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恋紬のフィラメント  作者: 如月雨水
私と幼馴染
3/42

悪夢を見た朝

お気に入りありがとうございます。

「おおきくなったら、とーかはおれとけっこんしてくれる?」

リアルな鷲の石像と、皇帝ペンギンの形をした滑り台やブランコがある奇妙な鷲ヶ丘公園。

そこで5歳児であろう少年が砂場で遊ぶ、同年代の少女へと唐突に切り出した。少女はこてりと首を傾げ、砂がついた手でぽりぽりと頬をかく。

「んー・・・むり!」

「なんで?」

暫し唸ってから笑顔で拒否した少女に、少年が不服そうに顔をしかめた。それがやけに幼い顔に不釣り合いで、近くで様子を見ていた少年の母親が困惑する。

うちの子、大人びているせいか顔と感情が合わないわね。纏う雰囲気すら子供染みておらず、母親はどうしてかしらと溜息をついた。そう言えば、子供らしい我儘なんて数えるほどしかなかった。その我儘も、子供が読むに値しない本を欲するぐらいだし。確かに腹を痛めて生んだ子供なのに、年不相応すぎる。可愛げがないわ、あの子。

隣に座る少女の母親が、そっと少年の母親を励ます。

「だってわたし、おうじさまみたいなひととけっこんしたいから!」

その言葉に、少女の母親は苦笑した。

夢見るお年頃の娘は、物語のような恋に憧れているのか。少年に比べて年相応な娘の態度に、少年の母親が羨ましいわと呟く。

「なら、おれがおうじさまみたいになったらけっこんしてくれる?」

息子はどうやら、何としても少女と結婚したいらしい。

言葉の端々から本気度が見えて、これは有言実行するなと少年の母親は息子に眼をつけられた少女へ手を合わせた。おそらく、いや、きっと、確実に息子は少女を手に入れる。そのための努力を惜しまないだろう。読み書きも、少女に本を読み聞かせるために覚えたようなものだし。やることなすこと、全てが少女のため。

・・・やはり、うちの子は子供らしくない。

「かんがえる!」

対して、少女の言葉はあっさりとしたものだ。あまり深く考えないその言葉に、少女の母親は笑うしかなかった。

5歳で結婚の約束。

口約束だろうが、少年を見るからに実現させそうで笑えない。娘を嫁にやる心境を、まさかこんなに早く抱くとは思わなかった。だが、子供らしくなくしっかりとした少年にならば娘は任せられる。子煩悩な夫も、少年のことを気にいっているし、息子も少年のことを弟のように可愛がっていた。結婚のことを話したら多少、嫌がるだろうがお隣さん同士。すぐに逢える距離に嫁がせれば、寂しいと思うこともないだろう。

何より、今でさえ整った顔立ちをしている少年だ。将来はかなりのイケメンになるだろう。面食いな少女の母親は少年の未来を想像し、眼福ものだと頷いた。

「じゃあ、やくそく」

「う?」

少年は少女の手を優しく掴み、小指に己の小指をひっかけた。少女が首を傾げる。

「とーかのみらいをおれにちょうだい?」

「?」

「ぜったい、だれにもあげないで。おれだけのとーかでいて。おれいがいのだれかのものになったら・・・」

まて、息子よ。

少年の母親はベンチから腰をあげ、不穏な言葉に待ったをかけようとしたが手遅れだった。

「かんきんするよ」

どこで覚えた、その台詞。

少年の母親は息子の台詞に頬を引きつらせ、少女の母親は不吉な言葉に絶句した。

そんな母親に気づかず、少女は軽い様子で了承する。少年はそれに満足気に笑って、指切りをした。

「おれをうらぎらないでね、とーか」

「わかんないけど、わかった!」

5歳でこの独占欲と執着心。

年齢を重ねたらどうなることか。我が子ながら恐ろしいと少年の母親は頭を抱え、息子に子供特有の可愛らしい約束ではないそれを取りつけられた少女に、憐憫を向けてしまうが幸せそうに笑う息子を見るとまぁ、いいかと思ってしまう。

心配性な夫も少女のことを可愛がっていたし、今日のことを話したらきっと「婚約でもさせるか」と言うだろう。何気に夫は、息子の異常性に気づいていたし。そう言えば、夫が少女に向ける視線が若干どころか多大に、憐れみを帯びていたような・・・。うちの子は将来、犯罪者になりそうだな。とも呟いていた気が・・・。よし、息子を再教育しよう。犯罪だけは、何がなんでも阻止せねば。

少年の母親は頭の中で計画をたて、少女が言った王子様像に逢うべく息子を教育し直そうと決意した。

少女には悪いが、その未来を息子に捧げてもらおう。むしろ、その方が息子よりも少女のためだ。あとはまぁ、息子が頑張って少女を落とせばいい。恋をさせて、愛させれば逃げられることもないだろうし。

砂遊びを再開させた子供達を見つつ、だが少年の母親は一抹の不安を抱いた。

もし、少女が息子ではなく別の誰かを好きになってしまったら息子はどうするんだろうか。祝福するか、妨害するか。選択するまでもなく、妨害してありとあらゆる邪魔をするだろう。その結果、少女に嫌われたら――?

少女を道連れに、死ぬかもしれない。

最悪の結果を想像し、血の気がひいた。

そんな少年の母親に、硬直していた少女の母親が気づく。慌てて少年の母親を揺さぶり、意識を現実に引き戻した。

嫌な未来が実現するかもしれない可能性に泣きだす少年の母親に、話を聞いた少女の母親は困惑しながらも一つの決意をした。お隣さんとの友情のため、娘の命のため――――当の娘には犠牲になってもらおう。

大丈夫。

少年の心は娘にしか傾かないだろうし、娘も将来有望の少年が傍にいたら他には眼を向けないだろう。むしろ、少年に初恋どころか処女、老後まであげればいい。そうすれば全て円満に、綺麗に解決する。

何より、将来有望な少年の義母と言うポジションは美味しい。「義母(かあ)さん」と言われるならば、見眼麗しい子がいい。眼の保養として、老後も潤いのある生活が送れそうだ。

娘だって一心に愛情と恋慕を向ける少年に、悪い気はしないはずだ。

うん。これが一番無難だ。

少女の母親は、二人で子供の未来を確実なモノにしましょうと力強く告げ、少年の母親は泣きながら頷いた。


――息子を犯罪者にしないために。

――娘の命と素敵な老後のために。


異なる思惑だが、二人の母親はがっしりと手を強く握り合った。これにより、両者の母親の絆は深まり、少女にとって逃げ場のない外堀が埋められたことになる。

それを知らず、未来で少年と縁を切りたいと願う少女は無邪気に砂で遊んでいた。その少女の様子を、少年は蕩けるような瞳で見つめ・・・少女の唇に己が唇を軽く触れさせる。

「まつり?」

「とーかはおれのものだからね」

再び少女にキスをした少年に、未来計画を進める二人の母親は気付かない。





暗転。





「―――――――――――――――――――――っ?!?!?!?!?!」

雀が鳴く爽やかな朝とは程遠い、最悪の眼覚め。

私はベッドから跳ねるように起き、荒い呼吸を吐きだした。寝汗でぐっしょりと濡れたパジャマが肌にはりついて気持ち悪い。早鐘を打つ心臓を宥めようにも、呼吸が落ち着かないんだから無意味だ。

何だか、とてつもなく懐かしいうえに第三者視点での過去の夢をみたような気がする。

汗ばんだ手で顔を覆い、項垂れた。

夢の内容はよく覚えていないが、皮肉なことに最初と最後だけは覚えている。ああ、どうか最後に見たあれは気のせいで合って。じゃないと私のファーストキスの相手が、柏木と言うことになってしまうじゃないか。ついでに、最初のプロポーズも幻聴と言うことにして欲しい。・・・かなり、切実に。

唇を手の甲で乱暴に拭いながら、私は泣いた。

「うううぅ、最悪だよ」

布団を強く握り、身体を小さくした。拭いすぎた唇が痛い。が、それ以上に気持ちが沈む。よりによって、告白モドキを受けた日に悪夢を見るかな・・・。

ゆっくりと顔を上げて、億劫に右腕を伸ばした。カーテンを開ける。

窓越しに映る私の顔は、幽鬼さながらに青白い。眼も虚ろで、死んだ魚を連想させた。それがおかしくて、でも笑えない。息を吐き出し、視線をお隣の家に向けた。

低血圧のお隣さん、基、柏木はまだ寝ているようだ。向かいの部屋のカーテンが閉まっているのがその証拠。ゆるりと眼を閉じた。

あー・・・過去の夢を見たせいか、母さん達の言葉まで蘇って来た。

ぼんやりとした声はしかし、時間を経てて鮮明に記憶の底から呼び起こされる。思い出した数々の台詞に、頭が痛くなってきた。

頭痛の原因その1である――柏木の母親。

流石は柏木の母親と言うほどに整った顔立ちをした、眼鏡をかけたインテリ系美女の名が相応しい美琴(みこと)さん。

『大きくなって、結婚するなら祀がお買い得よ? だって冬歌ちゃんのことをよく解っているのは、祀だと思うの。だからその・・・祀のことを、嫌いにならないで。性格はたぶん、無理と無茶と抑圧されたモノで悪くなるだろうけど、冬歌ちゃんのことを一番だと思う気持ちは永遠に変わらないわ。これだけは、断言できるもの! 祀をお願いね! ね!』

常の凛とした雰囲気を失くし、必死に幼い私に懇願する姿が脳裏に過ぎる。

確かに、柏木の性格は7歳になってから確実に悪くなった。今思えば、慣れないことをして抑え込んだ理性が爆発した結果なんだろう。自業自得だ。

だが、それを知っていながら私に柏木のことを頼まないで欲しい。無理だから、手に負えないから。私に何も期待しないで欲しい。

『祀くんなら冬歌を幸せにしてくれるわ。だから冬歌、祀くん以外の男を見ちゃだめよ? 祀くん以上の男なんて早々、いえ、確実に現れないんだからね? 祀くんは将来、良い男になるわ。結婚して損はないわよ! 必ず、冬歌を幸せにしてくれるんだから!』

頭痛の原因その2である、私の母親の台詞。

母さんが矢継ぎ早に語った言葉に、今だからこそ首を横に振って拒否しよう。断固拒否します! 声を高らかに告げたい。

だが哀しいかな。5歳児の私は無垢なる笑顔で、何の疑いもなく縦に首を振ってしまった。ああ。ほっとしたような、安堵を見せる母親達の顔が憎々しい。

畜生、思い出さなきゃよかった。

カーテンから手を放し、身体を後ろに倒す。視界に飛び込む天井を暫く眺めてから、身体を右に倒す。丸テーブルと水玉のクッションが見えた。

外堀はすでに母さん達の手により、埋められている。

だが、逃げ道はどこかに必ずあるはずだ。私は決められたレールを歩くことはしない!

「でも、それが一番面倒くさい」

縁を切りたいだけだったのに・・・。

これもそれも全て、柏木のせいだ!

柏木ならば女なんてより取り見取り、選び放題だって言うのにどうして私なのか理解不能だ。昨日の告白だって、冗談としか思えない。なのに兄さん曰く、柏木の告白は本気らしいし・・・。

だが、柏木が私に惚れる理由が何一つ判らない。過去の夢を見ても、好きになる要因がどこにあったのかさえ不明だ。

幼馴染に向ける感情を、愛情とでも勘違いしたのかな? だとしても、どうしてそれを私に懐く。冗談抜きでやめてほしい。私に恋されても、迷惑としか思えないのだから。

「何で、私なのよ」

眼を閉じた。

どんなに柏木の姿を瞼に浮かべても、恋情を抱くことはない。ただただ、面倒と言う感情しか心に浮かばなかった。

「本気だとしても、私は柏木の想いには答えない。」

だって私は、柏木と縁を切りたいんだ。

なのに告白を受け入れたら縁を切れないし、より深く繋がってしまう。それじゃあ本末転倒。母さん達のレールに乗ることになるし、私の本意じゃない。

「私は柏木に恋してない」

そう言うのは、柏木に恋する女性に任せよう。

「どうしようかなー」

仮に兄さんが言うように柏木の想いが本物で、告白が本気だとしたら私はどう対処したらいいんだろう? 眼を開けたところで、答えはでない。

残念ながら柏木のせいで恋愛経験が皆無な私では、ぱっと思い付くものがない。いっそ、友人に勧められた乙女ゲームでもやればよかっただろうか?

妙な迫力で恋愛ゲームについて語る有人の姿を思い浮かべ、何故か背筋が震えた。

彼女の領域に手を出すのは、やめよう・・・。我が身のために。

思考から友人の姿を追い払い、ごろりと身体を動かした。天井を見る。

「現状維持、でいっかな」

問題は解決していないから最善ではないが、最良な気がする。

ごろんと寝返りを打って、ぼんやりと部屋の扉を見た。何だか、朝から頭を使いすぎた。壁時計に視線を向けて、秒針が6時半を示すのを確認する。学校に行くには、まだ早い。

「――――ああ、面倒くさいな」

何がって、恋愛ごとが面倒で仕方がない。――なんて言ったら、女子失格だろうか?

だが本心なのだから、仕方がない。

柏木も、こんな女のどこに惚れたのやら。女の趣味が悪いんじゃないかな?

ぐっと腕に力を入れて、身体を起こす。ベッドから両足を降ろして、立ち上がった。ちらりと振り返ってみたお向かいのカーテンは、やはり閉まったまま。

それに妙な安心感を覚え、視線を前に戻す。パジャマのボタンをはずし、ぺたぺたと音を鳴らしながら床を歩く。あー、汗がべたべたして不愉快だなー。

「縁を切りたかっただけなのに、何だか変なことになっちゃったな」

溜息をついて、とりあえず朝食前にシャワーを浴びようと部屋を出た。







PM22:45

「あ、もしもし祀くん?」

「こんな微妙な時間に電話なんて、何かあったのか雷歌」

「いやいや、何もないって・・・あったのは祀くんと冬歌だろう」

「そうだな。・・・それで、本題は?」

「俺は祀くんのことを弟のように思っているし、可愛いがってきたと自覚している」

「ああ。昔から色々と、雷歌には良くしてもらった」

「だからまぁ、今回の件で俺が祀くんに言えることは『頑張れ』でしかない。手強いぞー、自覚のない人間は」

「知ってる。冬歌はまーったく、俺の視線にも感情にも微塵も気づかなかった。あの告白だって、どうせ冗談だと取っただろうし」

「正解だ、祀くん」

「・・・どうやったら俺だけを見てくれるかな。いっそ、檻に入れるか」

「それはやめてくれ、祀くん」

「冗談だ」

「笑えないから・・・。で、どうするつもりだ? 俺も協力するか?」

「いや、いいよ。明日から俺を意識させて、俺を男として再認識させるように行動するから」

「何をするのかよく解らんが、下手なことをして逃げられないように」

「はっ、逃がす訳ないだろう」

(嘲笑された! うわ・・・、逃げたらどうなるんだろう冬歌)

「ま、まぁほどほどに。それじゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

ツー、ツー・・・。

通話が切れた音を確認して、雷歌はスマホの電源を切った。


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