冬歌ただ一人! なのに何で認めないどころか、他者がそうだって思うんだよ馬鹿っ!!」
「随分に前に校舎裏で熱のこもった声で、愛の言葉を誰かに告げているのを聞いたらそう思うよね?」
熱くなっている兄さんに冷やかにそう語れば、兄さんは面白い具合に石化した。
何となく突いてみたが、ぴくりとも反応がない。心なしか、本当に石みたいに硬い気がする。・・・気のせいだけど。
息を吐きだして、私は兄さんを見上げた。
「相手は知らないけど、あの台詞を聞いたから私は柏木と縁を切ろうと思ったんだよ。・・・柏木の想い人に勘違いされたくないし、刺されたくないから」
兄さんはまだ、硬直したまま。
「だから縁を切って欲しかったのに柏木が首を縦に振らないし、告白してくるし、相手はどうしたって思う状況が多々あったし・・・勘違いしそうになるし、相手の姿形が見えないし、噂は出回るし、自覚しちゃったし」
頭から湯気が見えるのは、錯覚だろうか?
「でも、柏木は私から放れて、私に猫を見せたから」
それはつまり、柏木にとって私が他人になったってことだと思うから。
息をついて、私は笑った。
「だから――――捨てるんだ」
「何を?」
あ、戻った。
ぎこちない声で尋ねる兄さんに、私は笑いながら告げる。
「自覚した想い」
「・・・」
「諦めるんじゃなくて、捨てるんだ。綺麗さっぱり、なかったことにして、柏木祀とはただのご近所さん。クラスメイトとして接する。諦めたら、どこかで未練が出そうだからね」
「冬歌」
「後悔も未練もぜーんぶ、いらない」
「冬歌」
「縁を切ることを願ったのは、私だからね。だからそんなもの、抱かないし必要ないんだ。抱くことすら、おこがましい。資格もないしね」
「馬鹿だろう、本当」
俯いた私の頭を、兄さんがやや乱暴に撫でる。
「まさかそんな阿呆な勘違いをしてるなんて、本当に馬鹿だ」
・・・・・・・・・・・・何ですと?
「いや、そもそも勘違いさせる要因を作った俺が悪いのか」
「何を言って」
「まさか冬歌がいたなんて、何て間の悪い。あ、もしかして祀くん、気づいてたのかな? いや、気づいてたはずだ! 祀くんが冬歌に気づかないなんてことは絶対にないからな! だからあの時笑ってたんだ、祀くん!! うわ、教えてくれたってよかったのにっ」
「あの・・・兄さん?」
頭を抱え、喚いている所申し訳ないけど・・・意味が解らないんだよ。
私にも理解できるように、起承転結をつけて簡潔に教えてくれ。いや、本当切実に!
・・・ああ、もしかしてノイローゼか。
最近、仕事で寝る暇もないしネタも出なくて鬱になりそう、とか言ってたし。
そうか、そうなのか・・・。ノイローゼか。
ちょっとだけ、兄さんに優しくしてあげようか。
「憐れみの眼を向けるな、馬鹿妹」
「煩いよ、ノイローゼ」
「違うから! いいか、冬歌。本当に違うからな!」
叫ばれると同時に、両肩を掴まれた。痛い。
「まぁ・・・、ノイローゼはいいとして。とにかく冬歌もようやく、よーやく、自分の想いを自覚したことは大変喜ばしい。涙が出るほどに兄は嬉しい。が、馬鹿だ。どうしようもなく馬鹿だ。呆れるほどに馬鹿だ」
「馬鹿馬鹿連呼するな」
「そう言うことは、当人に聞いてからにしろ。そして俺は解を知っているから言うぞ。祀くんの本命は何があっても西城冬歌ただ一人だ。同姓同名じゃなく、今、俺の眼の前にいる冬歌ただ一人だ」
力説された。
「冬歌が聞いたあの台詞は、祀くんが誰かに言った台詞じゃない」
「は?」
今、兄さんは何と言った・・・?
誰かに言った台詞じゃない、と? なら、柏木はアレを誰に言ったの? まさか幽霊? それとも大きな独り言? ・・・うわ、ないわ。
「独り言でも幽霊に言った訳でもないから、引くな」
「心を読まないでよ」
「顔に出てるんだよ、馬鹿妹」
だから、馬鹿って言うな!
「祀くんは俺に向かって言ってたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」
「変な想像するなよ、違うからな。引くな。物理的に俺から距離を取るな!」
「いや、だって・・・兄さんに向って言ったって・・・兄さんに、愛を囁いたってことじゃ」
「違うから! 俺が書いた原稿の台詞を、祀くんに朗読してもらってただけ!」
「・・・何で原稿?」
「友人が舞台をやるなら、原稿を作ってくれっていって」
「それでどうして、柏木が朗読?」
「あの日、友人も傍にいてどうせなら誰かに朗読して欲しいって言い出したんだよ。自分達でやれって言ったんだけど、他人がやる台詞が聞きたいってごねて、我儘こいて、泣いて、恨み事呟きだして・・・色々と面倒くさくなって、それでつい、祀くんに頼んだ」
「・・・・・・・・・で、何であの台詞を?」
兄さんがそっと、私から視線をそらした。
「祀くんを見た友人が、チョイスした」
「・・・その友人、女だね」
「元カノです」
「つまり、柏木に恋したんだ。一目惚れってことは、見た眼重視なんだね。流石は兄さんの元カノ。兄さんの時も絶対、容姿で惚れたんだね」
「ああ、そうだよ! アイツは俺のことをただのステータスとしか見てなかった、女としてサイテーな人間だったよ! ・・・まぁ、祀くんに予想通り恋をして、即座に告白して、見事に玉砕したからざまぁみろって笑ったけど」
「元彼の前で告白って、勇気あるね」
嘲笑する兄さんにそう言えば、鼻で笑われた。
何故だ。
「あいつは自分の見た眼に自身があるかなら。断られるなんて考えてもないんだよ」
「ちなみに兄さん。どうしてそんな人間と付き合ったの?」
「ネタにできそうだったから」
「最低」
「ギブアンドテイクだよ、ギブアンドテイク。アイツは俺と言うステータスを得て、俺はアイツと言うネタを得る」
「似た者同士、結婚すればよかったね」
「そうしたらその女は冬歌の義姉になるが」
脳裏に、兄さんと話しでしか知らない女が浮かんだ。
物凄く嫌な未来しか描けないので、速攻で頭の中から消しさる。
「別れてよかったね」
掌を返して言えば、まったくだと言わんばかりに兄さんが頷く。
どんな人間か気にはなるが・・・。触らぬ神に祟りなしって言葉があるほどだ。関わらない方がいいんだろう。絶対に。
「ごほん。まぁ、とにかくだ。冬歌が聞いた台詞は、俺が祀くんに頼んで読んでもらった部分だ。だから、誰か特定の相手に言った訳じゃない。安心しろ」
「・・・あの柏木が、善意でそんなことをするとは思えないんだけど」
「一枚千円で読んでもらった」
「バイト感覚か」
何だか・・・納得出来たけど、複雑だ。
頭を抱えて、私は息を吐きだした。何だったんだろう、私の決断って。
縁を切るために宣言して、縁を切ろうと行動しかけて阻止されて・・・この時点で、無謀な願いだったんだな。うん、そうか。無駄ってことか。畜生、女関係での柏木は面倒だから、逃げたかったのに!
結局――――柏木が願う通りになってしまった。
「よかったな、冬歌」
「何が」
自分の口から、ドスの聞いた声が出たことに吃驚した。
「祀くんと両想い」
「死んでくれ」
「いやー、ここ最近の冬歌のしおれっぷりを見て、祀くんに脈あり?! って思ってたけど、なんだ、なんだ。自覚してたのかー、まったくもー」
何がまったくもーだ、何が。
「何時から自覚したんだ? 祀くんが好きだって」
「死んでくれ」
「風邪の時か? それとも会話をしなくなってからか?」
「本当、死んでくれ」
嬉々として語る兄さんに殺意を抱きつつ、私は項垂れた。
「月曜日なんて来るな」
ぽつりと呟いた言葉は、幸いなことに兄さんには聞こえていなかった。
ああ・・・本当、どうしよう。勘違いがからまわって、まさか柏木への想いを自覚するなんて。まったくもって、人生とは可笑しなものだ。
溜息を吐きだした。
雷歌は上機嫌に鼻歌をうたい、パソコンのキーボードを叩いた。
「しかし――――いつから冬歌が勘違いしてるって、気づいた?」
「縁を切ろうって言った時から」
誰もいないはずの自室で、誰かに尋ねるように告げた言葉。本来ならば返答などあるはずがないのに、質問に答えるように返答が来た。
雷歌は驚くこともなく、実に楽しげに笑ってキーボードをうつ。
視線はパソコン画面から一切、動かない。
「最初っから気づいてたなら、違うって言った方がよかったんじゃないか?」
「それじゃあ、冬歌と俺の関係は変わらない」
「成程、成程。現状打破か。なかなか――――祀くんらしい方法だ」
にたりと笑って、雷歌はようやく視線を窓へと向けた。
鍵をかけていない窓は開いており、窓際には祀が腰を下ろしている。いつからいた、なんて問いかけはせずに雷歌は次の言葉を口にした。
「それで、どうして一週間も冬歌と関わらなかった? まさか、本当に押して駄目なら引いてみろを実践した、って言わないよな?」
「まさか! 偶然だよ、偶然」
「偶然・・・ねぇ」
「理事長が冬歌によこした仕事を本来、するはずの人間に戻したり、生徒会で溜まった仕事を片づけたり、冬歌に近づく後輩を牽制して威嚇して再起不能にしたり・・・って、多忙でね」
「牽制とか威嚇とか、再起不能って言葉が気になるけどまぁ、それなら仕方がないね」
雷歌は頷いて、視線をパソコン画面に戻した。
「もっとも――――従弟が行方不明になったっていう理由もあるけど」
「は?」
キーボードをうつ手が止まり、雷歌は瞠目した。
「行方不明? ・・・家出じゃなくて?」
「家に帰る姿を近所の人が目撃してる。けど、家には従弟の姿はどこにもなく、友人知人、思い付く限りに聞いてまわるも目撃情報はなし。まるで神隠しのように、従弟は消えた」
「・・・それは、まぁ、何と言うか」
「そんな訳で、俺も出来るだけ従弟を探してたんだよ」
「で、見つかった?」
「いや。でも、従弟の爺さん曰く、時がくれば戻るだろう・・・・・・運が良ければたぶん、って言ってたし大丈夫だろう」
「いやいやいやいやいや、時がくればって・・・。それ以前に、運が良ければってどういう意味! しかもたぶんって言ってる時点で駄目じゃないか!」
「大丈夫だよ。その爺さんも若い頃、神隠し的なモノにあったから」
何がどう大丈夫なのか雷歌には解らないが、祀の顔に心配のしの字も見当たらない。それなら大丈夫なのかもしれない。なんて、無責任にも思ってしまった。
息を吐きだして、雷歌は米神を押さえる。
「まぁ、それも落ち着いたからまた、今まで通りに戻るけど」
「何がどう落ち付いたのか理解できない・・・。それなら、冬歌にさっさと告白しなおせよ」
呆れながら告げれば、祀は不敵に――同性すら惑わせる凄艶な笑みを浮かべた。
「当然」




