放課後に 1
誤字脱字を見つけ次第、訂正します。
更新が遅くてすいません。亀ですいません。
「冬歌さん、一緒に帰ろう!」
嬉々とした表情で、再び女装をして教室に現れた理事長が、私の右腕に腕を絡めて実に楽しげに告げるが、はっきり言おう。――――断る。
冷めた視線を理事長に向けるも、まったく気にしていないので溜息が出た。
「美味しい珈琲屋さん見つけたんだ。冬歌さん、珈琲好きだよね」
「好きだけど・・・行かないからね」
「奢るから、一緒に行かない?」
聞いちゃいない。
しかも疑問形で尋ねているけど、ぐいぐいと腕を引っ張っている時点で強制だよね? 拒否権なんてないよと言いたげなアレだよね。
ああ、治まったはずの頭痛がぶり返そう。
て言うか、理事長。柏木が睨んでいるよ。
冷やかな憤怒を双眸に宿して、殺しそうな雰囲気で見ているよ。気づけ。
・・・や、無理か。
本気でキレた柏木相手に、トラウマを抱くことなく生還・・・は、言いすぎか。とにかく、平然と藍染姫花なる架空の人物に再びなって現れたんだ。今更、柏木の視線一つに怯えるはずがない。
まぁ、大胆な行動に出れる大きな理由としてあげるならこの教室に、柏木の本性を知らない人間がまだ残っていることだろう。放課後で、部活動やら委員会活動がない人間はのんびりと時間を送るからね。
白けた眼を向けていれば、暦が困惑した表情で声をかけてきた。
「・・・冬歌、柏木会長は一体どうしたんだ? そしていつのまに、名前呼び?」
「知らない方がいいし、気にしたら負け」
「意味が解らないんだが・・・。いや、とにかくだ。このままでは確実に柏木会長の機嫌が悪くなり、誰かが犠牲になってしまう。風紀委員としては、何とか阻止したいのだが」
「私を見ないで。何も出来ないから」
「そうだよ。冬歌さんに頼っちゃだぁめ。冬歌さんは私と一緒に珈琲を飲みに行くんだからねー」
腕にひっついたままの理事長が、何が楽しいのかそう告げた。
途端、柏木からひんやりとした空気が放たれる。それを明確に察知したのか、夏目が転がるように教室から逃げ出した。伊達に柏木と長くいないな。野性的本能は流石だ。
「な、なぁ・・・何か、寒くねぇか?」
「へぇっくしょい! ・・・ああ、確かに」
「あん? 何言ってんだよ。こんなの、いつものことだろうが」
寒い寒くいで口論をしているが、後者の男子生徒。いつものことって・・・慣れた、ってことか? 嫌な慣れだねー、それは。
・・・ある意味、夏目と同じ慣れか。
「悪いが、冬歌」
何だか嫌な予感がして、暦から視線をそらした。
「柏木会長を頼む。こちらは何とかするから」
「こちらって・・・え? 私!?」
「柏木会長と放課後デートをしてきてくれ」
べりっと、音がしそうな勢いで理事長を私から引きはがし、空いた手で背中を押す。ううむ、流れるような動作だ。思わず見入ってしまうが。
いきなり背中を押されると、体勢が崩れて危ないんだけど・・・。
現に今、転びそう。
だが、これも暦の策略だろう。だって私の前には柏木がいて、軽い衝撃を身体に感じれば誰かに抱きしめられているのが嫌でも判って。――――これが狙いか、暦め。
溜息をついて、もぞもぞと柏木の腕の中で動く。逆に拘束が強くなった。苦しい。
「東雲、礼を言う」
「お気になさらず。柏木会長は冬歌とのデート、楽しんでくれ」
「デートなんてしないよ?」
「ああ、そうさせてもらおう」
「だからしないって!」
私の話を聞け! そう叫ぼうとして、やめた。だって・・・ねぇ? 右肩を抱かれ、ずるずると私を引きずる様に歩く柏木の顔が、物凄く幸せそうなんだよ? 怒気が抜けたよ。脱力したね。
しまりのない顔だ、まったく。
と、私は思うのに周りはやはり違うらしく・・・。
「柏木くん・・・凛々しい顔をしているわ」
「いつ見ても会長は格好いいなー」
それは柏木間違いでは? と、真顔で言いたくなる現状。
眼科に行け、君達。思わず憐れみの眼を向け、抵抗するのを止めて肩を抱く柏木の手を叩いた。じろりと柏木を睨み上げれば、穏やかな眼差しを向けられる。
何でそんな眼をするのさ。意味が解らない。
「珈琲、奢ってよね」
けど、意味を考えるのも、柏木の行動に反抗するのも今日は疲れたから妥協した。
「よろこんで」
「・・・・・・・・・高いの奢らせてやる」
花咲くような、満面の笑みがイラっとした。
「奢るついでに、追試対策の手伝いしようか?」
「どこで知った」
階段で立ち止まり、一段下にいる柏木を睨めば・・・。
色気のある視線を送られた。解せん。周りの女子だけではなく、男子すら黄色い声を出している。ああ、煩い。そして男子、どうして顔を赤らめさせる。気持ち悪いんだけど!
「冬歌のことは、だいたい知ってるよ」
「何それ怖い」
「全部って言わないあたり、怖くないだろう?」
「だいたいでも怖いって」
ちょっと・・・いや、かなり引くんですけど。
「物理的に距離を遠ざけない」
「腕を掴むな、腕を!」
「はいはい。わかった、わかった」
「言いながら腕を引っ張らないでよ!」
苦笑しつつ階段を下りるな。
引っ張られて下りるのって、かなり怖いんだけど判ってる? ねぇ、解ってるの?!
「安心しろ」
何を?
「落ちても俺が助けるから」
「その前に手を放せばいいよね?」
「却下。ほら、行くぞ」
笑顔で切り捨てられた。
解ってはいたが、脱力して肩から力が抜ける。息をついた。
「あ、そうだ柏木」
「何?」
「珈琲飲むなら、この前のお店がいい」
告げれば、きょとんとした眼を向けられた。
何か可愛い、と一瞬で思ってしまった自分を殴りたい。本気で。
「あそこねぇ・・・別にいいけど、ちょっと値段が高いから後で俺のお願い、聞いてくれるよな?」
「奢ってくれるって言ったのは柏木だよ」
「高校生の小遣いで早々、行ける店じゃないだろ? あそこ」
確かに、そうだ。
軽い気持ちでふらり、と立ち寄れるほど高校生に優しい値段じゃない。実際、あのお店に行ってメニュー票を見た瞬間、「帰ろう!」って思ったほどだし。美味しかったけど。
うう・・・でも、今無性にあそこの珈琲が飲みたい。
と言うか、身体があのお店の珈琲を欲している。
「私に出来る範囲にしてよね」
「ああ、解ってる」
本当に解ってるんだろうか、柏木は。
腕を引かれるまま昇降口に辿り着き、靴を履き変えて校門へと向かう。部活動に励む声と、帰路へつく生徒の声が一緒になって聞こえる。何て代わりのない――――って、私と柏木を指さしてひそひそするな!
距離があるから何を言っているのか判らないけど、喧嘩なら買うよ? 近くで売って来たなら倍返しにするけど文句はないよね?
「悪人面だな、冬歌」
「さて、何のことかな」
冷笑すれば、柏木が肩を竦めた。
「そう言えば数学、何点だったんだ?」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
あ、雀が空を飛んでるー。
「眼をそらさず、正直に話せ」
「今日はどんな珈琲を飲もうかなー。おススメにしようかなー」
「と・う・か?」
「言わせるなよ、馬鹿。変態。鬼畜。人でなし」
あの悲惨な点数を、思い出させないでよ!
「相変わらず、数学は駄目だな。国語は満点なのに」
「計算しなくても生きていけるんだよ、人は!」
「少しは出来た方がいいんだけどな・・・まぁ、俺が支えれば問題ないか」
「それ、どう言う意味?」
支えるって、何をどう支えると?
いや、聞いておいてごめん。何だか嫌な予感がするから口を閉ざしてくれ。頼む。
「結婚後の家庭」
語尾にハートを感じた、気がする。
「戯言はともかくとして。教えてくれるなら遠慮なく聞こう。うん、香坂先輩を頼ろうかと思ったけど、別に柏木でもいっか。この際。問題ないし、柏木で我慢しよう」
「・・・そんなに俺から教えてもらうの、嫌か?」
悲しげな瞳で、柏木は捨てられた子犬のような顔をした。これがそこらの女子なら、即座に「違う」と否定するだろう。だが生憎と・・・私には効かない。
いや、効いたけど。
多少、良心が痛んだけど。
幼馴染として長く付き合っている関係上、気にせず素直に行動出来る。本心って大切だ。
「柏木に教えてもらうと、貸しを作るから嫌」
「貸しって・・・」
「後、ありさ曰く『男は下心で優しくなるのよ』って言ってたから」
「それは俺に下心があると? 警戒したってことか」
「何で喜ぶの?」
意味が解らないよ、こいつ。
「冬歌が俺を警戒するってことは、少なからず男として意識したってことだろ?」
は・・・?
誰が、誰を男と意識?
何を馬鹿なことを言っているんだろう、柏木は。柏木は最初から男じゃないか? 何でそれで男と意識したってことになるの? 訳が解らず、首を傾げた。
いや、確かに柏木と二人っきりだと緊張して妙に恥ずかしくはなるけど・・・。
それとこれとは別モノだよね?
「俺の苦労も、少しは報われたってことか」
「報われてないから!」
「お願いは後に聞いてもらうとして、それじゃあFioreに行くか」
「だから話をっ」
「機嫌がいいから、何でも奢ってやるよ」
何でも・・・だって!
その言葉に嘘偽りはないんだろうか・・・? 思わず、疑いの眼で柏木を見てしまったが、当の本人はそれに気付かず、本当に機嫌が良いようで周囲に花が舞っている。
あ、これは本当だ。
上機嫌な柏木が、嘘を言うとは思えないし。
と言うことは、だ。高いのでも奢ってくれるってことだよね? そうだよね? 珈琲、何杯でも奢ってくれるってことかな、それって!
私の眼はきっと、いや、間違いなく煌めいているだろう。
けど落ち着け私。ここは、一つ冷静になって改めて言葉にして聞いてみようじゃないか!
「本当にいいの? そんなこと言うなら私・・・珈琲、何杯もお代わりするよ?」
「ああ。なんなら、サイドメニューからも何か頼むか?」
「太っ腹! 最高だよ、柏木!」
「そこは愛してるって言って欲しいな」
「それは無理」




