風邪をひいた時に 2
誤字脱字を見つけ次第、直します
「・・・本当にいるし」
眠りから覚めて、何気なく横を向けば見慣れた顔があって吃驚したのも一瞬。安心した自分に何とも恥ずかしくなり、ごまかすように咳をした。
しかし、有言実行と言うのか。その・・・柏木が手を繋いだまま、ベッドに背を持たれて眠っている。別に手、放してよかったのに。そう思う反面、嬉しいと感じる自分に今度は羞恥よりも居心地の悪さを覚えた。こんなの私じゃない。
ふるりと頭を振って、気分と思考を変える。
「今・・・何時だろう」
壁時計を見れば、時間を見れば2時ちょっとすぎ。
寝る前に見た時刻は確か・・・・・・10時半ぐらいだったはず。結構寝たな。
ぐっと身体を伸ばして、額に手を当てる。
そんなに熱くない。
熱は下がったかな。と思うけど、不安だから枕元に置いた体温計で測ってみた。
朝にだるくて、熱を測ったら38度あったから笑ったな。そして倒れたっけ。いやはや、あの時は兄さんに多大な迷惑をかけた。でも、私の前に立って「生理?」なんて意地の悪い顔で言う兄さんが悪い。
いらっとして兄さんの方に倒れて、兄さんが全身を強打しても私は悪くない!
「・・・・・・・・・・・・37.3度か」
下がったな。
「完治とは言えないけど、大分楽になったし・・・何か、お腹空いたな」
「なら、おかゆでも作ってやるか?」
「へ?」
「おはよう、冬歌」
指先に口付けられた上に、甘くとろけるような極上の笑顔。
イケメンがやると破壊力抜群でいけない。母さん辺りが喜びそうだけど。柏木に恋する乙女が発狂しそうだけど。
私にとってそれは、羞恥を爆発させるものでしかない。
「変態行動禁止!」
言うなり、乱暴に柏木から手を放させた。
「惚れた女が傍にいるのに、手を出さない男は男じゃない」
「胸を張って言うな馬鹿っ」
「・・・別に我慢してもいいけど、後々で請求するぞ」
「真面目な顔で怖いことを言わないで。そして眼がヤバい色をしてるよ。そして私は病人だ! 何をするつもりだ、変態っ」
怖い。
真面目に柏木が怖い。
笑ってるのに全く眼が笑ってない。うすら笑い怖い!
「~~~~~~~~~っご、ごはん! ごはん、作ってくれるんだよね。だったら私、たまご粥が食べたいな」
恐怖から逃れるため、強引だが話題を変える。もとい、戻すことにした。
そしたら柏木はあっさりと了承した。・・・あれ?
「ついでにはちみつ入りのホットミルクも作ってくるよ」
何事もなく私から手を放し、立ちあがった柏木はいつも通りだ。それにほっと安堵するけど・・・なんだろう。私に向けた柏木の眼が・・・・・・若干、得物を狙う肉食獣に似ていたような。
思い出して背筋がぞっとしたので、即座に忘れることにする。
きっと見間違いだ! そうに違いないっ。
「そ、そう言えば、兄さんは帰って来た?」
「まだだよ。大人しく横になって待ってろよ」
ひらひらと後ろ手を振り、部屋から出て行った柏木を見送ってから私はベッドに倒れ込んだ。何かこう、妙に疲れた。風邪をひいたとき独特の疲労感とはまた別の、何とも言い辛い疲弊感覚。うん、訳が解らないのであまり考えないようにしようか!
じゃあ、別のことを考えて・・・ああ、そうだ。兄さんにどう報復しようか――と思考しかけて、止めた。
今は、そんなことより別の問題があるでしょーが。私。
「・・・好き、か」
言葉にしたら、恥ずかしくなって顔が赤くなった・・・気がする。
「言えない。言えるはずがないっ」
ありえないと否定してきた手前、素直になることは難しい。
と言うよりも、言いたくない。
――と言う思いが強い。
絶対、断固、言葉にしたくない。何だか負けた気がするし・・・すいません。いい訳です。恥ずかしいから逃げてるだけです。
でも言いたくない。
だって・・・私、想いを自覚したけど認めてはいないんだよ、まだ。
はい、これもいい訳です、逃げです。誰に言い訳してるんだよ、私。てんぱるな! 思考回路よ、落ちつけ! って・・・ああもう、解っているのにどうしてこうも・・・。
「胃が痛い」
肺を空にするように息を吐きだして、両手で顔を覆った。
「もういっそ、諦めよう。諦めて、認めてしまえばいいだけの話・・・だよ。私。うん、そうだよ。諦めて認めろ、私」
そう、私こと西城冬歌は柏木祀が好きだ。
「駄目だ。恥ずかしくて思うのも嫌だ」
絶対、顔が赤い。
ちょっとでも柏木のことを考えると駄目だ。
胸が煩いほどに高鳴って、心臓が痛い。呼吸の仕方を忘れそうになる。ああ、目眩がしてきた。頭の中が柏木一色になりそうだ・・・って、何これ。何なのこの乙女的思考回路みたいな、えっと、純情? とでも言えばいいのか、とにかく私じゃない! こんなの、断じて西城冬歌であるはずがない!! 別人だと断言できる!!!
だって私、こんなんじゃなかったもん!
ああもう、本当・・・。
恋とは、恐ろしいモノだ・・・。
「でも、本当・・・何で柏木のことを」
確かにイケメンだが、異性として気になるなんてことは・・・・・・なかった、はず。
何かきっかけがあって、でも私はそれを認めようとしないで心の奥底に封じ込め、知らない振りをしてきた――と考えると納得できるんだけど。
はたしてそれはいったい、何なんだろう?
・・・と言うか、それで納得できるっていうのもアレだな。私。
「あー・・・そうか」
思い出したのは、桜の花弁。
真新しい中学校の制服――ブレザー服を着た、私と柏木の姿がノイズ混じりに蘇った。
何かを言って、笑う柏木のその表情が私は――――。
「知らない男に見えたんだ」
そこから異性として意識して、けれど好きと自覚する前にありえないと消してしまった。それから柏木が告げることばを冗談と受け取り、知らぬ存ぜぬで過ごしていた・・・と。
小学の卒業で、そんな風になるなんて可愛げのない人間だな。私は。
苦笑して、眼を閉じた。
脳裏に蘇るのは、私に向かって笑う柏木の顔。
そして――――。
「ん?」
まてよ。
確か、柏木が何かを言う前に、そう・・・何事かがあったはず。
あれ? なんだっけ? えーっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確か。うーん・・・と、あー・・・!
「そうだ、柏木に告白だ!」
思いだした、思い出した。
あー、すっきりした。
「確か、同級生の綺麗で将来有望な美少女が柏木に公衆の面前で告白して、それで」
・・・あ、思い出したらしょっぱい気持ちになった。
「冷やかな真顔で断ったっけ、柏木」
あやふやだけど、確か「知らない人間と付き合う気はない」だったかな。
知らない人間じゃなくて、小学三年から同じクラスになってたんだけどな。柏木の中では赤の他人以上、知り合い未満だったんだろう。その子、柏木にすっごく話しかけてたのに。
憐れ。
本当、哀れだ。
「そんでもって、私に八つ当たりしてきたんだよね。その子」
いやはや、振られたからって私に当たらなくてもいいものを。
一つ思い出すと、次々に思い出せて笑えて来る。いやー・・・実に不愉快だった。
「まぁ、優しく、おっとり系でいた人間が豹変した姿はある意味見物だったし、最低の自己中心的存在で実は影でいじめをしていたこも暴露されてたから・・・いい様だったけど」
自滅して、夏目に暴露されて、柏木に止めを刺された時は爆笑したかったな。
見事なコンボだ! ――――と。
やらなかったけど。
「で、確かその後に」
柏木が私の手を引いて、人気のない裏庭につれていったんだよね。確か。そんでもって、桜の花を見て・・・で、なんだっけ。
そこで何かあったはずなのに、奇妙なことにまったく思い出せない。まるでノイズがかかったようで、柏木の声が蘇らない。不思議なことだ。・・・よもや、年だろうか?
いや、そんなはずはない。
ただたんに思い出せないだけで、年だから忘れたなんてことは・・・。ない、はず。いや、絶対にない! あってたまるか。だって私はまだ十代だもの!!
「百面そうしてどうした、冬歌?」
「うわひゃい!」
「色気のない叫びだな」
「ほっといてよっ」
おぼんを持った柏木が呆れた声で、けれど楽しそうに笑いながら言う。エプロン姿が何だか妙に似合っていて、腹が立ったので手直にあったぬいぐるみを投げた。余裕で交される。畜生、避けるな。
部屋の外へ飛んで行った猫のぬいぐるみが、重力に従って落下した。そして視界から消える。後で回収しないと。溜息をついた。
「ご注文のたまご粥、作って来たぞ」
「・・・ああうん、ありがとう」
そんなに時間が経ってたのか。うわー、ごはんが出来るまで思考するってどんだけだよ。
思わず呆れた。
「それとホットミルクも。しかし・・・甘いの嫌いなくせにこれは好きだよな、冬歌って。ほら、砂糖はいれてないけど、はちみつ入りの特製だ」
「ありがとう」
差し出されたコップを受け取り、湯気に息を吹きかけた。
ううむ、良い匂いがする。
「・・・・・・美味しい」
幸せだぁぁぁ・・・。
「それはよかった」
「甘さも丁度いいし、温度も適温。私好みだよ」
「喜んでもらえたようで何より。ほら、お粥も温かいうちに食べろ」
「うん」
柏木が私の手からコップを取り、たまご粥の入ったお椀を置く。おおう、熱い。でも湯気から良い匂いがするよ・・・。これは間違いなく、美味しい。
何かこう、女としてかなり複雑だ。複雑な気持ちでたまご粥を見下ろす。
頭もよくて運動出来て、しかも料理まで出来る。どんだけ完璧超人でいたいんだ、柏木は。
「俺を見るより、ご飯を食べろ」
「・・・・・・・・・美味しのが悔しい、腹がたつ」
「不味いよりは良いだろう?」
「完璧すぎる柏木が憎い」
「冬歌の料理だって美味しいだろう」
「確実に、私より美味しいご飯をつくった奴が何を言う! 絶妙な塩加減、卵のふんわりとした感覚っ。どうしたらこうなるのさ!」
叫べば、柏木がきょとんとした。
「普通に作っただけだけど・・・?」
「泣きそう。てか、泣く」
どれだけの才能があるんだよ、柏木。
「んな?! ちょっ、そんなことで泣くなよ!」
「そんなこと・・・そんなことか」
自嘲して、眼頭を押さえた。
「柏木の奥さんになる人は、大変だ」
「冬歌以外を嫁にするつもりはないんだが」
「私はやだよ。完璧な存在が旦那なんて」
好きな相手だからこそ、嫌だ。
何か一つは惚れた相手に勝ちたいじゃないか。料理なんて女子の必須技術だろう? なのにそれが無為になると解ったら・・・。
私、何でコイツを好きなんだろう。ってなる。
てか、実際になっている。現在進行形で。
好意を自覚した途端にこれって、どれだけ現実は辛いんだよ。解ってたけど、柏木が相手なら仕方ないと解っているけれども・・・。今すぐにこの恋をなかったことにしたい。
自覚したと認識した記憶を、きれいさっぱりに消して「幼馴染の縁を切る!」と豪語していた過去に戻りたい。切実に思うけど、出来ないから悲しい。泣きたい。てか、泣く。
「なぁ、冬歌」
「何・・・」
「否定しないんだな」
「は?」
意味が解らないんだけど。
「俺が冬歌を嫁云々言ったら、否定したり拒絶してたろ? なのに今はそれがなかった。ってことはつまり」
「嬉しそうな所申し訳ないけど、例えばの話だから。もしもの話だから。IFの話だから。何を喜んだのかな?」
「・・・・・・・・・ふぅん」
柏木から眼をそらさず、冷やかな態度で言ってみたんだけども。探るような視線を向けられたことから、言葉を信用されていないな。と言うことが解る。
やばい。
真面目にやばい。
私はこの感情を言葉にするつもりはないし、想いをつげる予定もない!
だから誤魔化そう。
今まで通り、知らぬ存ぜぬで柳に風。
「・・・とりあえず、食べていい?」
「どうぞ」
笑顔を浮かべる柏木から眼をそらし、木製のスプーンでお粥をすくう。湯気を吹くように息をかけ、冷ましてから口にいれる。腹が立つくらい美味しい。
悔しさから顔をしかめれば、頬をつつかれた。
何をする。
「予想外だが・・・上々ってことか。なら、そろそろかな」
何だろう。
物凄く、不穏な気配が・・・。




